(3)
(バンバン!) さてもさても日は明けて、アキバは「メイド飛脚便」、バイト含めて十数名、メイドは出かけておりますが、妙閑親方座敷にて、wiiリモコンなど振りながら(バ ン!)、煎餅なぞを齧りおり、千鳥姐さん事務机、向かいて留守番電話番、しておりますとベルが鳴り、来客告げる本日の、メロディ聞いて腰砕け、「ラブラブラブのせいなのよ!」(バンバンバン!)、いかに好みと言いたれど、萌えの都も老いらくの、来むといふなる道まがふがにと、東男は都落ち、業平朝臣の歌いければ、道に惑うた老人一人、たまには演歌の一つでも、かけて猫でも撫でておれ(バン!)、心の中で言いおいて、カウンターに出向いたのでございました。
「いらっしゃいませ、ご主人様」
と、120点の営業スマイル、この挨拶の不自然さ、気づいていても気にかけず、所詮は薄い設定の、約束言葉でありますれば、そこに立ちたる若者二人、一人は線の細けれど、うるわしと見えぬ様でもなく、『リリカルなのは』のTシャツが、いろんなものをぶち壊し、挙動不審におどおどと、したる隣でもう一人(バン!)、到底オタクと見えぬさま、筋者まがいかチンピラか、着たるシャツまで柄悪く、どこで入れたか刺青も、覗き見えたる有様に、柄悪そな方が進み出て、
「『メイド飛脚便』てのはここか?」
と訊ねたのでございます。
「そうですけれども、配達のご依頼ですか?」
千鳥姐さん慌てもせずに、微笑んだまま訊き返し、
「御料金の説明をさせていただきましょうか?」
「配達じゃねえよ、何が『メイド飛脚便』だあほらしい。おい、一週間前によ、配達頼んだ荷物が届かなかったんだけどよ、どういうこった?」
「一週間前ですか?」
「そうだよ」
千鳥姐さん客を見たまま、カウンターの下に置きたる、ノートPC操作して、データ呼び出し一週間前、荷物は全て配送済みで、
「お名前を教えていただけますか?」
「おい、名前だってよ」
チンピラまがい振り返り、気弱な男に言いますれば、
「あ、はい、あの、丹波です。丹波八郎」
「丹波様ですね……」
さっと検索してみれば、確かに受けたる丹波八郎、住所は文京区白山、それほど遠くもあらねばと、配達メイドを見てみれば、あな珍しや普段は経理の、梅子が何故か配達に、出ている理由を思いあぐねて(バン!)、はたと手を打つ千鳥姐さん、七日ばかりか前のこと、やたらと客が多かりければ、臨時で梅子も飛脚に駆り出し、その日に限って何度となく、配達に出ていたのでありました。
「届くのが遅いんで問い合わせようとしてたらよ、中野の『まんだらけ』に同じものが並んでたんだってよ。超レアだぞ、マルサン商店刻印入りペギラのソフビメタリックカラー、二十万で買ったっつーんだよ。そんなもんに二十万出すのもどうかと思うけどよ、自 分が買ったものに間違いないと思って、店員に聞いたんだと。そしたらよ、一週間くらい前に若い姉ちゃんが売りに来たっていう話だ。思うによ、そのメイドが配達せずに売っぱらっちまったんじゃねえのか?」
「うちのメイドがですか?」
「他にどこのメイドがそんなことするんだよ」
「しかし、まだそうと決まったわけでは……」
「そのメイド、ここに出せよ、直接聞いてやるからよ」
いかに出せとぞ言われても、既に冥途の旅路を往きける、勝手散ったる梅の花、罪科問えども遠つ人、仮の事情を言うべきか、真実を告げて寛恕を請うか、思案巡らす千鳥を前に、男は唾をまき散らし、千鳥に迫るその様を、見かねて奥の座敷から、のそりと妙閑親方は、足を引きずりやってきて、隻眼むき出し決まりの台詞、
「うちは『メイドのしきゃく』屋だ、預かり品は精魂込めて、出前迅速届けることになってる。もし、うちのしきゃく達が手癖の悪い様を晒しちまったってぇなら、そりゃ雇い主の咎ってもんだ。まして珍品、ブルマアクのペギラだってえんだ、安いもんじゃねえ、そりゃ口惜しかろうよ。ここはひとまず、爺ぃのごま塩頭をたっぷり下げて謝らせてもらてぇ」
カウンターに諸手をついて、若者二人に頭を垂れる、止める間もなき早所作に、慌てて千鳥も頭を下げて、詫び言共に口にして、
「もちろんそれで終わり、なんてことはねぇ。元々の品の代金と、迷惑料としてその倍を支払わせてもらいてぇ。その上でこの手打ちに何ぞ不満のある時は、かまわねぇお上に訴えてやってくれぃ」
若者二人は惚け顔、あるいは語る妙閑の、言葉がわからぬ故なのか、顎を振られておき千鳥、急ぎ座敷の金庫に向かい、現金取り出し封筒に包み、伏して差し出したのでございます。
「まあ、そういうことなら、いいか丹波?」
「あ、うん、その、僕はペギラが買えればそれで……」
「本当に申し訳ありませんでした」
生れて落ちてこれほどに、深く頭を下げたこと、思い出そうにも記憶になく、さてはて山は高きを厭わず、海は深きを厭わずと、魏の曹操は歌えども(バン!)、胸に携う飛脚の矜持、「ご主人様と思えばこそ」と、届ける品に思いを込めて、千里を駆ける赤兎馬の、忠義に劣らぬメイドの矜持、へし折られたる思いぞすれど、追いつめられたる梅子を何故、責めることができましょうか。
若者二人姿を消して、やっと上げたる細面、妙閑親方腕を組み、顎の辺りをかきながら、
「雲行きが怪しくなってきやがったな」
「どういうこと?」
と訊ねる千鳥の耳に飛び込む、「ラブラブラブのせいなのよ!」、見れば一人の若者の、『だからお前はアホなのだ!』(バン!)、秋元羊介叫びたる、台詞プリントTシャツに、アーミーパンツを纏いたる、
「あのー、すいません。一週間前に配達を頼んだ荷物がまだ届いてなくて……」
と、どこかで聞いたことのある、まさかデジャブなはずもなく、確かに怪し八雲立つ、出雲たなびきどこへ行くのか、検討もつかぬ千鳥でございます。
結局それから4組の、若いオタクが現れて、いずれも告げるは十万に、近き商品配達頼み、待てど暮せど一向に、届かず巡る一週間、日頃めったにキレぬオタクも、一皮むけばクレーマー、しびれ切らして押し掛けみれば、メイドと爺ぃが頭を垂れて、金を差し出す有様に、腑に落ちかねることあれど、皆おとなしく帰りければ、信用第一『飛脚便』、何とか面目保てたか、金庫の金は羽根生えて、飛び行く先はいずこかと、くたびれ顔の思案顔、一息つきたる千鳥の耳に、相も変わらぬメロディが、今度こそはまともな客かと、期待を込めて出迎えたれば、さにあらずさにあらず(バン!)、今度こそは、まことの招かれざる客のように思われたのでございます。
男は嫌みに見えるほど、仕立てられたるゼニアのスーツ、アキバにあっては異分子と、免疫機能の働きで、銀座辺りに追放されそな、伊達な出で立ち着こなしで、細身なれどもその内に、秘めたる筋肉暴虐の、匂いかすかに漂わせ、血よりも深きネクタイの、不吉な赤を振りまきて、兵どもは灰色の、死の国の住人なればとサスーンの、謳いたりける詩のごとく、どこか壊れた雰囲気に(バン!)、連れたる女は漆黒の、衣はレー スに彩られ、のぞける肌はただ白く、あふれる髪は白銀の、銀河のごとく胸に流れ、されど瞳は死に絶えた、荒野につき立つ名も亡き墓碑の、名状し難き冷たさに溢れていたのでございます。
「ご両人」
異装の連れ立ち前にして、気にもかけぬと妙閑親方、千鳥姐さん止める間もなく、いつ もの台詞を口にして
「ここは『メイドのしきゃくや』だ、どうもそちらさんがたにゃ関わりのねぇところだとお見受けするが」
「……越後梅子が働いていたのはここかね?」
男は齢30か、そこらのくせに苦みばしった、コーヒーの如き渋い声、
「そうですけれども?」
千鳥姐さん意を決し、親方押しのけ問いたれば、
「私は、越後梅子が金を借りていた会社の代理の者だ。返済期限が来ているので、金を受け取ろうと思ってね」
なるほどこれがヤミ金の、付き馬稼業の今様か、しかしそもそもヤミ金の、金利自体が 御法度の、強欲極める高金利、返す謂われがないものと、千鳥姐さん怖じ気もつかず、
「越後はここにはいません。それから、お金を返す必要もないでしょう」
「ほう、ご婦人、それはまたどうしてかな?」
「ヤミ金なんでしょう?」
「ヤミ金。そんなことは一言も言っていないがね」
「とぼけるのはやめなさい。あなた達の取り立てに耐えかねて、梅子ちゃんは自殺したのよ!」
「自殺?それはそれは……」
男は薄く貼り付いた、ナイフのごとき冷たい笑い、そっと懐差し入れて、取り出したるは一枚の、どうやら金の貸し証文、
「葦田妙閑というのは、そっちのじいさんだな?」
「そうだが、それがどうした」
「申し訳ないが、あんた、越後梅子の連帯保証人になっている。借りたのは800万、金利は正当なものだ」
「何ですって?」
カウンターに置かれたる、借用書にはあからさま、誰ぞ書いたか葦田妙閑、筆跡はよく似たれども、親方書いた覚えなし、されど押したる実印は(バン!)、紛れもあらじ親方の、物に相違はないのでございました。
「こんなもの、偽物よ!」
「偽物、なるほどそうかも知れん。それを証明してもらえれば、引き下がるのはやぶさかじゃない。借り主は死んでしまっているしな。しかし、こちらも遊びじゃないんでね」
「どうせ、同じような偽の借用書をたくさん持っているんでしょう?」
「同じような借用書がいくつもあるのは不自然な話じゃないか。それこそ、偽物じゃないかと疑われる。こいつは本物だから一枚しかない。越後梅子のために作った借用書はこれ一枚切りだ」
そんな言葉は信じられぬと、千鳥姐さん借用書に、右手をぎらと閃かせ、いっそ破り捨てようか、掴み取らんといたしますれば、まるで死霊の真白き腕が、くちなわの如く伸びいでて、千鳥の右手を押さえつけ(バン!)、カウンターに叩きつけたのでございます。
黒衣の女の表情は、高く立てたる襟元と、銀髪に隠れ見えもせず、力はさながら百貫目の、岩乗りたるかと思うほど、千鳥姐さん顔をしかめて、男の方を睨みたれば、
「ボディーガードみたいなもんでね、あまり無茶なことはしないほうがいい。メイドさんの細腕くらいあっさりへし折るよ」
「千鳥、やめときな」
「でも親方!」
「若いの、800万だったな。それで手打ちでいいんだな?」
「私の請け負った仕事は、それで終了だ。その後で何か事が起こったとしても、少なくとも私は関係ない」
「……わかった、払おうじゃねえか」
「親方!」
叫ぶ千鳥を目で制し、妙閑親方金庫から、100万円の束八つ、取り出し置きたるカウンター(バンババン!)、男は眉寄せ目を細め、
「やけに準備がいいな。日の売り上げがそれほど多いとは思えんが」
「ほほぅ。金の臭いを嗅いだら、途端に出所を詮索したくなるたぁ、さすがは溝に片足突っ込んだ野良犬かぃ」
「……」
煽り立てるよな親方の、言葉に男の表情に、怒りか焦りか捉えきれぬが、漣一つ走りたり、それもわずかなひと時ぞ、末の松山なみこさじとは、元輔詠みたるそのままに、秀でた眉山越すこともなく、
「確かに、親方のおっしゃる通り。私はただの代行屋だからな」
薄く笑って金勘定、確かに揃い800万、造作も無きまま懐に、残った証文手にとって、妙閑親方に投げつける、
「これで一件落着だ。突然来て申し訳なかった」
「なぁに、天災は忘れた頃にやってくるが、金貸しは忘れることもなく律儀にやってくる、盆暮れ正月みてぇなもんだ、気にしちゃいねえ。が、あまりあちこちで恨みを買うと宗悦みたいになっちまうぜ」
「『累ヶ淵』か。あれは宗悦か旗本か、どちらが悲劇だったのか。まあ、私には関係ないがね」
「名前くれぇ残していっちゃどうだ?」
「ただの代行屋、屋号はないよ。そうだな、儀一鐘鳴と呼ばれることが多い」
男はついと背を向けて、出口へ歩き出しますれば、女は千鳥の手を放し、相も変わらず青白き、ペェルそのものの如くに、音も立てずはスカートの、裾をふわりと翻し、男について出口へ向かう、二人の背中に千鳥姐さん、
「ちょっと! 梅子ちゃん、どうして借金なんかしたのよ!」
男一人が振り返り、
「私はただの代行屋だ、詳しい事情まで知らされてはいないんでね、申し訳ない。だが、女が金を求めるんだ、理由なんて限られてくるんじゃないか? 例えば、男とか」
それだけ言い残すと、店を出て行ったのでございます。
千鳥姐さん、押さえつけられた右手を見てみると、くっきり残る女の手形、怪力乱神の真砂に負けぬ、めったに居らぬ轟力の持ち主、痛む手首をさすりつつ、
「親方、どうしてお金払ったのよ」
「代行屋の儀一鐘鳴っつったら、裏街道じゃ知られた名前だ。黒を白にする天才、ついたあだ名が『異端審問官』。一方で、妙な話だがディティールにこだわるらしくてよ、自分で仕掛けた細けぇ設定は必ず守る。今回で言えば、お梅がこさえたってえ借金が800万で、そいつを連帯保証人の俺が払う、その筋立てさえ守れれば、他のことは奴にゃどうでもいいんだ」
「何よそれ、変な奴ねまったく」
「女の方にはちぃっと見覚えがねえが……」
「相当ヤバいってのはわかったわよ、私でも。しかし、これで面倒は終わったのかしらね」
「さぁてな……少なくとも、借用書のために俺らの実印を持ち出したのは、お梅しかいねえようだからな、何か裏があるんだろうが……」
萌えの都は秋葉原、再開発が進みゆき、減りつつ残る雑居ビルの、例には漏れず薄暗き、大店『メイド飛脚便』、不穏な空気はいよいよ増しているのでございました。