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一ヶ月前、あるいは二日後(1)

投稿直前に改行を山ほど入れるマシーンになりました。

誤字脱字等があれば、お教え頂けると嬉しいです。

 時はさかのぼって、一ヶ月前。


 パトリック様に婚約を打診された私はその足で公爵閣下のおわす部屋へ連れて行かれ、先ほど見送ったばかりの父と再会するはめになった。


 王城の一角にある応接室に連れてこられた私は、ソファにゆったりと腰かける閣下に席を勧められ目を白黒とさせた。

 使用人としてすらここまで来たことがないのに、いきなり閣下の前に腰を下ろすなどできるわけもない。

 そもそも使用人としてという理由がなければ閣下と対峙することなどできない身分だし、パトリック様も閣下ととりたてて親交はなかったはずだ。

 つまり、どうしてパトリック様が私をここに連れて来たのかわからない。

 どうしたらいいのかわからず、父に視線で助けを求めると苦い顔をされた。


 ええと……粗相をするなということですねわかりました。


 無表情なのは執務中だからだろうが、眉間のしわが隠せていない。父さま、不機嫌丸出しです。

 とはいえ、お忙しい閣下にこれ以上無駄な時間をとらせてしまうのは良くない。仕方なしにおそるおそる閣下へのご挨拶の口上を述べ、パトリック様に続いて席へつく。


 御年五十歳の閣下は今日も見事なナイスミドルです。いや、日本よりも平均寿命が短いことを考えるとナイスシルバーなのだろうか。

 少し白髪の混じり始めた金髪は貴族にしては珍しく短く切られ、執務の邪魔にならないようにだろう、綺麗に撫でつけて額を出している。限りなく黒に近い深い緑色のゆったりとした衣服をまとっていた。


 私は昨年まで公爵閣下の家で侍女として勤めていた。いや、私が閣下のお世話を直接行うことはなかったのだが。

 ただ父が閣下の信用を得ていることもあって、私も閣下に顔を覚えて頂いていたし、過分に目をかけて頂いたとも思う。

 しかしそれでも閣下とこのような場で顔を合わせる機会など今までもなかったし、これからもないと思っていた。

 一体何が起きているのだろう。

 こわごわと私が腰を下ろした瞬間、開幕から閣下は爆弾を落としてくれました。


「さて、ジェリィ。まずは婚約おめでとう」


「えっ!?」


 思わず声をあげてしまうと父ににらまれた。すみません。大きな声を出してはいけないですね。


「え? ……まだ求婚していなかったのか?」


 あわてて口をつぐんだ私を閣下はいぶかしげに見て、次いでパトリック様を問うように見やった。

 パトリック様はパトリック様であっさりと答える。


「いえ。先ほど受け入れてもらいましたが。

 ――違うか?」


「え、いえ……その……違いません」


 最後の問いは私に向けたものだった。しどろもどろになりつつも返答する。結構な羞恥プレイですよこれ。


「じゃあなぜ驚いたんだ?

 ああ。もしかしてわしが君らの婚約を知っていることが不思議だったのかな?」


「……はい」


 うなずくと閣下は笑われた。


「なに、わしとレオは昨日の時点で聞いていたから知っているだけだ」


「昨日、でございますか?」


 思わずパトリックを振り仰ぐ。パトリック様は気まずそうに目をそらした。


「これでも将来は伯爵家を背負う身だ。婚約の申し込みをするにも、家同士の根回しはある程度慎重にする必要があるだろう」


「おっしゃることはごもっともですが……」


 私とパトリック様は一昨日の夜会が初対面である。それで慎重に、などと言われてもまったく説得力がない気がする。

 一体パトリック様は公爵閣下に今回のことをどう説明したのだろうか。おろおろしていると、閣下が笑い出した。


「昨夜は驚いた。なにしろほとんど交流がないはずのパトリック殿が急にわしの執務室にやってきて、レオに向かって末娘を妻にしたいが問題がないかと言うのだからな」


「ぱ、パトリック様!?」


 公爵閣下のもとにアポなしで向かわれたんですか!?

 私は思わず震え上がった。パトリック様もさすがに無茶をした自覚はあるのか気まずそうにした。


「その節は失礼致しました、閣下。

 しかし昨日は一日レオナール殿に避けられていたので、ああでもしないと話を聞いて頂けなかったのです」


「よいのだ。昼にちらりと話を聞いていたしな。むしろ面白いものを見せてもらった。

 しかし、レオに避けられておったか……ほう?」


 閣下は楽しそうに父の方を見た。


「レオ、お前も今日は座れ」


「は……しかし」


「いいから座れ。長くなるだろうし、今日はわしではなくお前が当事者だ。なんのためにそれを着せたと思っている」


 ……まさかこのために父は正騎士服を着ることになったのか……


「さて」


 閣下は渋る父を無理矢理座らせると、にこにこと私たちを見回した。


「交流のなかったはずのパトリック殿をレオがわざわざ避けるなど、理由があってのことだろう。なにがあった?

 ジェリィは自分の立場をわきまえた娘だ。自分の身になにか問題が起きれば、それを速やかにお前に報告するのであろうな? わしの家に勤めているときもそうであったように」


「……」


 閣下の言葉に父は戸惑ったような表情をしたし、私はこっそり苦笑いした。

 夜会でのことを両親に話したのは私ではなく姉たちである。そして正直に言えば、できれば口を閉ざしていたかった。


 だがそこは私の行動パターンを熟知した姉たちである。馬車の中で何があったのか、誘導尋問や脅迫等々――さまざまな手腕によってことの経緯をつまびらかにされてしまった。

 そして叱責と両親への報告と対策会議――という流れだったのだが、結果的に父がことの事情を把握していたのは事実だ。


「しかしなにより驚いたのは、求婚のためわしの部屋に乗り込んでくるなどという強硬手段に出たパトリック殿が、そのくせジェリィの名を知らなかったことだがな!

 一体パトリック殿はジェリィをどこで見初めたのやら。まあ、おとといの夜会でなにかあったのだろうが」


 ご慧眼です、閣下……


「さまざまな良家のご令嬢たちの秋波をことごとくかわしてきたパトリック殿が名も知らない娘を見初めたとあれば、どんな経緯があったか知りたくなるのも無理はあるまい?」


 私は内心で悲鳴をあげた。やっぱりモテモテでしたかパトリック様。

 いや噂では知ってましたけど!


「閣下、それは……」


 悲壮な表情をした私をしている横で、パトリック様が言葉を詰まらせた。


 そういえば、夜会の遭遇時、パトリック様はあの場で身柄を明らかにしてくれたが、私はそのとき彼に名を明かしていない。

 助けに来てくれた姉たちも警戒していたのか、あくまで警備と言ったパトリック様に対して丁寧に対応しつつも貴族としての挨拶はしなかった――つまりパトリック様に名乗ることはしなかった。

 さらに私が自ら名乗ったのは今日、先ほどが初めてだ。


 自慢じゃないが、私の身分は最下位だから高い身分の方々と交流する機会など限られている。

 それに昨年社交界にデビューしてからこのかた、これといって目立つ行動も取っていない。


 だからパトリック様が元々私のことをご存じだったということはないだろう。


 絶世の美女であれば目立つ行動などせずとも目立つだろうが、十人並みのこの容姿では、静かにしていればそうそう目立つことはない。

 派手な粗相もしていないはずだから、悪目立ちもしていない……と願っている。

 外見もよっぽど見苦しければ母と次女のチェックが入るはずだし。


「そ、その節は自己紹介もせず立ち去ってしまい、大変失礼をいたしました」


 私が閣下からパトリック様へ座る向きを変え、深々と頭を下げる。


「いや……会話の中で彼女のお父上が公爵閣下の側近で、四姉妹の末娘だということはわかったからな」


「さようでござましたか……」


 公爵位をお持ちなのはこの国に二人、一人はかの方のお父上である宰相閣下。そしてもう一人が我が父の主人である公爵閣下だ。

 パトリック様のおわす伯爵家は宰相閣下とはシャルロッテ様とご子息との関係があるし、当然周囲の交友関係もご存じのはずだ。

 だからあちらの公爵閣下の側近の娘が私でないことはすでにご存じだったはずで、そのため消去法で夜会のあの場の私の口ぶりだけであっさりと父のことが知れてしまったのだ。


 あの場で父の名前が出たとき意識して無反応を決めたはずなのだが、首をかしげてみせるくらいはした方が良かったのかもしれない。

 まあ、意味はなかっただろうが。


「父上が……」


「ん?」


「父上が、日頃から会話に気をつけている理由がよくわかりました……」


 十分に気をつけて発言していたつもりだが、全然足りていないことがわかった。日頃の父の口が驚くくらい重いわけだ。

 私の言葉に閣下は、呵呵と笑った。


「――さて、レオがパトリック殿を避けた原因を聞かせてもらおうか。お前が家族をことさら大事にしていることは知っているが、この様子では娘を取られそうな父親の心境というだけではない様子だしのう。

 ほれ、ジェリィが婚約に承諾したら話す約束だったはずだ」


 笑顔で私たちに経緯の説明をうながす閣下に、一昨日の夜会の出来事をお話しする羽目になった。

 顔から火が出るかと思った。


 ……案の定、閣下にも笑われましたよ!

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