(4)
(ババン!) ほの暗がりに集いたるは、雄鶏雌鶏山の鴨、縫い針留め針連れ立って、宿の亭主を騙す算段(バン!)、つけたるおとぎの物語、遠くドイツのグリム兄弟、集めたるうち「悪いやつら」の、筋とは異なる様なれど、顔つき合わせ語りたる、悪事の算段限りなし、その真ん中に見えたるは、アキバは「メイド飛脚便」、訪れ来たる若者の、言葉にシャツの柄までも、悪く染めたる刺青は、今様唐草何と呼ぶやら、とにかく腕に走りたる、茨に似たり笑み浮かべ、
「実際、大して金にゃぁならなかったな、飛脚詐欺もよ」
と言いたるのでございます。
どつと笑いが巻き起こり(ババン!)、よくよく見れば暗がりに、顔つき合わせたる四、五人の、若者どれも先刻に、訪れ「メイド飛脚便」、預けおきたる虎の子の、宝石箱は空になり、セビリヤ生れベッケルの、詠みたる詩にある如き、瞳を濡らす涙なく、ただただあるは嘲笑の、響きと濡れ手の悪銭が、語る詐術のからくりは、買い求めたるレアものを、預けて「メイド飛脚便」、一人メイドが持ち逃げて、金の足しにと売り払う、そのこと盾に乗り込んで、賠償金をせしめれば、罪科被るはメイドの飛脚、
「忠も悪いこと考えるよな」
と、刺青入れたる若者を、褒めそやしたるのでございます。
神谷忠と呼ばれたる、若者実にこれまでも、小さなところは架空請求、小中学生に狙いを定め、まるで怪しき携帯サイト、覗いたようなメールを送り、今なら代金数千円と、脅し言葉でつり出して、引け目感じる子供らを、ATMへと走らせる、チリも積もれば数百万 (バン!)。
または一人で暮らしたる、孤独秘めたる老人の、恐れ心をたぶらかし、やれ床下にシロアリの、やれ年経れば配管の、やれ大地震が来れるの、言葉巧みに丸め込み、抜きたる金は数十万、つもりつもって数千万(ババン!)。
または婚活焦りたる、三十路男女に囁いて、甘い言葉と見る夢は、醒めれば地獄の白昼夢、結婚詐欺にて数千万(バンバン!)。
騙されるのが愚かとて、突然電話で俺俺と、言われてはてと思う間も、与えぬ早さでまくしたて、便りの無きは息災の、証と思いて故郷を、離れた子から泣きつかれ、あるいは車で人をはね、あるいは痴漢で捕まりて、求められしはばか高い、金の光は阿弥陀ほど、慈悲もなければ無い袖振れぬと、振り込み先の番号告げて、せしめる金は数百万、占めて億の金を荒稼ぎしているのでございます。
人なれば、渇しても盗泉の水を飲まずとは、孔子先生の行いか、盗銭こそが冷たき氷の、未来圏 からなげられた、戦慄すべき己の影より、逃げる助けとなりぬると、信じる故の奸計を、巡らす知恵かそれともただの、悪党放蕩三昧か(バン!)、
「『コミケ狩り』のほうが楽だったかもしれねえが、多少は頭を使わねえとな。大体、メイドだかなんだか知らねえが、あんな中途半端なエセ風俗はムカつくじゃねえか。触らせるでもねえくせに、金だけしっかり巻き上げやがって、オタクの夢を体現してるみてえな面しやがってよ。そんなメイドがオタクに惚れちまって、しかもそいつがヤミ金から借りた借金肩代わりしようとして、自分の勤めてるメイド宅急便の売り上げ横領だ、笑わせるねえ」
一同再びどつと笑い、
「さらに店から金を巻き上げるために、配達物を売り払わせて、賠償金をせしめた上に、代行屋に偽の借用書作らせて上積みさせる、なかなかの仕掛けだっただろ? まあ、あの代行屋の野郎が妙に頑固で、800万にしかならなかったがよ」
と、己の悪事悪巧み、悦に入りて歌いたれば、部屋の隅にてうなだれたる、男の脇にて一人立つ、黒衣の女銀髪の、さながら透明な幽霊の、複合体かと思わせる、様で一場の堕話 狂言、努めて冷めて眺めているようでございました。
「……なるほどね。沙杏も夏花も、ご苦労さま」
ノートPC前にして、ところは「メイド飛脚便」、奥の座敷で車座の、千鳥姐さん筆頭に、真砂に夏花、七七に沙杏、妙閑親方は長キセル、紫煙とともに心中に、おりたる澱を吐き出して、
「まんまとはかられたってぇわけか?」
「これを見る限りじゃね」
千鳥自慢の妙声も、今や怒りに震えているのでございます(バン!)。
時は再びしばらく戻り、伊達男然たる代行屋、儀一鐘鳴と黒衣の女、恐らく梅子の死に関わると、メイドの中でも一番の、健脚誇る沙杏嬢、密かに跡をつけたれば(バン!)、秋葉原からお茶の水、抜けて通れる水道橋、天下の憂いに先だちて憂え、天下の楽しみに後れて楽しむ、後楽園を行き抜けて、見失わぬよにほどほどに、距離をとりとり歩きたるは、何の由縁かふと忘れ、いつに食べたか茗荷谷、到底並の人ならば、地下鉄乗るかJRか、どうやら金はありそうな、風体ならばタクシーか、とにかく判らぬ二人連れ、つけて着きたる池袋、西武東武に電化店、栄えし駅前から離れ、見上げるビルはサンシャイン、 凌雲閣の今様ぞ、さらにそこから離れれば、東京都内といいたれど、残る風情は下町の、つぶれかけたかつぶれたか、不況の煽りに町工場、前に代行屋儀一は、懐金を女に渡して、自分は駅へ向かいたれば、女は廃工場へ入っていくのでございまし た。
「男の方はとりあえずほっといて、工場に潜り込んで、夏花特製CCDカメラを仕掛けてみれば、こんな映像が撮れたんやけど……この神谷ゆうのが、詐欺集団の首魁ゆうわけやね」
「まだ尻尾をつかめてない、警察。人数少ないわりに、かなり荒稼ぎ」
「話をまとめてみると、梅子がどこかの男に惚れた、その男にはヤミ金からの借金があった、ヤミ金といっても実はこいつらで、梅子は男の借金を代わりに返すために、売り上げを横領、配達品を横流しした、でもその配達品を準備したのはやっぱりこいつら、ということは、途中から梅子はやむなくこいつらの仲間にされていたというわけね」
「そんなことする子には見えなかったけど」
首を傾げて真砂が問いたれば、皮肉な微笑み浮かべた七七、
「恋は盲目なんて、歴史が始まった頃から言われてるんだよ、このお子ちゃまが」
義孝詠う君がため、おしからざりしいのちさへ、ましてその人救わんと、会社の金を横領し、手練手管の謀、ただその人を救わんと、念じて咲きたる小梅の花の、何ぞ自ら散りたるか、
「考えたの、昨日。梅子ちゃんの遺書、変な破れ方。ひょっとしたら、二枚重ねて丁寧に破ったら」
「……なるほど、二枚重ねのレポート用紙を、ゆっくり慎重に破る。すると、ほぼ同じ切り口の紙片が二組できる、と。その組み合わせを変えると、例えば一枚目の大きい方をA、レポート用紙の束に残っている方をAダッシュ、同じように二枚目をBとBダッシュとして、AとBダッシュを組み合わせて、AダッシュとBを廃棄してしまえば……私しかあの遺書を見ていないからよくわからないと思うけれど、ちょっと不審だったのは、『一人静かに旅立とうと思います』の部分なのよね。この遺書、縦書きで書かれていたんだけ れど、最初の『一』のすぐ上が破られていたの。で、今の夏花の推理を聞いて思いついたの。ひょっとして、この『一』、『二』だったんじゃないのかなって」
千鳥姐さんそう言うと、消そうに消せぬ残り文、ざっとメモ紙に書き出して、さらに何か書き加えております。
『
(?)500万円もの大金を横領してしまい、申し訳ありませんでした
(彼が)ヤミ金から借りた100万円が、いつの間にか1000万円にもなってしまったのです
(実)家の母に泣きつくこともできましたが、勝手に家を飛び出した身
(?)誰にも迷惑をかけられません
二人静かに旅立とうと思います
(誰も)知らないところへ
』
「もちろん推測なんだけど、これなら、男と一緒に夜逃げするための置き手紙に見えない?」
「それとも心中の遺書か、だねぇ」
七七眉を吊り上げて、
「でも、どちらにしろ、梅子が一人で死ぬときの遺書ではないってことだね、千鳥」
「そうよ」
「でもな、こんな小細工しても、科学捜査っていうので科警研がどうとかで、切り口を調べたらすぐにわかってしまうんちゃう?」
「自殺だと断定されたのであれば、それ以降捜査はされないのよ、沙杏」
「やっぱり、変。梅子ちゃん、ひょっとして、殺された?」
「その可能性が大きいわね......」
千鳥姐さん親方を見ると、妙閑親方懐腕で、じっと思案の瞑想中、ダルマのようにそのうちに、手足の失せんと思いたれば、かっと見開く隻眼に(バン!)、入れる祝いの瞳はなくて、もとより通らぬ願い事、代わって通すが人情か、恋に迷いて現世の地獄、見えた灯りは送り提灯、そのまま幽世の地獄へと、連れ去られたる乙女の恨み、留蔵切りたるお駒の恨みに、残れる本所は片葉の葦の、代わりに葦田妙閑の、効かぬ足にぞ残りたり、昭和の始めに生を受け、侠気なんぞとうたわれたるが、 つまるところは結局は、洗えぬ足の鉄火場稼業、影も形も見えずとも、音に聴こえる送り拍子木、狸囃子の虚ろな響き、ついには命も置いてけと、誰ぞ言いたる七不思議、萌えの都は秋葉原、夢幻のメイド稼業も、追えど掴めぬ陽炎か、燈無蕎麦の類なり、されば全てが甲斐なしと、忘れることの賢さを、愚かと笑う小梅の花と、無念に泣きたるご母堂の、哀れを思えば忘れもできず、
「『天に在っては願わくは比翼の鳥と作らん、地に在っては願わくは連理の枝と為らん』と白楽天は詠ったもんだが、お梅もそんな気持ちで今回のことをしでかしたんだろう。それがこの有様じゃ、『天は長く地は久しきも、時有ってか尽きん。此の恨みは綿綿として尽くる期無からん』だぜ。お梅のご母堂の持参なさった浄財も、なんだかんだで残りは5万円きりだが、一つ残りの5万円をメイド神社に収めて、御霊鎮めの祭りとまいろうかい」
パンと両手を鳴らしたれば、メイドの面々うなずきて、千鳥姐さん行灯の、灯りを吹き消したのでございます(パン!)。
ところで、メイド神社ってなんなんでしょう?