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第二話:三人一間

 楽しい団欒が終わり、昌は一人、客間へと向かっている。夕食後に樹との会話に花を咲かせてしまい、気が付いたらもう十一時を回っていたのだ。

 布団を敷くと言って、結と旭は先に客間に行ってる。一年も一人暮らしをしているからか、こうも何もかもして貰う生活というのは、どうにも落ち着かないものである。

 部屋の前に着くと、中から人の気配がした。おそらく、結たちが俺の戻りを待っているのだろう。殊勝な事である。

 だが昌が扉を開けると、現実は彼の更に斜め上を行っていた。

「……………………」

 さすがに絶句である。いや、風呂の件からも想像は可能だったが、まさかという思いが、彼の中から可能性を一つ取り除いていた。

 四辻の自分が一般常識を論じるなどそもそもおかしいのだけれど、それでも間違ってはいないと思う。

 誰かが嗾けたのか、

 自分の意思か、

 どちらにせよ、一般常識にもモラルにも反している。

 つまるところ何かと言うと、布団がぴったりと隙間を空けず綺麗に並べて三組。その上に結と旭が三つ指をついて座っていたのだ。旭は平然としているが、結は今にも沸騰しそうなくらい顔を真っ赤に染めている。

「…………結」

 名を呼ばれると、結はビクッと肩を震わせた。

「……これは何のつもりだ?」

 怒っている訳ではない。寧ろ、呆れが大半だったのだけれど、その声には有無を言わさぬ重さがあった。

「……こ、これ……とは?」

 結が恐る恐る尋ねる。

「布団が三組も敷いてある事だ」

「そ、それは……」

 口にするのが恥ずかしいのか、中々言葉が出てこない。すると、代わりに旭が元気良く顔を上げて答える。

「三人で一緒に寝るんだよ、昌にぃ!」

 そんな事は見ればわかる。昌が訊きたいのはそれ以後についてである。

「本当にそれだけか? 結」

 再び視線を結に向ける。彼女は射竦められたのように縮こまり、

「と、床を……昌さんと……床をともにしたいと思いまして…………」

「それは、俺と寝るという事か?」

「――――っつ!」

 昌のより直接的な表現と厭らしさを含めた口調に、結は思わず頭を上げてしまう。そして彼とバッチリ目が合ってしまい、慌てて視線を逸らした。

 一方、旭はと言うと、理解できていないのか、不思議そうに首を傾げている。

 これなら結だけを説得すれば大丈夫だな。

 そう考えて、昌はターゲットを結に絞り込んだ。――のだけれど、

「あのな、結――」

「わ、私は!」

 説得に掛かろうと身を屈めると、結が羞恥を紛らわすかのように早口で彼の言葉を遮った。

「ま、まだ経験もありませんし、じ、上手にできないかも知れませんが、その……ち、知識は本を読んで得ています。せ、精一杯、頑張ってご奉仕致しますので……」

 誰から買い与えられ、どんな本を読んだのか余程ツッコミたかったが、今は止めておこう。

 しかしこれは、かなりの重症である。真面目というよりかは、生真面目な性質なのだろう。このまま説得を続けたところで、おそらく素直には聞くまい。だとすれば…………身をもって理解させるしかない、か。

 そう思い至ると、彼の動作は早かった。

 無言で立ち上がり電気を消すと、素早く結を仰向けに倒して、その上に跨るようにして身体を近付ける。山奥なので、明かりを消してしまえば部屋は瞬く間に暗闇に包まれる。夜目が利くとしても、見えるようになるまでは暫く時間が掛かるだろう。だが昌はその手の訓練も受けていたので、バッチリと結の事が見えていた。

「えっ? えっ? どうしたの?」

 旭は突然の事に戸惑い、またそれは状況は違えど結も同じだった。

 昌の姿は全く見えない。だが自分が押し倒されたのはわかるし、彼の動作も音や空気の流れでなんとなくは視えていた。

 手が、結の衣服に伸ばされる。彼女の寝間着は和服である。たとえ抵抗をしたとしても、剥ぎ取る事は造作もないだろう。

 夜の相手をすると言い出したのは自分だ。だからこれは完全な自業自得。それでも思考が恐怖の色に彩られているのは、昌が断る事にどこかで期待していたからだろう。

 理性と本能は違う。

 結は反射的に和服の襟を掴み叫んでいた。

「いや!」

 昌から身を守るように、彼女は身体を捻る。

 そんな事をしても純粋な腕力の差でやはり無駄なのだけれど、結の予想に反して昌の追撃はなかった。

 代わりに隣で、ぼふっと布団が音を立てた。薄目を開けてみると、昌が脱力した様子で寝転がっている。彼の奇怪な行動に結は只々惚けているだけで、涙目になりながら己が叫んでしまった失態を認識できないでいた。

 理解できたのは二つ。

 自分の貞操は犯されなかったのだということ。

 昌が理性を失った訳ではないということ。

 それだけだった。

 暫くすると、昌はゆっくりと右手を上げた。そして指をパチンと鳴らし、宙に人魂のような小さな焔を灯らせる。

 焔火――本来は生み出した焔を投げ付けて攻撃するタイプの簡易式なのだが、昌は出力を加減し、また宙に留めておく事で灯りの代用としたのだ。簡易式ではあるが、やっている事は緻密な巫力コントロールが必要な高等技術である。

 幻想的な灯りが部屋を照らし、周囲もハッキリと目視できるようになった。それもあって少しずつ落ち着きを取り戻してきた結は、くしゃくしゃになった襟元を直しながら、ゆっくりと上体を起こす。

「あ、あの……昌さん……」

 結が喋りかけると、彼も身体を起こして彼女の方を向いた。

「悪かったな。怖かっただろう?」

「……はい。……あっ! い、いえ! こ、怖かったですけれど……元はと言えば私の所為ですし」

「また久江さんに言われたのか?」

「何事においても常に対処するため、お側で休ませて貰うようにとは言われましたが、先程の……その……床をともにする云々は、私の独断です。暗にそういう事を言われているのだと……思いまして」

「久江さんは、この家の人間では珍しく常識人だ。彼女にそんな意図はないし、君が怒られる事もないから安心して良い」

「はい。昌さんにもご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 結は深々と頭を下げる。昌は彼女の肩を、叩き気遣うように言葉を掛けた。

「気にするな。だが、たとえ誰の命令であろうと、二度とこんな事はするなよ」

 昌がそう言うと、意外にも結は素直に頷いた。

「……わかりました」

「よし、良い子だ」

 頭を優しく撫でてやる。結は恥ずかしそうで、だがどこか嬉しそうに頬を染めた。

「あっ! そうか!」

 すると今まで大人しかった旭が、突然声を上げる。何事かと二人揃って彼女を見ると、自信満々に瞳を輝かせていた。

 たぶん結と俺が何をしようとしていたのかわかった――という事なのだろうが、その言葉を口にするのはあまり宜しいとは言えない。主に、結の精神衛生上の問題として。

 黙らせるべきかとも思ったが、そんな昌の心配も杞憂に終わる。

「怪談! 怪談話をするんだね! やったぁー! 私、そういうの好きなんだぁー」

「えっーと…………ああ……」

 自分が出した焔火を見上げ、昌は一人納得した。

 見方によれば人魂とも取れるその焔から、旭は怪談と連想したのだろう。この屋敷は山深くにあるおかげもあり、辺りに廃屋や廃墟、管理が放棄された神社や寺がたんまりと存在し、幽霊だの妖怪だのにはこと欠かない。

 そもそも霊的な場所を求めて居を構えたのだから、当然といえば当然なのだけれど、それでも怪談話は同等数以上が存在する。

 そして、昌は子供の頃から聞かされて育った。

 胆力の修行の一環だったそうだが、思い返してみると単に大人が子供を脅かして楽しんでいたとしか思えない。まあ、俺たちの中で素直に反応したのは友里だけだったので、脅かす側の大人たちは大層面白くなかっただろうが。

「怪談……か」

 旭も半年ここで生活しているという事は、色々と聞かされていても不思議ではないし、焔火から怪談にたどり着くのも合点が行く。

 不幸中の幸いか、彼女はそちらの方面には疎い様子である。このまま、怪談だと言ってしまえば、誤魔化せそうだ。

 昌が結に目配せをすると、彼女は曖昧な笑顔で答えた。

 妹の不勉強を嘆いているような、

 妹にバレずに安堵しているような、

 異なる感情が入り混じった表情だった。

「怪談話は、やっぱり明日にしよう。朝も早く起きないといけないし、そろそろ寝てしまわないとな」

「えぇー! しようよー! 少しくらい夜更かししても大丈夫だよ!」

 旭が強請るように昌の右腕を揺する。子供特有の上目遣いに、少しだけならと彼の心も動きかけたが、

「我儘言わないの! 今何時だと思ってるの!」

 結が間に割って入った。何故だか焦っているように見えるのは気のせいだろうか?

「むぅー、結だって昌にぃと遊ぼうとしてたくせに」

 旭のカウンターに結は「うっ」と口を噤む。

「あ、あれは…………」

「あれは?」

 旭の糾弾に、結は少しヒステリック気味に言い返す。

「あ、あれはあれ。これはこれよ!」

 理不尽極まりない言い分である。

「そんなこと言って、本当は怖いだけでしょ?」

「う、五月蝿い! 良いから、もう寝るの! わかった? はい! この話はおしまい!」

 すると、旭の反論も聞かずに、結は昌が作り出した焔火を勝手に消してしまう。

「あー!」

 当然、旭は喚くが、部屋は既に再び暗闇に包まれている。もう一度、昌が焔火を出さない限り(普通の明かりでは雰囲気が出ないので却下)、夜更かしをする理由は無くなってしまう。

 期待させてしまった分、可哀想ではあるが、ここは結の方が正しい。

 昌が布団に入ると、騒いでいた旭も渋々諦めたようで、不貞腐れたように布団を被った。

 昔を思い出し目を細めながら様子を見ていた昌だったが、頭ではまったく正反対の事を考えていた。

 伏原――か。どこか一抹の不安を抱えながらも、昌は瞼を閉じた。

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