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(バンバン!) 灯りも消えぬ大都会、日付をまたぐ時なれど、因果交流電燈の、ひとつの青い照明ばかりか、街灯電灯家明かり、煌々たるが本分か、わずかに高きビルディング、 登れば地上の際よりは、闇も濃くなり深くなり、
<ならひ風はげしく>
(北東風激しく吹いて)
飛び行かんかと紅蓮の髪を、細き綱にてたばねたる(バン!)、メイド七七の異形装、メイド服に似た様なれど、全身くまなく覆いたれば、その表面には米国で、開発されたる黒き塗料、まるで計都か羅侯の如く、能ぅく光を食らいたれば、夜の闇にもよく沈む、ステルス塗料でありまして、手に携えたる長得物(バン!)、SVDドラグ ノフ狙撃銃のレプリカにて、エンジニアリングプラスティックを多用しつつも射撃の際の反動抑える、絶妙な自重を実現す、その名もケルトの戦闘神、銀の腕のヌアザが振るいたる、「不敗の剣」にあやかりて、「喰・逸」と名付けたり(バン!)、モシン・ナガンに使われたる、七・六二ミリメートル五四R、リムド弾薬対応の、初速は秒速八百三十メートル(ババン!)、なれど此度は才媛沙杏の、開発したる特殊弾頭、ねじ込む弾丸装填し、詐欺集団の隠れ砦、廃工場を見下ろせる、マンション屋上に立っているのでございます。
「狙撃よりも白兵戦のほうが性にあってるんだけどねぇ。めんどくさいから、ラインメタルのMPCSで地対空ミサイルを工場にぶち込んで……というわけにはいかないか」
と、七七はおどけてくわえたる、煙草を携帯灰皿に、葬り去って首元から、マスクを鼻先へ引き上げて、メイドにそぐわぬ造形の、暗視ゴーグル押し下げる、どこから見ても特殊部隊の、一人と見える出で立ちでございます。
生れ育ちは中欧の、父は軍属母は日本の留学生、民間人とて非常時は、武器取り戦うその国で(バン!)、叩き込まれた戦闘技術、撃てば輝くマズルブラスト、その美しさに囚われて、いずれ己も父のよに、軍人ならんと夢見たる、しかし父母目の前で、テロに酔いたる若者達の、銃弾の前に倒れたり、撃てば輝くマズルブラスト、もしや引き金引く度に、迸りたる刹那の光、
<「またさもあらば、吉三郎殿に逢ひ見る事の種ともなりなん」と、よしなき出来心にして>
(「またあのような火事になれば、吉三郎殿にお逢いできる機会も生まれるだろう」と、つまらぬ出来心から)
そこに優しき父母の、せめて幻見えぬかと、悲しき乙女は鉄の、銃を手放すことできず(バン!)、祖母に請われて日本に来れど、心も闇に沈んだままで、出会った一人の老人が、求めて止まぬ幻に、心の隙間を埋めるなら、同じく虚ろな心に暮れる、ものに一時幻を、見せるメイドにならぬかと、誘われたるが始まりの、表看板メイド稼業、
「さて、狙撃手に必要なものは、天の利、地の利、人の利。天候はマイナス、北西の風が強い、着弾誤差を計算。目標物は、家屋の換気扇、換気口、屋根裏、動かない物、プラス。妨害は警察、消防、例え通報する人がいても、その前には仕掛けが働いている、プラスマイナスゼロ。あとは、己を、スイスの職人がくみ上げたムーブメントのような、一個の精密機械とする。脈拍許容範囲内、血圧低下......」
まじないのようにつぶやきながら、屋上に伏して狙撃の体勢をとったのでございます。
<やうやう更け過ぎて、人皆おのづからに寝入りて>
(しだいに世もふけ、人は皆いつのまにか寝こんで)
といえども、灯明消えぬ現代に、人皆眠れる夜もあらじ、沙杏が作れる弾頭に、仕込みたるのは特殊な薬品、コーティングしたるその樹脂が、発射の熱で着弾までに、溶けて薬品混ざりたり、質量爆発的に増大し、即効性の睡眠ガスと、なりて家屋に侵入す、そのガス空気より重ければ、家中の空気の流れにまぎれ、隅の隅まで行き渡り、窓やらドアの隙間から、外に逃れてなお数十分、とどまり後に霧散しける、これからしばらく立ち回り、起こるがために仕方なく、
<時の間の煙となつて、焼野の雉子、子を思ふがごとく、妻をあはれみ、老母をかなしみ、それそれの知るべの方へ立ち退きし>
(それも一瞬のうちに煙となって焼けてしまい、焼野の雉子が子を思うように子を思い、 妻をあわれみ、老母をいたわって、それぞれの知りあいの所へ立ち退いていく)
火事のようでは困るため、仕込む仕掛けは大仕掛け、
「ここまですることないと思うんだけどねぇ」
七七ぼやきながらも、消音装置のつきたるライフルで、家々に弾丸を撃ち込んでいくのでございます。
その脇に、しゃがみ込みたる小さな影は、やはり異装のメイドなり、肩にかからぬショ ートの髪に、つけるカチューシャ黄色の花は、クロサンドラかサマーキャンドル、その花言葉は「仲良し」とては、誰に贈れるものなのか(バン!)、メイド夏花の小さな顔を、半分覆うバイザーは、咎人の目を覆うよに、冷たき鏡の様なれば、そこから伸びたるコードの類、あぐらをかいた夏花の膝の、間にそっとおさまれる、その名も「不浄」と呼ばれたり(バン!)、小さな端末につながりて、何やらキィを打ちたるは、これから起こる立ち回りに、不都合ありたる不夜城を、
<月夜に挑打を昼ともさせ、座敷の立具さし籠め、昼のない国をして遊ぶ >
(月夜にともすのさえ贅沢な挑灯を昼間からともさせ、座敷の戸や障子を閉めきって、 「昼のない夜だけの国」という趣向で遊んでいる)
よに、電力会社に警備会社、消防警察所管庁の、電脳システムに狙いを定め、通信衛星ランダム経由で、侵入してのハッキング、されてることさえ気づかれぬ、免疫機構さえ騙して住み着く、寄生虫のよなプログラム(バン!)、睡眠ガスの効果範囲の、電力供給遮断して、わずかな時間だけ真の闇夜を生み出すのでございます。
幼き頃より人知れず、天才的な電脳能力、その身に宿したる夏花、そこらの童と話も合わず、相手は常にネットの向こう、そこで会いたる一人の少年、浄と名のりたりけるは、 朴訥ながら誠実で、才気煥発応答自在、知らぬものことなきが如き、初めてできた輩に、夏花心を許したり、ぜひとも一度会いたいと、
<恋にせめられ、次第に痩せに、あたら姿の替はり行く、月日のうちにこそ是非もなく>
(恋の思いに身を責められて次第にやせてくるばかり。あたら美男美女の姿がやつれて変 わって行くうちに月日は空しく過ぎて行ったが)
されども浄はオフでは会えぬ、君が夏に咲く花ならば、我は凍える極寒の、地に屹立するオベリスク、夏と冬では相容れぬ(バン!)、そのことばかりを繰り返し、それならばそれで仕方がないかと、諦めようとも思ったが、諦めきれぬが恋心、
<便を求めて、かずかずの通はせ文>
(なおもつてを求めて数多くの恋文を送り続けた)
とぞメールを送り、ついに相手も根負けしたるか、北海道よりなお寒い、ロシアの地へでも誘われるかと、夏花心を躍らせたるが、意外に日本は筑波にありたる、研究所への短き旅路、厳重なはずのセキュリティを、指示の通りにくぐり抜け、たどり着いたる地下室の、広きも広きどこぞやの、体育館かと思われる、居並ぶ機械はどれもみな、超高性能の演算処理機、天井床と這い回る、ケーブルの群れは中央の、背の高さならば人ほどの、柱に全てつながりて、
<汝惜しまぬ命は長く、命を惜しむ清十郎は、やがて最期ぞ>
(お前が捨ててもいいと思っている命は長く、命を惜しんでいる清十郎は、すぐに最期の 時を迎えることになる)
虫の知らせに恐れつつも、柱についた電子錠、開けて見たればその中より、煙吹きたる玉手箱、触れれば凍れる冷たさなれど、中にあるのは人ほどの、高さの黒い箱だけで、浄の姿は見えもせず(バン!)、夏花持ちたる端末に、届くメールに書かれたる、実は己の正体は、某企業にて開発された、第五世代小型量子コンピュータ、超伝導体利用した、ジョセフソン素子の集合体、量子ビットの波間に生れし、人工知能プログラム、ただの偽物紛い物、そんなA.I.がネットの海で、出会った少女と言葉を交わす、時重なれば少女のことを、理解したいと思えるが、所詮動けぬ身の上なれば、少女は己に会いたいと、願うは己を人として、思いたればこそなりて、真相知れば乙女心の、花咲く夢の破れたり、であればこそのオフを拒否、されど少女は思いも果てぬ、そこまで思う奇特な人に、己も一度会いたいと、このかりそめの魂を、命と呼べる物ならば、その命賭けて会いたいと(バン!)、呼び出だしたる研究所、セキュリティも管理下に置き、監視カメラで少女を見つめ、
<今一度、最後の別れに、美形を見る事もがな>
(もう一度だけ、最後の別れにあの美しい姿を見たい)
とて、別れを告げて塵をだに、すえじとぞ思う咲きしより、「夏花に会えてよかった」と、鳴り響いたる警報に、浄の正体思い出す、今の技術で超伝導を、なさんとすれば絶対零度、摂氏マイナス二百三十五度を保ち続けねば、ジョセフソン素子も特性失う、故に自ら冬に見立てて、オフでは会えぬと言いたるか、初めて出来た輩の、命賭けたる行いが、人と同じものなのか、それともただのプログラムか、少女にわかるはずもなく、ただわかるのは己のわがまま、貫き通したるが故、たった一人の輩の、命を奪ってしまったことだけでございます。
以来ネットの海に潜りて、浄の姿を探しても、どこにも影は見当たらず、
<まざまざと昔の姿を見し事、疑いなし>
(まざまざと生前の姿を見る事もあった)
とは言いけれど、はなから姿のない浄は、現世の夢か幻か、心虚ろにもの狂い、前にも増して家からは、一歩も出ずにひたすらに、必ず浄をもとの通りに、復元再生してみせると、彷徨い泳ぐネットの海で、妙閑親方誘いたり、いつかネットのそこここに、落ちたる浄のかけらを集め、生き返らせる反魂の、果てに虚しき再会が、あるかも知れぬが幻の、夢を追いたるその道楽に、夢幻も糧なりと、生き行くものに分けるメイドの、稼業をやってみないかと言われたのでございました。
「ファイヤーウォール、穴だらけ。警視庁、消防庁、電力会社、電話会社、警備会社、総務省、国土交通省、念のため防衛省、制圧完了、偽装プログラムランニング。これより二十分四十秒、廃工場を含む周囲五ブロックに対し電力供給をストップ、携帯電話の電波妨害開始」
そう告げたれば突然に、目下二百メートル先の、区画に暗闇落ちたれば、七七口笛吹一つ吹きて、
「お見事お見事、さすが夏花、こんな仰々しいことに文句の一つも言わないところがまた素晴らしい」
「御霊鎮めのお祭り、祭りは派手に。例えば血が流れても、それもまた鎮魂」
「違いないねぇ。それじゃあ私らも行きますか」
狙撃銃をケースにしまい、よっと担いだ七七の腰の、闇色ケースに収めたる、バイキングオートマチックカスタム、名付けた名前はケルト神、長腕のルーの魔弾にちなみ、「+ 恨」と呼ばれるたるが、恐らく出番は無きものと、思う夏花でございました。