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(秋葉原のビルの中にある小さな劇場。似非講談師登場、釈台の前に座る。演目は『メイドの飛脚』となっている。似非講談師、扇で(パン!)と釈台を叩く)
「紳士淑女のみなみな様方、本日は景気もお悪い中、いかな思いでこちらに足をお運びか、手前には解せないところではありますが、問いますまい問いますまい、金と人情に限りはあれど、思い悩みに限りなし、なしの礫の携帯メールも今ひと時は脇に置き、老いて困るは親も子も、互いに言葉が通じませぬと、やれ近頃の若いやつぁ、何を爺婆引っ込んでいろ、なんて諍いも起きますが、今日のところは秋晴れの、高いお空にどうぞ免じて、喧嘩の火種は納めおき、ちょうどこちらは秋葉原、火伏せに霊験あらたかな、秋葉権現お膝元、何の因果か電気の街と、呼ばれて21世紀、寄り集まるのはオタクばかりで、文字は違えど「萌えて」おります、いかに秋葉の権現とても、こちらの「萌え」は消せますまい。
(バン!) さて前置きはこれまでに、本日語るは創作浄瑠璃、といっても人形はございませぬが、 心のまぶたをかっと開いて、見えてる体でお願いつかまつります、手前も場所柄考慮に入れて、練ってまいった次第です、かの大近松を向こうに回して、あの世でお叱り受けぬかと、心のうちは悶々と、憂い悩める門左衛門、似非講談にて語る人情、時と所は判らねど、流行りの歌にも聴こえましょう、それは「ここではないどこか」、萌えの都のお話でございます。
(バンバン!) えー、くたびれましたんで、普通に喋ってよろしいですかい? え? それじゃ落語になっちまうだろうって? いやね、手前も別に師匠について講談を学んだわけでもないんで、全部似非なんですよ似非。だめ? だめ。うるさい客だね......A○Bでも観に来たのかね......手前もパンチラ前提のミニスカートだったらよかったんでしょうけれど、ええ着流しですみません。途中で落語になっちまっても勘弁して下さいよ。
さて......。
(バン!) 萌えの都は秋葉原、商い全て萌え上がり、百花繚乱花の色も、霞むメイドの絶対領域、 狙うはオタクの懐の、二次元に消える死に金か、あるいは生きる喜びか、いずれか問わぬメイド喫茶の、ロッカールームで語られる、
「今日のオタクしつこかったよねえ」
「つーかオタクしか来ねえし(爆)」
(パンパン!) 、 なんて会話は夢幻の、ただひと時の喜びを、売らんとするは世の常か、メイドバーにマッサージ、ゲームセンター眼鏡屋も、ひとまずメイドを置きたれば、ここに新たな商いを、はじめましての赤ん坊、ベイビー今夜は帰さない、だめよ終電まだあるもの、いいだろ車で送っていくさと、誘い文句は陳腐に過ぎて、どうせ何かを送るなら、「メイドの飛脚」はいかがでしょう?
(パン!) いくらメイドを置いたといって、客がつかねばゼロ商い、萌えの都は腐るほど、売る物 あれど時として、萌えの絵描かれた紙袋、詰めに詰めたる同人誌、人にはましてや親になど、見せられぬような漫画本、こっそりメイドが届けます、都内限定配達業、近くはメイドが走ります、遠くは自転車スクーター、電車配達も可能です、必ずメイドが手渡しで、笑顔と共に届けます、基本はパンチラ前提の、ミニスカートにニーソックス、絶対領域きらめかせ(バン!)、要望あらばコスプレも、近頃うるさい警官に、職質されない程度なら、露出も多めで届けます、もはやどこぞの風俗か、気づかぬ振りか言わぬが花か、イワンの馬鹿とも申しますれば、決してメイドに触れぬよう、それだけきつくお約束願います。
表看板掲げたる、萌えの都は随一の、大店「メイド飛脚便」、仕切るは齢80越えの、いかつい面のご老体、「親方」などと呼ばれているが、生れも育ちも秋葉原、 生粋江戸っ子四代目(ババン!)、故に「ひきゃく」が言えませぬ、その名は葦田妙閑 と、元は老舗の玩具屋に、生れ落ちたる三男坊、幼い頃から侠気 溢れ、年の頃なら十二、三にて、既に二十歳を越えるかと、見間違えたる今弁慶(バン!)、病患う義経の、如きか細き兄のため、届いた赤紙引っ掴み、名前も年も偽って、お国のためとは思わぬと、ただただ優しき兄のため、勝って帰ると南方に、飛ばされ軍靴を鳴らせども(バンバン!)、飛ぶ蚊のもたらす麻刺利亜と、汲めども尽きぬ暑さ故、彷徨い果てたジャングルの、どこで命を拾ったか、無くしたものは左目の、視力と右の足先と、三途の川の渡し船、おし込められて復員を、した目の前に焼け野原、優しき兄も父母も、焦土の下に骨もなく、ああ兵ぞ兵ぞ (バン!)、物極まれば即ち反る、何の驕りか天罰か、繁栄極めし帝都の影を、 探して重い足引きの、山は瓦礫に埋ずもれて、何ぞ守れぬ兵士ならば、銃などとらずただ兄の、支えとなって焼け落ちる、家をも支え立ち往生、これぞ今弁慶の本懐と、嘆くももはや後の祭り、神田明神も懐かしく、訪ねてみれば本殿の、わずかに残れるお姿に、将門公の怨念か、鉄筋造りの恩寵か、もはや家族はあらねども、人死に絶えたわけでもあらじ、侠気沸きてあらたまの、日々をゆかんと秋葉原、火伏せの明神加護もなく、それでも人はたくましく、ヤミ市なんぞを立ち上げて、生きれば必然生れ来る、言い争いに喧嘩の火種、消して回るが侠気と(バン!)、やくざ者やら愚連隊、軍人崩れに一歩も引かず、名前は売れても力は売らず、売るのはコマに竹とんぼ、子供でいられず大人 になって、手にした銃より重い荷物を、背負わせるさだめの子供らの、心を軽くと竹とんぼ、遠く見上げる青空の、広さ変わりて昭和も終わり、それでも何か夢幻を、売らんと始めたゲーム屋に、メイド喫茶に飛脚便、妙閑親方の店とあっちゃ、筋ものとても手出しはできず、ただそれなりにそれなりに、繁盛しているのでありました。
雑居ビルの一隅に、構えた事務所の奥の方、趣味で仕立てたお座敷と、縁台なんぞに腰掛けて、今日も今日とてDSで、新発売のゲーム研究、もとより見えぬ左目に、加えて近頃老眼か、かけた眼鏡はべっ甲に、着流し姿の妙閑親方、タッチパネルと悪戦苦闘、している側に一人のメイド、素っ頓狂な声を上げ、
「ありゃーやっぱおかしいわ」
と何度も電卓を叩き直しております。
「どうしたい、千鳥」
と親方声をかけますと、千鳥と呼ばれたそのメイド、年の頃なら二十四、五、ショートのボブに揃えた黒髪、長い手足に背も高く、聞けば武術の心得ありと、器量度量も人一倍、 店長代理をまかされて、何癖もあるメイド達を、まとめて既に年増気分(パン!)、近頃ため息増えてると、自覚はあれども頭痛は減らず、
「どうしたい、じゃないわよ親方。どうも帳簿の計算が合わないの」
電卓投げ出しぼやきます。
「どうも数字をいじった形跡があるのよね。売り上げ用の口座から、500万くらい消えてるわ」
薄墨はいたよな眉を、寄せて睨むは妙閑親方、己のせいではなかろうと、DSおろして向き直り、
「経理のほうは、お梅にまかせてたじゃねぃか:
取りいだしたる長キセル、口には切らずの紙巻き煙草、おっ立て火をつけ一息吸って、懐手で思案顔、
「そういや、お梅はどうしたぃ」
千鳥姐さん肩をすくめて、
「あのね、お梅じゃなくて、梅子ちゃん。ここ三日休んでるのよね。まさかとは思うけど……」
「まさかってのは、まさか横領したんじゃねえか、ってのか?」
「うちじゃなくて、喫茶のほうで雇ってるのよね。だから、詳しい素性は知らないんだけど、喫茶の竜胆店長が変な子よこすわけないし、仕事は真面目だったし」
「もっかい帳面調べてみろよぃ。お前の勘違いってこともあるだろう」
「500万よ、500万。勘違いしてたらあたしゃ相当な馬鹿ね」
何度目かのため息と、共に陽気なベルがなり、来客告げるメロディの、これまた陽気な『らき☆すた』の(ばん!)、「もってけ!セーラーふく」ときては、メイドはあまり関係ないが、これも親方の選曲なれば、詮索するのも無礼や無粋、痛い頭に染み入る歌詞に、さらなる頭痛を呼び起こされて、それでもプロの営業スマイル、給料分は働きますと、千鳥姐さんカウンターに出で来てみれば、「ご主人様」というよりも、「奥方様」と呼ぶがふさわし、色も匂うか黒橡の、衣は人皆ことなしと、歌に聴こえし万葉の、頃より移ろい時は過ぎ、染め上げられた江戸小紋、あまりの深き紫に、暮れるばかりで明けぬ喪の、物悲しきを思わせる、その顔もやつれ果て、蒲柳の質かと見受けるほどに、今にも失せぬ玉の緒の、乱れ髪とてかまいもせずに、 両の眼は爛々と、幽鬼もかくやと揺らめいて、鳴かぬは舌切り雀にあらねど、声を失う千鳥姐さん、その背後から妙閑親方、効かぬ右足引きずりながら、胴間声にて訊ねましてございます。
「おうご婦人、人の好みも蓼食う虫と言うからにゃ、こっちも商売理由は聞かねえが、ここは『メイドのしきゃくや』ですぜ、おめぇさんにはちいっと似合わねえ」
ああもうと、顔を覆った千鳥姐さん、表看板読めぬのは、江戸っ子だから仕方がないが、いかつい顔で出てきては、しきゃくしきゃくと連呼されては、何思われるかわかりはしない、
「もう、親方、飛脚が言えないなら奥に引っ込んでてよ」
「なんでぇ、俺ぁ別に間違っちゃいねえだろ」
「だから、もういいから」
と、しぶる親方の背中を押して、奥の座敷に突き返し、振り返っては改めて、笑顔整え声軽く、迦陵頻にはかなわねど、転がるごとき千鳥の声音、
「いらっしゃいませ、こちらは『メイド飛脚便』なんですが、御用向きは?」
と問いたれば、心あらずのご婦人も、はたと現世に帰り来て、物珍しげにメイドを眺め、こうお訊ねでございます。
「こちらで、越後梅子というものがご厄介になっていた、と聞きましたが」
「え、あ、はあ、越後はうちの社員ですが、何か?」
「私、梅子の母でございます」
「はは、あ、はあ、お母様で」
「短い間でございましたが、梅子が大変お世話になりました。そのお礼を申し上げたく、参りました次第でございます」
「はあ」
詳しい素性は知らねども、梅子は確か浅草の、橋を越えたり両国は、人に見せばやもろともに、隅田川原のほど近く、モルタル造りのアパートに、一人暮らしのつつましさ、その一方で目の前の、ご婦人の纏う江戸小紋、決して安くはなかろうに、何ぞ事情があるのかと、問わぬが花のラベンダー、確か沈黙が花言葉、されど今、ほのかに香るは送り香か、丁字白檀伽羅沈香、沈丁花にも似た香り、栄光不滅が花言葉、何を願って焚きたるか、そんな想いがふとよぎり、ご婦人の言葉を待ちたれば、ただただ静かに一言。
「梅子は亡くなりました」