(8)
(バン!) 恐るべしは「殺し屋ギルド」の第一位、<死恋女>の能力なれば、まさに人智を超えたるか、
<天満に七つの化け物あり。大鏡寺の前の傘火、神明の手なし児、曾根崎の逆女、十一丁目の首しめ縄、川崎の泣坊主、池田町の笑ひ猫、鴬塚の燃え唐臼>
(大阪の天満には七つの化け物がある。大鏡寺の前の傘火、神明の手なし児、曾根崎の逆さ女、十一丁目の首しめ縄、川崎の泣き坊主、池田町の笑い猫、鴬塚の燃え唐臼)
千鳥姐さん息を整え、相手の呼吸を探り探り、しかし打つ手は無き濡れて、汗ばかりがにじみ出で、
<世に恐ろしきは人間、化けて命を取れり>
(そんなものより本当に恐ろしいのは人間の方、化けて人の命をとりさえするのだから)
進退ここに窮まったのでございます(ババン!)。
それぞれ故あるメイド四人を、まとめし千鳥は幼き頃より、鍛えに鍛えし九紋竜、武芸十八般といえども、父と母とに愛されて、幸せな日々を送りたれば(バン!)、あるときより母の様子が、変わりたるのに気がつけば、
<身はかぎりあり、恋はつきせず>
(人の命には限りがあるが、恋はつきることがない)
その剣の腕は音に聞こえし、母に近寄る「殺し屋ギルド」、その殺し屋に心奪われ、
<されば一切の女、移り気なる物にして、うまき色咄しに現をぬかし>
(ところで、女というものは皆移り気なもので、甘い色恋の話にはすぐにもうつつを抜かし)
愛する夫と腹を痛めた、娘の命を狙いたるとは、曲亭描く船虫か、ある日帰れる千鳥は父と、母とを呼べども声はなく、道場側へ回りて見れば、血風いかに吹き荒れるか、血海の中にうずくまる、父の右手に携えし、鈍く輝く日本刀、世よ切玉を伝うるも誰か能く窮めんと、欧陽修の詠いたる、銘無きなれど名刀の、玉の緒切れず血に塗れ、父はかすかに笑いたり(バババン!)、口惜しきは愛する妻に、裏切られたることよりも、剣にて遅れを取りたこと、はっと千鳥は駆け寄りて、刀を奪おうとしたれども、わが子をしかと押し伏せて、さながら『里見八犬伝』、犬塚番作一戌の、 最期を思わせる様なれば、たった一言「到らず」と、己が修行の足りなさを、うめいて氷なす刀尖を、腹へぐさと突き立てて、
<心もとを刺し通し、はかなくなりぬ>
(胸を刺し通して死んでしまった)
泣き叫びたる千鳥の上に、ほとばしりたる鮮血を、浴びて心を失いし、気づきたれども夢にはあらず、父の亡骸床に横たえ、拾い上げたるは村雨丸に、及ばぬまでも名刀ぞ、犬塚信乃は「孝」の玉を、得れども千鳥は犬士にあらず、いかに父への親孝行、思い巡れど答えは出せず、ならばせめてと『殺し屋ギルド』に、身を投じたる母探すため、自ら堕ちたる裏稼業、父の馴染みの妙閑親方、頼って秋葉原のメイドとなったのでございます。
「……『殺し屋ギルド』のあなたに聞きたいことがあるわ」
「ん? 『殺し屋ギルド』に何か、訳あり、っていう顔ね」
「九乃火という女のことを、何か知らないかしら?」
「……ギルドのことは答えられないし、何より知らない、というのが本当のところ。しばらく身を潜めていたからね、誰がギルドのメンバーかなんて分からない。それに、アタシはそういうことに興味がなくて。<黄金の座>だって、ギルドが勝手にランキングしただけだからね」
「そう……」
「もし知りたければアタシを殺すことだ。そうすれば、ギルドは黙っていないだろう。正式ではないとはいえ、<黄金の座>がキミのものになる。そうすれば<白銀の座>の<銀狐>以下、やっきになってキミを狙ってくるだろうさ」
「なるほど……ならばそうさせてもらうわ」
千鳥かっと眼を見開きて、<死恋女>に突進したれば、女いささか慌てもせずに、数合斬り結びたりければ、次第に千鳥押され気味、腕や太ももに傷が走りて、鮮血にじむ様なれば、<死恋女>薄く微笑みて、金甌無欠必殺の(ババン!)、一斬振るいたりければ、千鳥素早く呼吸を合わせ、黒沈木の木刀で、女の刀を巻き込むと、まるで磁石で貼り付くように、刀と木刀合わさりて、はっと<死恋女>目を開き、咄嗟に刀を離したれば、千鳥そのまま高々と、天井に刀を投げ捨てたのでございます(バンバン!)。
刀はわずかに切っ先のみで、暗き天井ぶら下がり、女は千鳥から間合いを取りて、
「今のは何? 刀が吸い取られたような」
「真眼流合気柔術改。相手に触れれば、それが例え武器同士でも気を合わせて崩すことができる」
「なるほど、合気……だけど、タネを明かしてよかったのかな? キミ、もうアタシに触れないよ」
「そんなことはないわよ」
「大した自信……?」
突如<死恋女>足元を、ふらつかせてよろめきたれば、起き上がりたる沙杏にやりと、脇腹抑えつつ微笑みたりて、
「やっと効いてきよったか」
「女忍者! 手応えは確かにあったはず」
「あんたがプロなら、ボディーアーマーの隙間を狙うに決まっとる、だから敢えてそこに隙を作ったんよ。刀刺さったんは痛かったけど、ちょっと内蔵の位置を動かして致命傷は避けさせてもろた」
「くっ……だけどこの目眩は……」
「風吼力・乱転の行。指向性の低周波をしばらくぶつけとったんや、内耳と三半規管がぐらぐらやろう。こちとら天狗の末裔やからな、人の耳に聞こえない音を出すことくらいできるんよ。いくら生体プラントを備えとっても、これまでは防げんやろ」
「それに」
千鳥の背後で立ち上がる、夏花かつぐは先ほどの、強力フラッシュライトにて、再びほとばしる閃光は、間を置かず三度四度五度(バババン!)、気づいたときには<死恋女>、両の視界に焼き付いた、真白き闇に舌打ちを、
「背中で受けたの、わざと。あなたと同じ、STFリキッド。それに、反射的に、あなた片方の眼をつぶされたらもう片方を開いてしまう。修行の成果、裏目」
夏花語り終わるや否や、疾風一陣巻き起こり、覚醒したる真砂は女を、背後から羽交い締めにし、血走りたる目は怒りに狂い、
「てめえ、よくもうちのリーダーを傷物にしてくれたなぁ」
轟力にて締め付けたれば、化鳥の如き叫び声、見れば鼻から血を流したる、七七は顔に真っ赤な花を、咲かせて構えるSR2サブマシンガンカスタム名付けて「武龍啼」、
「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ殺す!」
真砂が抑えつけてある、<死恋女>に向けて引き金を、引けばまばゆいマズルブラスト、<死恋女>真砂の羽交い締め、無理矢理ほどいて顔をかばえば、その全身に降り注ぐ、9×19ミリ弾より強力な、殺傷力を秘めたると、覚えしカスタム弾頭も(バンバンバン!)、STFリキッド・ボディースーツが、防ぎたりける高性能、なれど全身巡れるリキッド、瞬時に硬化し<死恋女>の、体をまるでギプスのように、しっかと硬めたりければ、さながらそれは窮屈な、棺桶に押し込められたるか、
「そいつがSTFリキッドの弱点だ。いくら高性能の防弾ジェルだってな、そんだけでたらめに弾丸喰らえば、数秒は硬化が解けねえぞ。てめえの馬鹿力でも動けねえだろう!」
「くっ」
呻きたる<死恋女>の、腰の辺りに肩を当て、タックルするよな体勢で、真砂は走り出しますれば、その正面には千鳥が構え、
「私の轟力であなたを投げる! そんでもって」
真砂は女を突き飛ばし、
「合気は気を合わせること、そして力を借りること。例えば大地の力を、例えばあなたの私に向かってくる力を」
千鳥、女の体に手を触れ、勢い増して己の周りを振り回すことさながらに、新体操のリボン持て、舞い踊りたる様に似て、ついには宙に浮かべし<死恋女>を、地面に叩きつけながら、自らもまた舞い上がり、かよう千鳥のなく声に、幾夜ね覚めすこともなく、その両膝を女の胸に、押し当て舞い降りたりたるに、
激震(バン!)、
「真眼流合気柔術改・流星......」
伝説の<死恋女>昏主水、ここに打ち倒したるのでございます。
メイド五人はあい集まりて、それぞれ深手を負いつつも、見事に生きてありたれば、互いに微笑み交わしたる、一人千鳥は女を見下ろしたれば<死恋女>くわっと目を開き、息も絶え絶えながらにも、不敵に笑えば、七七、銃を構え、沙杏、苦無を取り出し、千鳥油断なく木刀を構えたるに、
「ふふ……まいったね。キミ達、何者?」
と問いたるに、真砂胸を張り、
「そりゃもちろん『プリキュ◯……』」
と言いかけたるを千鳥制して、
「通りすがりのケ◯◯小隊よ、覚えておきなさい」
「……えー?」
真砂非難の声を上げながら、はっと仲間を見渡せば、紅蓮の髪に銃器マニア、黄色のカチューシャ眼鏡にメカ、水色の頭巾で女忍者、緑の頭巾にリーダーと、きては自分のリボンの色を、選びたるはそういえば、千鳥だったと思い出し、それが紺色馬鹿力、世にも恐ろし嫉妬の力、
「えー! ねえ、私、だから紺色なの?! いやだよぅ、紺色いやぁ~!!」
非難囂々浴びせるも、千鳥はまるで意に介さず、見下ろしたれば<死恋女>は、倒れてぴくりとも動かないのでありました。
さすがのメイド五人娘も、精魂果てて尽きたるか、各々そこに膝をつきしが、時は無情のミゼラブル、パンを盗みてジャン・ヴァルジャン、獄にて過ごせし光陰の如く、チクタクタクと進みけり、眠り薬の効果も失せて、灯りも街を照らしたれば、早々に立ち去るが吉なれど、しばし動けず休みたる、メイド五人の耳に届くは、乾いた拍手の音でございました(パンパンパン!)。
「素晴らしい、噂通りだ。まさか本当に<死恋女>を倒してしまうとは」
事務所の奥から現れたるは、『涼宮ハルヒ』のTシャツ着たる、神経質そうな細身の男、はっと千鳥の脳裏によぎる、神谷とともに『メイド飛脚便』に現れし、丹波八郎という名の男、気弱げなオタクにしか見えず、その存在すら忘れたるが、今はその笑み禍々し、
「物事が計算通り進むというのは実に素晴らしい。これで、『殺し屋ギルド』の<黄金の座>は、ランキング第六位の<大黒柱斬>、この八束がいただいた」
「お前も殺し屋か……」
「おっと、動かないでくれよ」
八束と名乗れる男、その手に持ちたる拳銃を構え、地に倒れたる<死恋女>に歩み寄り、絶命せるを確かめたのか、さぞ満足げに笑いたれば、左手から取り出だしたるは、何やらリモコンスイッチの様子、
「この廃工場には爆薬がセット済みでね、ボタンを押すと数分で爆発し、工場内部に業火がほとばしって崩壊するようになっている。何、<死恋女>を殺してもらったお礼だと思ってくれればいい」
「何が礼や」
叫んだ沙杏の太ももを、八束の銃から放たれし(パン!)、弾丸見事に貫いて、うめき転がる沙杏に駆け寄る夏花の肩にも命中すれば(パン!)、SR2を構えなおした七七の手を打ち抜いて(パン)、するりと銃を取り落としたれば、真砂はすでに蓄えし、カロリー使いて動けもせずに、千鳥構えた黒沈木の、木刀もまた弾かれて(パン!)、なす術なきと泣きたるも、詮なきことと諦念に、せめて知りたきからくりの、
「お前、最初から私達が何者か、知っていたの?」
「そうだな……事の起こりは、<死恋女>が数年ぶりに日本に現れたって情報が入ってきたことと、五人組の殺し屋がいるらしいって噂が流れ始めたことだ。かたや『殺し屋ギルド』の伝説、かたや『ギルド』とは無関係の連中、どちらも手練という話だ。ここは一つ、潰し合ってもらいたいと思って、まずあんた達をおびき出すことにした。どうやらあんた達は、秋葉原に潜んでいるらしい、それに葦田とかいうじいさんが依頼人とあんた達のつなぎ役になっているらしいことまでは突き止めた。そこで、葦田のじいさんの店のメイドを一人引っ掛けて、俺が借金を背負っていることにして、店の金を横領させて、首を吊ってもらった。他殺に思わせるような痕跡を残しておいたんだが、気がついてもらえてよかったよ」
「……お前が、梅子を」
「<死恋女>の方は、代行屋を通して、俺たちのボディーガードってことで雇って、俺たちを殺しにくるであろうあんた達とやり合ってもらったってわけだ。<死恋女>が勝つ、 と踏んでいたんだが、それでも噂の五人組相手だ、無傷というわけにはいかないだろう。 弱ったところを殺ろうと思っていたんだが、大番狂わせであんた達が勝ってしまった。まあ結果的に、生き残るのは俺だけなんだがね」
「まさか仲間もそのための捨て駒なのか?」
「金に汚いただの小悪党共だ、空気を吸う価値もない。あんた達だって、殺ってるときは気分よかっただろう?」
「梅子は……」
「あれはたまたまだよ」
「たまたま?」
「たまたま、引っかかっただけ。運が悪かったというか、それもまた宿命というか。この世界なんざ、ゴミみたいな連中がゴミみたいに命の取り合いをしているゴミの山だ。だったらせめて、ゴミの頂点に立ちたいじゃないか、ええ?」
八束大いに笑いければ、千鳥静かに立ち上がり、所詮この世は塵芥、咲きたる花もはかなきを、知りとて咲いた梅の花、いつの人まにうつろひぬらんと、貫之詠みたるそのままに、偽りの恋に手折られて、さぞや無念に泣く涙、雨とふらなんわたりがは、水まさりなばかへりくるがにと、小野篁閻魔の使い、よみたるけれど反魂の、かなわぬ故に袖は濡れたる、せめて黄泉路の道行きに、惚れた男に六文銭、渡して渡すはアケローン、
「そうね、宿命みたいなものよね……最期に一曲、歌わせてくれない?」
「はあ?」
「これでもね、声がきれいって言われてたのよ。小さい頃は歌手になりたかったの」
千鳥、男の答えも聴かず、両手を広げ朗々と、歌いたるはミュージカル『レ・ミゼラブル』より「オン・マイ・オウン」、届かぬ思いを抱く乙女の、悲しきまでの純愛は、誰の思いを歌いたるのか、それは誰にもわからねど、ただライトもなくオケもなく、星も降らざるステージに、響く千鳥の歌声は、静かな闇を引き裂きて、建物さえも震わせる、メイド四人の心にも染みて、しかし男は顔色変えず、拍手も送らずためらわず、リモコンスイッチのボタンを押して(パン!)、銃構えたままにやりと笑い
「なかなかだったよ。生まれ変わったら、ハロプロのオーディションでも受けてみるといい。それじゃあ、さよならだ」
「あなたに贈る言葉があるわ」
「言葉なんかいらんよ」
「是非、受け取ってほしいわ。Destiny can wait……」
「はあ?」
千鳥可憐に微笑みて、
「宿命は待つことができる」
男に向かいてタンブリング(バンバンバン!)、虚をつかれたか男は銃を、構えたれどもそこには既に、姿なければ千鳥はいずこ、高々虚空に跳躍し、上段に構えたその手の中に、先ほど歌った一曲の間に、建物襲いし振動に、落ちてきたるは<死恋女>の、愛刀するりと滑り込み、降ろす一太刀男の腕を、肘の辺りから切り落とし、返す一太刀深々と、 男の靴に突き立てて、コンクリートの床に縫い付けたのでございます。
「さすが<死恋女>、すごい切れ味の刀だわ」
男の悲鳴を背中に聞きて、千鳥はメイド等に歩み寄り、
「早く行くよ、ここは長くは持たない」
何とか立ちたる四人のメイド、出口に向かいたりければ、
「おい、ちょ、ちょっと待てよ! 抜いてくれよ、頼むよ!」
男の哀願に千鳥振り向き、凄惨の笑みを浮かべつつ、
「こっちはね、メイドも殺しも、伊達や酔狂でやっているわけじゃないし、ゴミの山の王様になりたいわけでもない。それでももし、この世がゴミの山だというのなら、私達はゴミの魂を抱いて行くだけだわ。ああ、そうそう、忘れていた」
優雅に頭を垂れながら、
「それでは、逝ってらっしゃいませ、ご主人様」