第三話:静かな朝
早朝五時。まだ空が白み始めたばかりの頃に昌は起床した。まだ春となって間もないこの時期、山の朝は冬と間違うかというほどに寒い。
普段なら絶対に布団から出ないのだけれど、今日ばかりはそうも言ってられなく、枕元に畳んであった上着を羽織り洗面所へと向かった。
朝靄の掛かっている庭を見て、思わず溜息が出る。
何が哀しくて、こんな朝早くに起きているのだろうか?
とは言え、結も旭も既に部屋にはおらず、自分より年少の子供が他人の事情にも関わらず一切文句を言わずにこんな朝っぱらから働いているのだ。
昌が不満を言っても、情けない他ない。
冷水で身体を起こして、部屋に戻り身支度を整える。
まだ本格的な準備はしない。儀式の時は親父なりお付の誰かが呼びに来るはずで、さすがの性悪狸であっても、朝食くらいは取らせてくれるはずだ。
それが証拠に。
「失礼致します、昌様。朝食の準備ができましたので、居間までお越し頂けますでしょうか?」
昨日と同じく、結が呼びに来た。
「ああ、すぐに行くよ」
「ありがとうございます。それと……申し訳ありません。私と旭は所用を言付かっているため同席できませんが、昌様は――」
「気にしなくて良い。どうせ俺も、朝食が済めばすぐに発つ」
「ありがとうございます。それでは――」
「それより、結」
「はい。なんでしょう?」
名を呼ばれた理由がわからないといった様子で、結はキョトンと首を傾げる。
「喋り方。元に戻ってるぞ」
「あっ!」
結は反射的に口に手を当てるが、それも失礼だと思い直して、ゆっくりと手を下げる。
「も、申し訳ありま……すみません。昌さん」
「はははっ。やっぱり慣れないか?」
「……はい。すみません。堅苦しくて」
どうやら、結の丁寧口調は地らしい。社会的に見れば、俺たちも十分に上流階級である。俺や夜霧のように性質がそもそも合わず品のない口調を使用している人間もいるが、四ノ冠、十三柱に名を連ねる家柄の者は、寧ろ結のような人間の方が多い。
だから堅苦しいとは感じないし、謝ってもらう必要もないのだけれどな。
「まあ、無理して変える必要はないさ。俺の世話をさせられているという事は、どうせ今日限りという訳でもないんだろ? 時が経てば嫌でも慣れてくるよ」
この失言に、今の彼は気付かない。
「……そう……ですね」
努めて明るく言ったつもりだった昌だが、結は哀しげな笑顔を浮かべたのだった。