1, 5才 ①
お手柔らかにお願いします。
目の前の眩しい光を見て、思わず目を瞑る。
それと同時に、わたしの頭の中でも光が弾けた。
鮮明に映像が駆け抜ける。それは、五歳まで生まれ育ったこの世界とは別の世界の記憶のようだった。
この世界では見たことのない風景、建物、服装、文化、食事……あまりの情報量の多さに、頭の中身が弾け飛ぶかと思った。
後で聞いた話によると、母に初めて庭で精霊魔法を見せて貰ったその日、熱を出してぶっ倒れたみたい。
その後はベッドに強制送還。
十日間、ひたすら熱に浮かされて寝込んで苦しんで。
意識が戻ると、それまでの自分が居なくなったような心許ない気がして、早速ベッドを抜け出して、ふらつきながら姿見の前へ。
恐る恐る下から見上げていくと、五年間で見慣れた自分が鏡に映し出された。
春の萌芽を感じさせる薄翠の髪が、真っ直ぐ肩下まで伸びている。長い睫毛に縁取られぱっちりした瞳は優しい色合いのシャンパンゴールド。
陶器のように滑らかで白い肌に、淡く色付く頬。桜色の形のよい唇。誰がどう見ても完全無欠の美少女がそこにいた。
コレってあれかな? 最近流行りの異世界転生ってやつ?
鏡の中の自分をまじまじと見て、不意にどこかで見た顔だと思う。そりゃ、五年もこの顔してれば、見たことあるのは当たり前なんだけど、でも、それだけじゃない微かな違和感。
ナルシストではないので鏡に背を向けて、抜け出したベッドにてくてく歩いて戻る。
五歳児にして、二十畳はある一人部屋。凄いね、こんな大きな部屋、前世で住んだことないよ。
淡い緑色を基調とした壁紙に、濃茶の家具で統一した爽やかな部屋。森の中にいるみたいで癒される。
そして天蓋つきのふかふかのベッド。お姫様気分で実に快適で、ベッドの上で暮らしていけるんじゃないかと思う。
ベッド横にはサイドテーブル。その上に、絵本が数冊とランプが置いてある。その絵本をじっと見つめていると、感じていた既視感の正体に気がついた。
前世のわたしには、その世界で好きだった物がある。
それは漫画やライトノベルといった本。
その中でも好きだった漫画があって、車にぶつかって亡くなった日が丁度新刊の発売日だった。
仕事帰りに買って、家でゆっくり読もうと、前巻の内容を思い出しながら楽しみに信号待ちしていた。
その矢先に、亡くなったのだ。
最期に覚えているのは、私に向かって来る強い光。
うん、物凄く悔しい!! ちょっとくらい運転手を怨んでもいいかな!?
って、それはおいておいて。
「ここって、『きみまほ』の世界……? 」
えっ、ウソ、マジで!?
もとは乙女ゲームで、人気だった為に漫画化、アニメ化、小説にもなった『君に捧げる永遠の魔法』━━略して『きみまほ』の世界ではなかろうか!!
亡くなる前に、ハマって楽しみに読もうとしていた漫画のまさにそれ!! 好きが高じてつい小説まで購入して大好きだった世界!?
ああ、ヤバい。テンションあがってる!
そんなまさか、随分都合がよすぎるって感情と、いやいやどこからどう見ても同じ、まんまあの世界でしょって期待する感情がせめぎあってる!
「よし、ちょっと落ち着こうか。わたし」
まずは深呼吸。
そして次は、世界観の擦り合わせ。コレ大事。
そこで冷静に、前世の記憶を探ってみた。
舞台はシルヴィア国の魔法学園。
十四歳から十八歳までの四年間を、精霊の力を借りて使う精霊魔法を学ぶところ。王族をはじめとする貴族、良家の子息令嬢が通う学園。
この国は人々の生活を脅かす魔物がいて、精霊魔法か魔力を付与した武器でのみ倒すことができる。精霊魔法で魔物を倒すことにより、世界の調律が保たれていた。
確かこんな感じの設定だったよね。
わたしはサイドテーブルに置かれた一冊の絵本を、手に取った。
クレヨンで描かれた色とりどりの表紙。この世界での精霊の存在と国の成り立ちを子供に教えるための絵本。
題名もまんま『精霊と国の始まり』。
精霊を崇め奉る神殿の布教の本。
お母様に何度も読んで貰った本。
それを自分で捲っていく。
内容はざっとこんな感じ。
***
むかしむかし、この大陸には魔物がたくさんいて、人々が大切に作った畑を荒らして、人を傷つけていました。
人が魔物を追い払っても、やめてほしいとお願いしても、魔物は聞き入れてくれません。
それどころか、人を食べてしまって、どんどん人の数は減っていきました。
住む土地が小さくなっても、魔物の数は増えるばかり。そのせいで自然が穢れていきました。
このままではいけないと、数人の若者たちが立ち上がりました。でも人の力ではかないません。
そこで彼らは精霊の力を借りることにしました。光、闇、火、水、風、土の精霊王と、その王を統べる王長にお願いにいきます。
王長も精霊王たちも今の状態に心を痛めていたので、精霊たちに人に協力するよう呼び掛けました。
若者たちは精霊たちと仲良くなり、襲ってくる魔物を次々と倒して、人を守り、住む土地を広げていき、ついに、魔物たちを黒の森に追いやりました。
若者たちは王長と精霊王に願い、人の住む土地に魔物が入れないように結界を張ってもらいました。
そうして、魔物は人に悪さをすることができなくなり、人は結界の中で国を作りました。
でも結界が弱まると、侵入してくる魔物がいます。その度に若者たちが、人と国を精霊と共に守ってくれました。
人々は若者たちの力になってくれた精霊に感謝して神殿を建て、自分たちを助けてくれた若者たちのリーダーを王様、その仲間を貴族としました。
そうして、人と精霊は仲良く暮らしました。
***
そんなわけで王様と貴族は偉いんですよ、強い精霊魔法を使えて生活を守ってくれているんですよ、と繋がる。
実際に、城で王様が国の守護結界を管理して、結界が弱まる二十年ごとに、精霊魔法を使う力━━魔力が強い王族と貴族の中から選りすぐった者たちで結界に力を注いで、張り直す。
もちろん貴族たちじゃなくても、魔力が強くて精霊魔法を使える平民もいる━━わたしみたいに。
そういう人は大抵、血筋に貴族の婚姻関係を持っている。ご多分に漏れず、わたしもそうだ。
わたしの名前は、リフィーユ。
リフィーユ・ムーンローザ。
ムーンローザ商会の会長を父に、商会の出資者であるサンルテア男爵家の娘を母に持つ。平民のお嬢様。
とりあえず、世界観は一緒だ。
漫画や小説で知った前世の情報よりも、この世界でお母様に教えて貰った情報の方が遥かに濃くて、役に立つけど。
原作の乙女ゲームをしていれば、もう少し詳しかったのかな?
でもゲームは苦手だったんだよね。友達や従兄弟が遊んでいるのを見てるだけで構わなかったから。
この世界では、六歳で魔力の有無を、王族も貴族も平民も、神殿に行って確かめる。
わたしもあと一ヶ月半━━いや、寝込んでたり何だりで一ヶ月後には六歳。神殿に行くことになる。
その前に色々知りたくて、精霊魔法を使えるお母様にこの絵本を読んで貰った。そうしたら、子供の強い好奇心で精霊魔法をどうしても見てみたくなった。
それでお願いして、庭で見せてもらったのが、光魔法。ただ空間に光を集めて発光するだけの初級魔法。
その光の眩しさで前世の死に際を思い出して、熱だして倒れて今に至る。
わたしは絵本をサイドテーブルに戻して、布団に入った。少しまだ熱っぽい。病み上がりで無理しちゃ駄目だよね。
布団をかけて、ベッドの日除けである天蓋を見つめた。木目調で楽しくはないけど、自然に口元が緩む。
ここはやっぱり『きみまほ』の世界なんだと思う。
世界観を思い出すついでに、主要キャラの名前も思い出した。
乙女ゲームが原作だから、当然わたしが読んでいた漫画も小説も、ゲームに沿った内容でキャラの名前や基本設定も同じ。
そしてその主人公の名前は、リフィーユ。
リフィーユ・ムーンローザ・サンルテア。
サンルテア男爵家に養子に入った男爵令嬢。
「━━って、わたし⁉」
思わず起き上がったけど、熱が高くてくらりと目眩がした。再度横になって、枕に頭を埋めた。
「うあぁ…マジかー」
呻いた声が出てしまう。
わたしが主人公って、ドッキリ?
━━ぜひその方向でお願いします! どなたかプラカード持って出てきませんか!? 今ならドッキリ大歓迎ですよ!
「………」
……どれだけ待っても誰も出てきてくれない。転生させた神様も出てこない。
コレはあれですか? わたしに主人公(笑)やれと?
「………ないわー」
乾いた笑みになるのは仕方ないよね。
わたしは物語が知りたいから、リアル展開を喜んだだけで、ハーレム希望じゃないし、願望もないよ…?
ちょっと神様、人選間違えてません!?
「……頭、痛い。熱上がった…」
前世思い出したばかりで体調不良の五歳児に、これ以上は無理。キャパオーバー。
体調よくなってから考えよう。
もしかしたら、神様とかの訪問があるかもしれないし。実はうっかり間違えちゃって、とかお茶目に言ってくる可能性だってまだある!
その時は喜んで本物の主人公とチェンジして、驚かせた慰謝料と称して、学園に通えるモブキャラにして貰って、物語を眺める権利を貰おう。
方向性を決めたら、眠くなってきた。
よし! 神様、ぜひとも間違いのお知らせのご訪問を心よりお待ちしております!!