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(ババン!) 時を移してところは「メイド飛脚便」、事務所の奥の座敷には、かかる掛け軸「抜山蓋世」、似合わぬメイド五人娘、腕を組みたる親方の、周りをぐるり取り囲み、つまれた札束 百万の、帯封も切らず十束と、数えて都合一千万円(バン!)、化かす狸の悪知恵に、今にも葉っぱに変わるかと、待てど暮せど変わらぬ様子、一人のメイドため息つきて、千鳥姐さんに訊ねたのでございます。

「これを梅子ちゃんのお母さんが置いていったの?」

長き黒髪麗しく、花の(かんばせ)たおやかに、瞳は薩摩のビードロか、その細腕に箸をも持てぬと、思わせおいてその実は、怪力乱神轟かす、力自慢の真砂(まさご)と申 します。

「そうなのよ。あの子が横領した500万と、その迷惑料で500万だっていってね」

千鳥姐さん苦虫を、噛み潰したよな面相で、親の(かたき)か主君の(あだ)か、札束の山を睨みつけ、ほのかに揺れる行灯に、斉天大聖思わせる、炎に濡れて火眼金晴(かがんきんせい)、今にも火でも吹かぬかと(パン!)、怖じ気づきたる真砂は隣の、別のメイドに話しかけました。

「梅子ちゃん、何で死んじゃったの?」

「話に寄れば、自殺」

かけたる眼鏡も(さか)しらな、娘メイドは背も低く、一人スカートも長くあり、秀でた額を隠しもせずに、かけたカチューシャ飾るは露草、われには見えしその人のと、明治の歌人の歌にあり、されど見えぬは梅の花、短き(まじ)りの友なれど、何ぞ死にゆく理か、伏したる睫毛泣き濡れて、声も震える夏花(なつか)は誰に、問わずがたりと言の葉を、つなぐも苦し、

「アパートの部屋で、首吊り自殺。机の上に、遺書」

「まったく馬鹿だわねぇ、たかが500万盗ったくらいで死ぬなんて」

長身痩躯横たえて、紅に染まるその髪は、飛蛾を惑わす炎の如く、男を酔わす傾城(けいせい)の、色も漂う流し目に(バン!)、流れぬ涙は何故か、三途の川の道行(みちゆき)に、惚れた男の一人も連れず、花の咲きたる甲斐もなし、いづれを梅とわきて折らまし、などど言わせずただ一人、愛し男に手折らるならば、それも乙女の本懐と、思えば胸を焼け焦がす、悔し炎ぞ我が涙、されど元より口さがなくて、ついてでるのは皮肉(ありろにぃ)、せめて冥途の隘路(あいろ)には、迷い込まずに逝かれよと、祈る七七(しちな)でございました。

「でも、七七の言う通りやわ。ゆうてもたった500万、それだけで死んだりするんかいな」

ショートカットに切りそろえ、耳に連ねるピアスの輪、南無地蔵尊坊さんの、錫杖なりやと見間違う、なれど回向に程遠く、地蔵導く賽の河原の、そは風渡る小野の草(バンバ ン!)、小町が読みし色みえで、うつろふものは世の中の、人の心の花にぞありける、しかし咲きたる梅の花、少し前には幸せの、色とつけてぞ歌いける、そはやるせなのかぎりなり、恋に焦がれて千々乱れ、それでも恋は恋なりと、沙杏(さあん)にいつか語りければ、死出の旅路に一人きり、何ぞカロンの渡し船、乗れるものかと訝しんでいるのでございました。

「千鳥、遺書には何て書いてあったか、わかってるん?」

「一応ね、聞いてはみたのよ。いくら上司だからって踏み込んでいいものとは思わなかったから、それとなく。そうしたら、遺書を見せてくれてね」

一息ついて千鳥姐さん、自慢を喉を鳴らさんと、覚えた文は散る梅の、春はきぬらんうぐいすの、こほれる涙を溶かすことなく、泣くは千鳥の別れ歌にございます。


『500万円もの大金を横領してしまい、申し訳ありませんでした

 ヤミ金から借りた100万円が、いつの間にか1000万円にもなってしまったのです

 家の母に泣きつくこともできましたが、勝手に家を飛び出した身

 誰にも迷惑をかけられません

 一人静かに旅立とうと思います

 知らないところへ』


「......それだけなの?」

真砂が訊ねると、千鳥姐さんうなずいて、

「遺書なんてそうそう見るものじゃないけど、ちょっとおかしいな、とは思ったわね」

夏花も眼鏡押し上げて、

「変。遺書ともとれるけど、ただの置き手紙でも」

「大体、ヤミ金に金借りなきゃいけないような生活してたかねぇ、あの子」

七七も首をかしげると、

「彼氏ができたってゆうてたの、三ヶ月前くらいや。それまでは借金があるような雰囲気なかったし、それからだって、幸せそうやったのに......これ、その彼氏に宛てた遺書なんか?」

沙杏も腕を組直し、千鳥の方に向き直り、

「ほんまに自殺したんかな?」

「発見されたのは三日前、だそうよ。自分のアパートの部屋で首を吊っていたって。あまり多くなかった荷物は整理されていて、身の回りのものしか残っていなかったそうよ。睡眠薬の包装が捨てられていたらしいけれど、それを処方された様子はなかったって。警察も、変死なので一応は捜査しようとしたそうだけど、お母さんがね、早く弔ってやりたいってことで、自筆の遺書もあったことだし、自殺で処理した、いや処理してもらった、ってところかしら」

語り終えたる千鳥を見上げ、夏花訊ねて、

「自筆だったの、遺書。なかったの、変なところ」

「変というか……レポート用紙に書かれていたんだけど、乱暴に破ったみたいで、上の方がかなりガタガタだったわ」

「警察はさ、本当に捜査しないつもりなのかねえ」

七七が寝転んだまま口にすると、千鳥姐さん答えて、

「あの子の家、その土地じゃ結構な家柄らしくてね、要するにあまり騒ぎ立てたくない、というのが本心みたいね。警察にも何か圧力をかけたようなことを、お母さんも言っていたわ。圧力かけたのは、お父さんみたいだけど」

「はあ、それはまた、ジダイサクゴな話だね」

真砂が何やら難しい顔でつぶやいたのでございました。

「ご母堂の本心がどこにあるのかわかりゃしねえが、この金も無碍に突き返すわけにゃいかねえ。500(ごしゃく)万は横領分の補填として、残りの500万は、メイド神社にでもおさめるか」

妙閑親方目の前の、札束眺め一つ手を打ち、知らぬ念仏わからぬ祝詞、されど合わせる(たなごころ)、他に作法を知らぬ野放途(のほうず)、慇懃なりやご母堂の、喪を(まと)いたる(つるばみ)の、衣は烏の濡れ羽か、死生何ぞ()た前後を()うを(もち)いんと、無名氏歌う漢代の、歌には言えど口惜しかろう、先の戦に命を拾い、生き延び出会った年若き、小梅の花は実もつけず、散り枯れたるは嘆かわし、ひと時なれど同胞(はらから)と、交わす(えにし)()(あい)し、いかな手向けが似合おうか、

「……巷に雨の降るごとく、わが心にも涙降る……」

ふと浮かびたるヴェルレエヌ、あとは続かず目を閉じて、祈りひととき手をほどき、

「……金は金庫にしまっておきな。くれぐれも、変な詮索事をするんじゃねえぜ」

親方はメイド娘等睨みつけ、きつく言いおいたのでございました。千鳥姐さんうなずいて、素早く夏花と沙杏に目配せ、目が合い故のアイコンタクト、うなずき返す夏花沙杏、七七はひとり煙草をふかし、真砂は神妙な顔でつぶやくのでございました。

「梅子ちゃんの彼氏、どこにいるのかな」


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