8, 6才 ③
お待たせしました。
夏を感じさせる真っ青な空に白い雲が映えていた。
洗濯物がよく乾きそうないい天気。きっとお布団とかふかふかになるんだろうなぁ。わたしは広い自宅の庭でぐぐーっと伸びをして、体をほぐした。
服装は汚れてもいい動きやすいシャツにズボン。薄翠の髪は一つに高く括って準備完了! さぁ、特訓どんとこい!!
まずは準備運動で、軽く走り込んだ後に子供用の剣で素振りをして、型や流れのおさらい。ここまで勿論、ケイも一緒。
昼食軽めでよかった。
母の剣を受け流しながら、そう思ったよ。誕生日で、正神殿の交渉で疲れて、ギルドカードまで作ってきて、こんな日まで特訓かぁ…。うん、お母様らしいよね。
母との訓練を終わらせたわたしは、長引いているケイとメイリンの手合わせを見学。二人とも動きが速くて、目で追うのがやっとだよ。
━━おおっ! ケイ強い、また腕を上げたね。メイリンが体術で焦るところ初めて見たよ!
でもまだメイリンが少し強い。ケイの体がくるんと一回転して背中から地面に落とされた。受け身を取ってすぐに起き上がるけど、一応決着が着いたからか、そこで終わりだとメイリンに一礼。メイリンも微笑んで礼を返した。
二人の長引いた訓練終了を見て、思わず拍手を送る。息を呑んで、手に汗握るいいやり取りだった。
その後は魔法の練習。実は今、光の精霊王を召喚する練習中。
土砂崩れで万が一、父が怪我した時のため。七歳になった時に魔物に襲われたケイのため━━勿論、襲われないように目を光らせるけど念のために保険として、治癒の力が強い光魔法が使えたらと思っての選択。
正神殿にも治癒魔法の力が必要なら頼ってって言っちゃったし。他に無属性魔法も練習して、早めに切り上げた。
さ~て、訓練終了後はわたしの誕生日パーティーだ!
さっとシャワーを浴びて、クリーム色の光沢のあるシンプルなドレス。白いレースのリボンで髪を少し束ねて、後は下ろしたまま。ケイに貰った髪飾りも付けて━━よし、よく忘れるけど、完璧美少女!!(中身は含まない)
着飾っても所詮は六歳児。それでも一応美少女だから、きっとロリコンには喜ばれるはず!━━ぐはっ! 自分の想像にダメージを受けました…。
パーティーの始まりは涼しくなる夕方の五時から。
貴族と違って大きくはない。こじんまりとしたもので、呼ぶのはあくまでご近所さんや仲のいい友達だけという、使用人を含めても三十人にも満たない。
パーティー会場の庭には円卓が五つ。
そのテーブルに料理が続々とセッティングされていく。どれも美味しそう~!
昼食を制限して訓練の後だから、腹へりです。
ちょっとくらい摘まんでもバレないかな? ━━いや、バレたら母コワイ…。
母たちの支度をリビングのソファーに座って待っていると、濃紺のスリーピースをばっちり着こなしたケイが現れた。
ほわ~眼福~! かっこいい!!
ケイがわたしに気づいて目の前まで来ると、晴れ姿を見て微笑んでくれた。
「リフィ、凄くよく似合ってるよ。いつも以上に可愛い」
━━天使が! 超絶可愛い天使がいる!! 悶絶しそうだけど今やったら危ない人!
わたしはぐっと堪えて、満面の笑顔を返した。
「……ありがとう。ケイも可愛い」
「━━ん?」
「マチガエマシタ。かっこいいです」
だからその迫力ある笑顔は引っ込めて下さい。
悪かったよ、お年頃の少年に可愛いとか。今後は心の中だけに留められるように頑張る。
「ところでアッシュはどうしたの?」
「リボンを巻いて可愛くしてたら、逃げられた」
「……リフィ」
「反省してるよ。もうやらないとは言えないけど」
ケイがため息を吐いた。
悪いとは思ってるよ? でもアッシュは怒ってないと思っているんだよね。
「大丈夫、たぶん人が集まるのが嫌で逃げたっていうのもあるから。戻ってきたら、謝ってご飯あげて機嫌直してもらうよ」
「その後は?」
「抱っこして一緒に寝る! もふもふ~」
「……夏なのに、暑くないの?」
今更ながら、口許を押さえた。━━これが誘導尋問……ケイが恐ろしいことを覚えた…。
「うん、違うからね。むしろリフィが掛かりやすすぎるから」
「声に出てた!?」
ケイがにっこり笑って流した。この従兄弟もスルー力高いな。さすがわたしの従兄弟。わたしもスルー力の他に笑顔も鍛えなくちゃ。……どこを目指してんのかな、わたし。
人が集まるまでまだ時間があるから、今日のことを話した。家に帰ってきてから、昼食、特訓で今までゆっくり話す時間がなかったからね。ケイなりに心配してくれたみたい。
「ちょっと緊張したけど大丈夫だったよ。応対してくれた神官さんもいい人だったから。魔力がそれなりにある全属性持ちだって平民でバレると、厄介なのに狙われて対処が大変だから表向きは隠しておくようにって」
嘘は言ってないよ。対応してくれた神官さん━━副正神殿長のルワンダさんも神官の一人だし、わたしとの取引で対外的に測定結果を内緒にして貰ったけど、母たちにも全属性持ちであることは極力知られないようにと似たようなことを説明していたから。
「……正神殿の象徴として利用しようとしないなんて、確かにいい神官みたいだね」
「え?」
ドキリとした。
まさかケイも確執を知っているなんて。七歳の子供が━━ケイは来月誕生日なのでまだ六歳だけど、興味持って知る常識じゃないよね?
わたしは取引する都合があったから調べたけど、それがなかったらわざわざ知って首突っ込もうとは思わないよ。え、貴族だと知ってなくちゃいけないとかあるの?
わたしが怯えたと思ったのか「何でもないよ」と微笑むケイ。頷いておくけど、内心ひやひやだ。
そんなわたしの様子をじっと観察していたケイが、ふいにニコッと笑う。
「リフィ、僕に何か隠してない?」
思わずビクッと肩が跳ねた。それだけでケイに隠していることがあるとバレただろう。
この従兄弟は観察眼が異様に鋭く、大人顔負けの洞察力で色々と考えているから。
そっと目線を合わせると、天使の微笑み。わたしもにっこり笑って全力で誤魔化す。
「リフィ?」
━━くっ、わたしもまだまだだね。次は勝てるようにしよう。今回はわたしの負けでいいよ。情報を持ってけドロボー!
「内緒にして後で驚かせようと思ったのに…。実はね、ギルドでカードを作ってきたの」
「冒険者登録してきたの?」
「うん。ついでに商品を作ったら販売する登録も兼ねてね」
「名前は変えて?」
「そうだよ。その内教えるね」
ケイが「わかった。後で教えてね」と引いた。わたしはほっと胸を撫で下ろす。何とか誤魔化せた。でも、念のためにもう一枚カード作っておこうかな。周りに対する目眩まし用に。
偽名のフロース・メンシスと正神殿がよく関わりがあると、母やケイに知られたときの保険として、わたしは違うよって逃げられるように。
ついでに、なるべく誰にも知られないようにって言われていた無属性魔法で造った物をルワンダさんに見せちゃったけど、それを教えたら、ケイにどうしてそうなったかの経緯も話す必要が……言えない事が増えていくなぁ…。たぶん、大丈夫。ルワンダさんが誰かに話すわけ無い。契約時の内容も、そこで語られたことも、口外しないように契約書を念のために取り交わしておいたから。
ごめんね、ケイ。とにかく今はまだ隠しておこう。
外はまだ明るいけど、壁の時計はあと十五分で午後五時になる。わたしは少しそわそわと落ち着かない気分になった。
今日は久々に父に会える日だ。商会の大きな取引が大詰めで忙しくしていたけれど、今日は早めに仕事を切り上げて祝いにいくと手紙をくれた。
最近は専ら手紙のやり取りだけど、わたしを気遣ってくれているし、お菓子やプレゼントが毎回届く。今回の仕事が終わったら少し落ち着くから、どこかに出掛けようとも書かれていた。
わたしの様子にケイが苦笑した。
「そういえば僕は伯父様にお会いするのは初めてだけど、どんな人なの?」
「優しい人だよ。お母様とわたしに甘くて、凄く誠実でお人好しでほわわんとしていて、あったかい人。一緒にいると安心できて、大好き!!」
満面の笑顔を浮かべているのが自分でもわかる。
父との思い出話ならたくさんあるよ。何でも聞いて!
ピクニックに出掛けたときに、わたしと母が崖近くにある珍しい花を可愛いきれいと言っていたら、取りに行ってくれたのはいいけど、足がはまって動けなくなり、母の風魔法で助けられたこと。
庭の敷地内にある森に家族三人でお散歩に出掛けたら、わたしのお気に入りのリボンが風で飛ばされて木に引っ掛かった。それを取りに木に上ってくれて、無事に手にして下りていたら、途中の枝で足を踏み外して尻餅をつき、怪我はなかったけれど手にしていたリボンを放してしまい、風で飛ばされて行方不明になったこと。お詫びに三人で街に出掛けて、新しいリボンを買ってくれたこと。
街に出掛けたら、父とその友達の話が長引きそうで母と二人で買い物していたら、決めた待ち合わせ場所に遅れてきたこと。それというのも、迷子の子供を親に引き合わせたり、道に困っていた老夫婦の荷物を持って道案内して送っていたから。
その待っている間に絡まれたわたしと母を守るように盾になってくれたこと。その後握った手が少し震えていたけど、あったかかったこと。
もう話し出したらキリがない。
「本当にとても可愛らしくて、優しくて、かっこよくて、いい人で、素敵な人なの!!」
「リフィが凄く好きなのは伝わってきたよ」
話を聞いている間も、小刻みに震えて笑っていたケイは微笑ましいものを見るような目をしていた。
「自慢の父だよ。暫く会えていないけれど、大大大好き!! お母様と並んでいる姿も好きだけど、三人で一緒にいる時間が一番好きかな」
魔法が使えなくても、優しすぎてお人好しでも、優柔不断でも、ちょっとくらい情けなくても、剣が使えなくたって、いつも穏やかで優しい父が大好きだ。
「うーん、ぼくを大好きと言ってくれるのは嬉しいんだけどね、恥ずかしいからそういう話はやめてほしいかな」
柔らかな深みのある声と共に長身の三十過ぎの男性が、リビングに現れた。
栗色の髪に赤茶色の穏やかな目。二枚目とはいかないが、優しげな顔立ちは人の好さが滲み出ている。色白でひょろりとしており、気迫といったものとは皆無。
現れたのはこの館の主であるエアルド・ムーンローザ。ムーンローザ商会の会長であり、わたしの大好きな優しいお父様!
「お父様!」
久しぶりに会えて嬉しくて、歩み寄る父に駆け出すと、父は笑って腕を広げながら、わたしを迎えてくれた。
抱きとめて、座らせるようにわたしの膝裏に腕を入れると、軽々と抱き上げた。
視界がぐんと高くなる。
すぐ近くには眉尻も目尻もこれ以上ないほど下がりきった、大好きな優しい笑顔。赤茶色の暖かな眼差しには溺愛の二文字が浮かんでいた。
約一ヶ月ぶりだ。わたしは首にかじりつくように手を回して、抱き締めた。父もあやすように背中を撫でてくれた。
「お帰りなさい」
「ただいま。暫く見ない間に大きくなったね。そろそろ顔をよく見せてほしいな。また可愛くなって、今から将来が楽しみだね。きっとシェルシーに似て美人になるな」
相好を崩して笑みが深まる。父に頬に口付けられ、わたしも返してにこにこ上機嫌だ。普段ならというか、他の人なら嫌だけどこの父なら許せる。
バカップルならぬバカ親子っぷりは自覚してるよ。きっと後になって思い返すと、ぐああぁっ! って、ダメージを受けて羞恥心で悶えるんだけど、今はいいや。ここぞとばかりに鍛えられたスルー力を発揮しよう!
わたしと父の相思相愛ぶりに、ケイが引いていても気にしない! 何も見えてないよ!! 見事に二人の世界作ってますが何か? じゃなくちゃ、堂々とこんなことできないからね!
ああでも、居たたまれなさはわかるから、早めにケイに助け船を出さなくちゃ。そんなことを思っていたら。
「初めまして、リフィの父のエアルド・ムーンローザです。いつも娘と仲良くしてくれてありがとう」
にっこり笑う父。ケイがはっとして、慌てたように頭を下げた。これは完璧に油断していたね。
「お会いできて光栄です、ムーンローザ会長。ケイトス・サンルテアと申します。こちらこそお世話になっております。会長が不在の間にお邪魔して、ご挨拶ができずに申し訳ございませんでした」
「そんなの気にしなくていいよ。ぼくのことは気軽におじさんと呼んで。後は堅苦しくしないでほしいな。嫌でなければ、これからも気兼ねなく遊びにおいで。その方がリフィもシェルシーも喜ぶ。よろしくね、ケイトス君」
わたしを抱えたままではあったけど、父がしゃがんでケイと同じ目線で微笑んだ。ケイの青緑色の髪をくしゃりと撫でている。
当惑していたけど、ケイは「はい」と、はにかむように、くすぐったそうに笑った。━━めっちゃ可愛い!! カメラが欲しいよー! 連写して額縁に飾りたい!!
写真、売れると思うんだよね! ━━うちの大切な従兄弟は売らないけど!! 舞台役者とか他の人なら売れないかな?
「それにしてもしっかりしているね、ケイトス君は。全体的にはお父さん似だけど、目元はお母さんに似てるね。これからもリフィと遊んであげてね」
「はい、伯父様。あの、図々しいとは思いますが、その内、仕事先の見学に行ってもよろしいですか?」
「あ、うん。面白いものはないと思うけど、いつでもおいで。場所ならリフィが知っているから、街で遊ぶことがあったら案内してもらって」
少し戸惑ったものの、微笑む父。ケイも「ありがとうございます」と頭を下げた。ほのぼのしていると、リビングのドアが開かれた。
「リフィちゃん、そろそろ時間よ。一緒に行きましょう━━あら。間に合ったのね、エアルド」
母が白のレースのアクセントがきいた深緑のドレスを綺麗に着こなして、現れた。
さすがお母様!子どもがいるとは思えないほど、若々しく麗しい!! 控えているメイリンもどこか誇らしげ!
「ああ、留守がちで家を任せきりで悪かった…」
「お気になさらず。忙しいのはわかっておりますから…」
………何だか、お互いに少しぎこちない…? さっきから目も合ってない、よね?
何より空気が気まずい! わたし、空気読める子! でも読みたくないよ、こんな空気!! いつもみたいな和やかな空気がいい! ケイだって少し困っているよ。よし、ここはわたしが一肌ぬぎましょう!
「お父様、まさか旅から帰ったそのままでお客さんの前に出ないよね?」
「え、ダメかい?」
「ダメ。そのよれよれのシャツとかも色々似合ってないよ」
「でも」
「大丈夫! こんなこともあろうかとお母様がバッチリ用意してるから! メイリンもいるし、後五分だから頑張って!」
「え、えぇ?」
「お母様、メイリン。後はよろしくお願いしますね! わたしの誕生日に相応しい装いにしてください」
ぐっと拳を握って二人を見つめると、二人の表情が瞬時に引き締まった。
「任せて、リフィちゃん! お母様がしっかり着替えさせるわ! さぁエアルド、急いで」
「え、ちょ、シェルシー?」
「旦那様、お急ぎください。大丈夫です、ビシッと決めましょう」
母とメイリンに連行されていく父を見送って、わたしはほっと息を吐いた。
その様子を見ていたケイには気づかずに。
区切りがいいので、今回はここで終了します。
何となく週一っぽいペースで、やってましたが文字数が多くなり、もう一つの話と二足のわらじはきつくなったので、こちらは不定期更新になります。




