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第四話:式神顕現

 昌己が昌を呼びつけたのは、それから三十分程後だった。

 屋敷から更に山に入って徒歩十五分。結界で覆われた、四辻の秘境とも言える洞窟がある。

 結界の前で待機していた昌己の付き人に結界を解除させ、昌は付き人の案内に従って洞窟の中に入る。

 洞窟の最深部に到達すると、昌己が小さな祠の隣で待っていた。その祠に依代を置き、式神を顕現させるのだ。また周囲に張っている結界は、目くらましの他に、その顕現が失敗して式神が暴走した場合の保険でもあった。

「言いつけ通り来たのだな、昌」

 昌己が挑発的に言うと、昌も売り言葉に買い言葉といった態度で返した。

「俺だって四辻の長兄だ。それくらいの覚悟はある」

「ほう、そうか」

 と、昌己はまるで興味がないかのように言った。

 洞窟にいる人間は計六人。四辻昌己、彼の側近が二人、四辻昌、そして――伏原姉妹が、昌己の後ろに控えていた。

 所用と言葉を濁したのはこのためか――と、昌は勝手に納得していた。

 だが彼女たちの服装は儀式用の白装束。本来なら違和感を感じてしかるべきなのだけれど、彼女たちが伏原とういうこともあり、今後のために経験値を積ませておくという観点からも、なくはない可能性である。そしてその判断が、彼の行動を数拍遅らせる事となった。

「まさか前置きを話すつもりもないだろう? 早く儀式を始めるぞ」

「そうだな。私もお前の相手をいつまでもしていられる程、暇ではない」

「別にあんたの暇なんか、気にしてねーよ」

 そう言いながら、昌は上着のポケットからネックレスを取り出した。

 母親の形見の品である。

「指示された物は持って来たぞ。これを祠に置けば良いのか?」

 式神の依代は使役者に縁の深い代物でなければならない。それを祠に置き、呼び寄せた御霊を憑かせる事により、初めて式神の使役が可能となる。

 通常はその補助具となる祠に、依代を配置して儀式を執り行うのだが、

「いいや、それは必要ない」

「……どういう事だ?」

「すぐにわかる。……結、旭。祠の隣に立て」

 昌己は昌の質問に答える代わりとして、結と旭に指示を送った。その指示に従い、二人は祠の側へと移動する。

 その途中に昌と目が合うと、旭は笑顔で手を振り、結は申し訳なさそうに目を伏せた。

 最初は訝しげに見ているだけの昌だったが、昌己の言った通りすぐに状況を推察し、ある最悪の答えに行き着いた。

 目を見開き、ハッと息を飲む。

 口にするのも悍ましい。

 嫌っているとは言えど、やはり親ではある。そんな人道に反する事をしようとしているなどとは、昌も思いたくはなかった。

 訊きたくもなかった。

 しかし昌己の言動全てが、昌の推察を肯定しているのだ。確かめずには、いられない。

「……まさか、彼女たちを依代にするつもりなのか?」

「そのまさかだ」

 悪びれもしない昌巳を、昌は憎悪の篭った瞳で睨み付ける。

「あんた、自分が何をしようと――何をさせようとしているのか、わかっているのか⁉ 人を依代としての式神顕現が禁忌とされている事、知らないなどで済ませやしないだろうな!」

 人を依代とする式神は、メリットが大きい。一度顕現に成功してしまえばその後暴走してしまう確率は低く、また依代の能力にプラスして式神の能力が加わるため、通常の式神よりも強くなる可能性が高い。

 但し、相手が人間という事もあって、式神が顕現した後に裏切るという事象もしばしば見受けられたのだけれど、それは依代を使役者が御し易い人物にしておけば事足りる。

 つまり、表面上はデメリットがないに等しい。

 では何故、人の依代が禁忌とされているのか?

 禁忌とされている所以は、その成功率の低さにあった。

 式神を降ろされる人物の技量にもよるが、高くて五パーセントに満たない。この儀式の所為で何人が死んだのか。数えるのも恐ろしい。

 だが、昌巳の態度は揺るがない。

 昌の睨みをまるで相手にしない堂々とした風格は、

 さすが四ノ冠の一角を担う当主と言うべきか、

 伊達に父親はやっていないと言うべきか。

 感情が沸き立っている息子とは違い、昌巳は冷め切った表情で彼の相手をする。これぞ格の違いばかりだと言わんばかりの冷笑を添えて。

「禁忌などと決めたのは、人の命に対して恐れをなし責任を放棄した一部の偽善者共だ。そんな奴らの世迷言に、素直に従ってやる義理はない」

「身勝手な言い分だな。さすがは四辻のご当主様だ」

 昌が吐き捨てるように言っても、昌己は表情一つ変えない。そんな父親を見て、彼はこれ以上の議論が無意味だと悟った。

 無言のまま、踵を返す。だが一歩踏み出した所で、昌己の付き人が彼の行く手を阻んだ。

「どけ」

「出来ません。ご当主様のご命令ですので」

 静かな昌の恫喝にも、付き人が譲る様子はない。

 ――それなら、やり方を変えるだけだ。

「そうか……なら、死ぬか? お前」

「…………ひっ!」

 昌の殺気に、付き人はその場に硬直した。自分の命の危機でも命令を忠実に守ろうとする忠誠心は見事だけれど、如何せん、邪魔である。

 右手を手刀の形に変え、相手の首筋目掛け振り下ろす。

「待て! 昌!」

 顔を合わせてから初めて感情を込めたであろう昌己の声に、昌は首筋に指が掛かる寸前で腕の振りを止めた。

「お前は勘違いをしている」

「勘違い? 何を?」

 昌は嘲笑い。再び視線を昌己に向けた。

 今更弁解など、見苦しいにも程がある。

「これは彼女たちの意思だ」

「強要したんだろ? 主家の意思には逆らえないようになってるからな、うちは」

「儀式については、二人とも全てを知った上で同意している」

「あんたが同意せざるを得ない状況を作り出しただけだろうが! 彼女たちが逆らえない事を知っていて! ――それを強要って言うんだよ!」

 昌の怒りは極限にまで達していた。いつ噴火してもおかしくはない。

「いい加減。本音で話したらどうだ?」

「覚えておけ。大人とは、取り繕うものだ。――だが、まあ良い。着飾らず話してやろう」

 だから、次の言葉で昌の精神は切れた。

「私の駒をどう動かそうと、私の勝手だ」

「――――っつ!」

 濃密な殺意が放たれると同時に、昌己の身体を光でできた無数の刃が包囲した。彼の付き人は、昌の殺気に中てられて気を失っている。

「ああ、やっぱもう良い。もう良いわ、親父。茶番は終わりだ。御託並べてそこで死ね!」

 昌の気分次第では、後数秒にも満たない内に自分は殺される。そんな窮地においても、昌己は冷静だった。

「ふん。浅はかだな、昌」

 鼻で笑い、感情に身を委ねた愚かな息子に侮蔑を込めた瞳が語る。だからお前はその程度なのだと。

「私を殺して、それでどうなる?」

「少なくとも結と旭は解放される!」

「ほう。他人の為に動くか。…………偉くなったもんだな、お前も」

「黙れ!」

「そして、それで使うのが禁呪式か? さっきまで禁忌を否定していた奴が聞いて呆れる」

 禁呪式は術者の生命力を使う、もしくは使用する巫力が膨大で術者を危険に晒すため、禁忌として使用が禁止されている想操式だ。術式も基本的に秘匿とされているが、それを知っている人間は少なくない。昌のように、権力の強い家柄出身であれば尚更である。

 つまり禁止とは建前で、全ては自己責任の上に行使せよ――というのが大勢の見解だ。

 昌の使用した縛光刃などは前述した分類だと後者にあたるが、彼の場合、保有している巫力が桁違いのため、通常の想操式と同じように扱える。

 人を殺める――その意味では、昌巳の発言も蒼哉の行為も大差はない。

 自身か他者か、その差だけだ。

「屁理屈言ってんじゃねーよ! 俺の禁呪式とあんたのやろうとしている事では、危険の質が違う!」

「いいや、同じだ。尤も、命の高低はあるがな。だが昌――」

「なんだ?」

「お前が臆しているのは、それではないだろう?」

「――――――――くっ!」

 したり顔の昌己に、昌の表情が歪む。

「お前は自信がないのだ。人を依代にする場合、式神を宿す者の致死率は本人の技量だけでなく術者の技量との相乗によって決まる。極端な言い方をすれば、二人がいかに無能であろうと、お前が有能でありさえすれば、十中八九、二人が死ぬ事はない」

 昌巳が言った事は事実だ。昌は己の手で、結と旭を殺してしまう事を恐れていた。

 それは認めよう。

 だが、それだけではない。

 どんな理由があろうと、

 確実に成功しようと、

 二人を四辻の因果に巻き込んではいけない。昌の式神になるという事は、彼に取り巻く危険も共に受けると同義だ。いや、寧ろ率先して、命を賭して、彼を見えぬ悪意から護らなければいけない。

 彼女たちを、そんな道具にさせてなるものか。

「と、でも思っているのだろう? 偽善者」

「何だと⁉」

 昌の感情を逆撫でする様な言い方に、縛光刃の切っ先が昌巳の肌を掠める。僅かな鮮血が地面に散ったが、それでも昌巳は言葉を切らない。

「儀式が成功した後、結と旭はお前の式神となる。良いか? 私ではない。お前の式神だ、昌。彼女を道具として扱うも人として扱うも、全てお前次第。言っている意味はわかるな? お前が四辻よりも強くさえあれば、何も問題はないという事だ。お前は自分の弱さを棚に上げて、何もかも他人の所為にしている。只の餓鬼だ」

「…………黙れ!」

 ぐうの音も出ない。

 自分の行動は正しい。そう思いながらも、己の中に昌己が言ったような甘えがある事も知っていた。

 だが彼の言葉は詭弁だ。たとえ昌が強かろうと、四辻の運命には逆らえない。だから昌が今やるべき事は――、

「やはり、そうなるか」

 観念したような昌己の呟きは、彼を取り巻く縛光刃の変化を見てのものだった。光の刃は回転を始め、彼を貫く準備に入った。

 縛光刃はその名の通り、相手の捕縛を目的とした術式である。その為、見た目に反して殺傷力は然程ない。昌己程の技量があれば、たとえゼロ距離であっても殺すまでにはいかないだろう。

 逆を言えば、昌は本当に自分の父親を手にかけようとしているのだ。

 回転が最高潮に達し、其々の刃がふた周りは大きい槍へと変貌する。後は、彼が手を振り下ろせば、昌己は死ぬ――はずだった。

「お待ち下さい! 昌様!」

 結が声を上げ、昌の意識もそちらに逸れた。

 一瞬の隙。

 昌己は誰にも気づかれぬよう、万が一の準備に入る。

「昌様……いえ、昌さん! ご当主様を殺してはダメです! どんな理由があろうとも、実の父親を殺めるなどあってはなりません!」

「……………………」

「私と旭なら大丈夫です。ご当主様の言った通り、全てを知り納得した上でこの場にいます」

「……結、それは君がそう思い込まされているだけだ。主家に逆らってはいけない――その刷り込みが、拒絶するという選択肢を君の中から排除してしまっている。限定された中での選択では、納得したとは言えない」

「違います! 選択肢はありました! 私は――私たちは自ら望んで、この儀式を受ける事を選んだんです!」

「だからそれは――」

 勘違いだ――と、同じ説得を続けようとしたが、

「私たちが儀式の件を受諾したのは、今朝です!」

「…………だからどうした?」

 今朝だろうが半年前だろうが、そんな期間ぐらいで親父が譲歩したとは言えない。

「実際に昌さんと会って、自分たちの主だと認める事が出来たらで良いと、ご当主様は仰いました。……昌さんだから……私たちは昌さんだから、式神となる事を選んだんです!」

 胸の前でぎゅと手を握り、結は泣き笑いのような顔で言う。

「……信じています。昌さん」

 そこまで言われてしまっては、男として、昌が取れる行動は一つだった。

「おおっ! パンって鳴った!」

 旭が鼻息を荒くする程に、縛光刃が消える様は印象的だった。昌が手を下ろし巫力の供給を止めると、形状を保てなくなった縛光刃はまるで花火のように空中に霧散した。

 昌己も、待機状態に入っていた術式を解除する。

 取り敢えず、血生臭い惨劇は回避したという事である。

「ここは、結に免じて退いてやるよ」

「懸命な判断だ」

 此の期に及んでも尊大な態度を崩さない昌己を不意打ちで刺してやろうとも思ったが、旭が駆け寄ってきたのでそれも憚れた。

「ねぇ、ねぇ、昌にぃ! 今のどうやったの? もっかいやって!」

 あまりにも場違いな旭の明るさに昌も困った笑みを浮かべ、

「また今度な。ほら、結が待ってるから、祠に行こう」

「えぇー……。まあ、いっか。それじゃ、明日また見せてよね!」

「ああ、約束だ」

 昌は旭の背中を押して祠へと向かった。

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