(7)
(ババン!) この世にあまたの職掌あれば、その数だけまた組合ありき、されどこの世に珍しき、『殺し屋ギルド』は裏街道に、息をひそめる者達も、恐れる手だれの殺し屋達に、順位つけたるものなれば(バン!)、それはいつからあるものか、それはいずこにあるものか、誰も知らぬと言いければ、一つ噂に伝わりたるは、この二十年の長きに渡り、ギルドランキング第一位、<黄金の座>に輝きし、一人の女銀髪を、たなびかせたる昏主水、通り名を<死恋女>、あるいは<欣求穢土厭離浄土>と申します。誰も殺したものもなく、しかし死んだと噂され、その度生きて舞い降りる、黒き翼の死告天使、彼女を殺せば伝説の、<黄金の座>を自らの、手に入れたると何十人、殺し屋どもが狙いてあるが、誰一人として彼女の影を、踏むものすらも現れず、敵も味方も己すらも、見事美事に殺してみせる、故にその名は<死恋女>と、呼ばれているのでございます。
「刀の先が震えているよ、新顔。大丈夫かしら」
「ちょっと伝説とやらを目の当たりにしたのでね、武者震いがしただけだ」
「それはそれは、結構だね」
流れる長き銀色の、前髪と唇辺りまでの、高い襟とに隠れたるが、まぎれもあらず微笑んだ、<死恋女>ふらりと前に出て、神速の突きを繰り出せば、千鳥受けつつ下がるしかなく、相手の息が途切れる隙に、大きく後ろへジャンプして、再び木刀構えたるも、剣の腕ではあちらが上か、攻め手を思案していれば、
「あれ? まだ終わってないんだ」
「ホントだ、何やってんだ? いつもリーダー面してるくせに」
「調子の善し悪し、誰にでも。でも灯りが戻る、もうすぐ」
歩み寄りたるは真砂、七七、夏花の三人、
「へえ、これでお揃いというわけ」
<死恋女>薄く笑いたる、千鳥思わず振り返り、
「馬鹿!逃げなさい、こいつは<死恋女>よ!」
「え?」
「それって確か」
「<黄金の座>、『殺し屋ギルド』」
夏花言い終わる間にその前に、<死恋女>立ちて白刃を、閃かせんとしぬるれば、七七、腰の「+恨」を、これも神速のクィックアンドドロウ、ためらうことなく全弾を(バババン!)、<死恋女>めがけて打ち込みたれば、乾いた銃声響き渡り、女は横に吹っ飛んで、千鳥思わず頭を抱え、
「この馬鹿! サプレッサーもなしで撃つなって! 薬莢拾いなさいよ、証拠残して帰るつもりか!」
「何だよ、この娘が殺られてもいいってのかよ」
七七悪びれもせず夏花を、後ろに下がらせマガジン交換、床に倒れる<死恋女>に、狙いをつけつつ唇歪め、
「伝説の<死恋女>もこんなもんか」
吐き捨てたれば、奇妙な景色に気づきたる、ほのかな灯りが照らす床に、血の一滴も流れておらず、不意に起き上がる<死恋女>は、七七の銃のスライドを、押さえ込みつつ逆の手で、背中に回した七七の腕を、抱えるように抱きとめて、
「てめえっ」
「バイキングのカスタムか、いい銃だ。撃つタイミングも申し分ない。背中にあるのはグロックか、ナイフか? まあどちらにしろ」
背中を思い切り反らせて、長身痩躯七七の顔に、手ひどく頭突きをぶち込んだのでございます。
「まだ超一流ではないわ」
顔を抑えて後ろのめりに、倒れた七七の銃二丁、奪い取ってすぐさま分解、床に捨てたる<死恋女>の、身に纏いたる服の表面、めり込んでいた弾丸も、共に落下し奏でる音は、吹雪が死体に白衣を着せ、風をとばして星を消し、闇につきたる鐘の音か、
「STFリキッド・ボディースーツ......」
夏花そっと呟ける、どこぞの軍事産業が、開発したる新素材、普段はゆるいジェル状で、衝撃受けたその部分が、瞬時に硬化し防弾防刃、数秒後に硬化が解ける、ケプラーよりも軽くて強い、最新型の防弾装備、
「レースひらひらの外見にだまされないことね」
笑う<死恋女>にめがけて、一足飛びに飛び蹴りを、放つ真砂の動きを読んで、<死恋女>ふわりと飛び退きたれば、颶風と化した真砂は再び、ひび入るほどに床を蹴り、敵に向かって本気になって、拳をひらめかせたるが、<死恋女>優雅に微笑むままで、拳をがっと正面から(バン!)、受け止めたれば空気が弾け、驚愕に動き止めたる真砂の顔を、そっと撫でたる<死恋女>は、
「ミオスタチン変異性筋肉肥大」
「なっ」
「生まれながらにして授かったその力がどれだけの不幸をキミの心と体と人生に呼んだのかはわからんが、だからといってその天性を持て余し立ち止まっていてもいいという理由にはならないわ。同じバイクでレースをするなら排気量が多い方が有利、排気量も同じであれば、ライダーの技術が高い方が有利」
「まさか、あなたも」
真砂の顔から血の気が引いて、<死恋女>凄惨に微笑みて、
「キミとは違う理由だけど……ジブンダケガ超人ダト思ウナ」
そう呟くと真砂の腕を、引きつつ逆の肩をその腹に、交差法にてぶち込めば(バン!)、糸の切れたる凧のよに、真砂は壁まで吹き飛んで、埃を派手に巻き上げて、動かなくなったのでございます。
「『......いかりのにがさまた青さ、四月の気層のひかりの底を、唾しはぎしりゆききする、おれはひとりの修羅なのだ......』」
宮沢賢治の『春と修羅』、嘯きながら<死恋女>は、床に落とした己の刀を、拾い上げてぞ固まれる、千鳥の方を向き直り、
「新顔、かつどうやらキミはリーダーのようね。さあ、これからどうするのかしら?」
「化け物かよ......」
「んふ、『......その眼を輝かす光が天国から来たのか地獄から来たのか分かりませんが、たしかにそのどちらかかから来たにちがいありません。あの婦人は天使でなければ悪魔でした。おそらくその両方かも知れません。たしかに、人類共通の母であるイヴの胎内から生まれたものではありますまい......』」
「何よ、それ? 化け物自慢?」
「ゴーティエの『死霊の恋』、読んだことないの? そこに、クラリモンドがどんな女か書いてあるから、今度読んでごらん。もっとも、今度があれば、ね」
「決まってる、あるに」
夏花どこから取り出したるか、肩に構えたる機械、懐中電灯のお化けのような、それのスイッチ入れたれば、星辰の海のシリウスも、かくやと思ゆ閃光が、廃工場に生まれ出で、女の視界を焼き付くし、千鳥も同じく視界を失い、
「夏花! そーゆーのを使うなら使うって言いなさい!」
「今!」
と叫べる夏花に応え、どこから現れたるものか、沙杏、女の背後を穫りて、首に突き立つ苦無はしかし、高い襟に阻まれり、
「襟にまでSTFリキッド!」
「そうよ、女忍者さん」
振り向く<死恋女>微笑みて、沙杏をしっかと見つめたり、
「何で見えてんねん! フラッシュグレネード級の閃光やのに!」
「何でワタシが前髪をいつも垂らしてるか、知ってる? 敵に眼の動きを悟らせないため、 それに常に片方どちらかの眼をつぶっているのを悟られないためよ。動物には白目がない、それは敵に眼の動きで自分の次の行動を悟られないため。でも人間には白目があるから、いろいろと考えないとね」
「常に暗順応状態......忍者はあんたのほうや」
「そう? 基本的なことなのかもしれないわね」
「しかし、この間合いまで近寄らせたのは失敗やな」
沙杏笑って苦無を振るが、女やすやすとそれをたたき落としたり、次の刹那、沙杏の口から微細なる、針の群れが飛び出して、女に襲いかかりたれば、女咄嗟に手で払い、しかしかすかに走る痛みに、白い手袋見てみれば、髪の毛よりも細いかと、見えし針の一本が、掌に突き刺さっているのでございます。
女素早く抜き取るが、沙杏得意げに微笑みて、
「雷吼力・陰殺の行。針先に塗ったのは、さっきみたいな麻薬系ちゃう、筋肉弛緩の神経毒や、数分で不随意筋まで侵されて死......」
<死恋女>は慌てることなく、手袋を外し傷口を、しばらく眺めたりければ、ごく少量の血とともに、灰濁色の液体が、溢れてそれをどこからか、取り出だしたるガーゼにて、拭い再び手袋を、嵌めて二、三度手を握り、薄く微笑みたるを見て、沙杏ゆっくり後ずさり、
「なんや、今の」
「あまり相手に手の内をばらばらと明かすのも馬鹿みたいだけど、ワタシ、体の中の数カ所に生体プラントが埋め込んであってね、ほとんどの毒物に対して解毒作用があるの。神経毒は厄介だけど、選択的アポトーシス促進で入り込んだ毒ごと辺りの細胞を殺して、体外に排出することもできるのよ。もっとも、お酒を飲むときだけは、プラントの働きを抑える薬を飲んでいるから、今度ワタシを毒殺するときは、酔っぱらっているときにしてね」
「......そんなもん、反則やろう」
「『狐は罠をとがめても自分はとがめない』とウィリアム・ブレイクも詠っているわ。だから、キミも自分を責めなくてもいい」
<死恋女>素早く刀を振り上げ、ボディーアーマーの隙間から、沙杏の横腹を突き刺して、ボロ布のように地に打ち捨てて、流れるように沙杏の落とした、苦無をすっと拾い上げ、夏花に向かって打ちたれば、夏花その身を翻し、向けた背中に突き刺さり、どっとそのまま倒れ伏したのでございます(バンバンバン!)。
ちかちかと、視界を覆う光のヴェールが、やっと外れた千鳥姐さん、<死恋女>の足元に、身を横たえる沙杏を見つけ、はっと振り向くその先には、夏花が倒れ背中から、苦無がまるで花のよに、突き刺さっておりたれば、心鎮めて<死恋女>に、 向き直りては木刀構える、
「あら、冷静なのね。意外」
「自分が殺し屋だなんて思ったことはないけれど、こういう事態は想定済み」
「『死して屍拾うものなし』、か。お互い因果な道を歩いているようね」
「そのようね」
<死恋女>刀を構えたるが、背後に立ちし人影の、歩み来るに気がついて、
「さすが大金はたいて雇っただけのことはあるな」
詐欺集団の頭目神谷、もはや命の心配を、せずともよいと分かりたれば、おもむろに気も大きくなりて、沙杏の体に蹴りを入れる、その様眺める<死恋女> の、刀一閃その切っ先は、男神谷の胸を突き、驚き喘ぐその口からも、かっと吐きたる唐紅、色も失せけるその顔で、<死恋女>を見つめては、
「てめ、え、何で、俺、を......」
「仕事も終えてないのにノコノコとワタシの側に近寄ったからだ」
「そんな、理由で......」
「プロの仕事を妨げるとこうなる。それもわからないオマエには、死ぬのにお似合いの理由よ。墓にもそう刻んでおいてやるわ」
神谷の体を蹴り飛ばしたれば、床に転がるゴミを見るよに、見たる<死恋女>殺気を感じ、振り向き様に横薙ぎの、その上を飛ぶ千鳥の木刀、返す刀で受け止めて、
「......惜しかったわね、最期のチャンスだったかも」
「はっ。チャンスなんていくらでも拾ってやるさ」
嘯く千鳥でございました。