第七話:卑怯な兄
翌朝、小鳥の囀りがまだ澄んだ空に響くような時間帯に、昌たちは荷物を車のトランクへと詰めていた。朝早くの出立にも関わらず、結も旭も文句の一つも言わずにせっせと動いている。
「昌さん。これで最後です」
結が大きなボストンバッグを手渡す。結局、彼女の荷物はそのバッグを入れて四つ。旭の荷物も三つと、それなりの量になった。
「よし。じゃあ、二人は先に後部座席に乗ってくれ」
「はい! わかりました」
トランクを閉め終え、彼も助手席へと向かう。
「兄さん!」
ドアへ手を掛けたところで、樹が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「もう帰っちゃうの?」
「ああ、悪いな。遊んでやれなくて」
「ううん。それは良いんだけど、もう少し……出発を遅らせられない? 姉さんが帰ってくる事は、兄さんも聞いてるでしょ?」
甘える年頃ではない――樹は自身をそう位置付けているのだろう。だから自分の意思よりも、周囲を気にするきらいがあった。
昌と友里の事についても、樹は深い事情は知らない。ただなんとなくおかしい――と、感じているくらいだ。それにこの問題がかなりデリケートである事――部外者が口を挟むべきではない事も、彼は理解していた。それでもやはり兄妹で仲違いしているというのは、見ていて気持ちの良いものではなかったのだ。
「樹の言いたい事はわかる。だけどこればかりは、時間が解決してくれるものでもないんだ」
「それなら尚の事、姉さんと話し合って――」
「友里もまだ俺には会いたくない筈だ。教えてないんだろう? 俺が帰ってきていること」
いや、友里の事だから案外気が付いていて、俺の出方を伺っているだけかもしれないが。
「それは……そうだけれど……」
図星をつかれて、樹の声は萎んでいく。
「ここは引いてくれ、樹。お前の気持ちはわかっているつもりだ。だけどな、これは俺と友里との問題なんだ。お前の出る幕じゃない。それに嘘を吐いた事で、お前まで友里に嫌われて欲しくはないんだよ」
「……わかった、兄さん。余計な事をして、ごめん」
「いいや。俺の方こそ、至らぬ兄で悪いな」
「でも、これだけは信じてあげて! 姉さんは兄さんの事を嫌ってる訳じゃない。ただ少し――ほんの少しだけ素直になれないだけなんだ」
「ああ。わかってるよ」
卑怯なのも、
大人気ないのも、
誰かという事くらい。
痛い程、わかっている。
「それじゃあ、元気でな」
「兄さんも、元気で」
長い別れの挨拶を済ませ、昌も助手席へと乗り込む。
「本当に、宜しいのですか?」
「……ああ、出してくれ」
芳達の最後の言葉も届く事はなく、昌たちは東京へと戻って行った。