劇団「おとぎばなし」~桃太郎編~
劇団『むかしばなし』へようこそ。
ナレーターと演者の他には、茶々をいれる常連の方が1人いるだけですが、
どうか最後まで彼らの童話にお付き合い下さい。
昔々、といっても何時のことでしょう。とある村に、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おじいさんが竹を切っていると、根本が光り輝く竹を見つけました。中を切ってみると、その中にはなんと!
とても小さく、美しく可愛い子が……
「竹の中に入っておるけど、これは本当に人間の子かのう。赤ん坊にしてももう少し大きいじゃろう」
――――やかましい、その子を早く持って帰るんだ、物語が進まないだろ。
おじいさんは竹から生まれた子を家へ連れて帰りました。
一方、おばあさんが川で洗濯をしていると、上流からどんぶらこ、どんぶらこと何かが流れてきます。
――――……うん、あれ?
おばあさんがよく見ると、それは最近作りたてのような漆塗りの味噌汁おわんでした。中には小さな男が一人。
お箸を竿に、針を剣に携えたその男は一寸法師でした。
――――ちょっと待て、何かおかしいぞ!
「仕方がないだろう、前回のラストで打ち出の小槌に、『大きくなあれ』って頼んだらヤツは俺の頭にタンコブつくって『はい、大きくなりました』なんて言ったんだぞ! お陰で大きくなるまで旅は継続だ」
――――前回の事なんて忘れてしまえよ、誰も見ていやしない。
「それは駄目だ、この劇団『むかしばなし』では『めでたしめでたし』で終わるのが鉄の掟。めでたくない終わりなら次回へ続くのだ」
――――わかったよ、わかった。続けてくれ。
おばあさんはお椀に乗っている浦島太郎を見つけて驚き、洗濯を中断して拾いに行きました
「大丈夫ですか、旅の御方」
「有難うございます。最近ずっと川下りで寝ることも満足でない、少し休ませていただけないでしょうか」
おばあさんは一寸法師のお願いを快く受け入れ、家に連れて帰ろうとしました。
と、その時。
おじいさんが芝刈りに行っている山の奥から、狼が襲ってきたのです!
――――おいおい、大丈夫かよ。
狼は一寸法師を連れているおばあさんをあっという間に、パクっと食べてしまいました。
一寸法師は間一髪のところで狼に気付かれず、逃れることが出来ました。
「なんということだ、私を拾ってしまったがためにご婦人が大変な目にあってしまった。なんとしてでも村の人間に知らせなくては!」
一寸法師は全力で走り出します!……とても遅い!雨上がりのナメクジと比べてしまうレベルで遅い!
それもそうでしょう、彼はその名の通り大きさが一寸。約3cm。
成人男性180cmが100mを10秒で走ると考えれば、一寸法師は同じ程度で走っても625秒かかるのです!
――――えらく具体的な。
一寸法師は激怒した、必ずかの邪智暴虐の狼を除かなければならぬと決意した!
一寸法師には弱肉強食の法則がわからぬ、彼は旅の風来坊である!
――――そんなダンジョンでも登りそうな事を言うなよ。
なんとか彼が村にたどり着いたのは夕暮れの事でした。おじいさんはかぐや姫を連れておばあさんが食べられてしまった川の近くに急ぎました。いつの間に名前を付けたのでしょう。
――――知らんがな。
おじいさん達が河辺にたどり着くと、そこにはなんとおばあさんを食べて満腹になり、眠っている狼がいました。
「呑気に眠りこけやがって。おじいさん、俺が行きましょう。針が有れば狼なんて簡単にやっつけれます」
「それが、そうもいかんのじゃ」とおじいさんは答えました。
なんと、おじいさんは先日お山の地主とある契約を交わしていたのです。
『この山にいる生物は、今後の環境保護の関係上殺生及び傷つけることを禁止する』という内容。
すなわちおじいさんは狼を傷つけてはいけないのです。もし針で刺せば契約違反。一家の生計は成り立たなくなります。
いつの世も、契約書には簡単に名前を書いてはいけないのです。
リトルマーメイドしかり、魔法少女にしかり、ヴェニスの商人しかり連帯保証契約にしかり。
――――え、今回の童話の教訓ってそれなの?
困ったのは一寸法師。針を使って狼を降参させることは出来るのですが、そうしてしまうとおばあさんの今後の生活は一気に苦しくなる。
かといってこのまま見過ごせばおばあさんは死んでしまう。どうしたものか、と悩む一寸法師たち。
「……マッチー……マッチはいらんかねー……」
一寸法師が顔を上げると、そこには赤ずきんをかぶった少女。手元にはカゴにいっぱいのマッチ。
彼女の全身から漂う、かなりの薄幸オーラ!
「……マッチ、要りませんか?」
――――マッチ売りの少女、いつの間に日本に上陸していたんだ。
「いや、俺たちは別にマッチは……」と言った瞬間、一寸法師は気づきました。カゴの中にはマッチ以外にマッチを敷くためのハンカチ大のシーツが有ることを。
「嬢ちゃん、その布は貰えるか!」
「え? 構いませんけど……」
ありがとよ、と一寸法師はおじいさんから代わりにシーツを受け取ると、素早く布を解いて糸に戻してゆきます。
「これで狼を『手術』する! 傷つけずに『異物』を取り除くのであれば問題ないだろう?」
「しめた、その手があったか!」とおじいさん。
――――いや、その手でいいのか。
急いで狼の元に駆け寄る一寸法師。……やはり遅い!おじいさんが急いで連れてゆきます。
一寸法師は鬼退治での腕を存分に振るい、鍼麻酔を狼に行います。
おじいさんは長年村の子どもたちに歌った子守唄をかぐや姫と狼に歌います。
マッチ売りの少女は……なぜか狼をみて舌なめずり。
――――お腹すきすぎだろ、マッチ売りの少女。
なんとかおばあさんを救い出した一寸法師。おじいさんは喜び、おばあさんを抱き寄せます。
めでたしめでたし。
――――ちょっと待て、まだ全然終わっていないぞ。
そうでしたね、問題はお腹の開いた狼。このまま放おっておけば狼は生きてゆけないですし、ただ単に縫合してしまえばまた悪さをする可能性が有ります。
「マッチでも詰めますか? どうせ売れないですし……」それは流石に死んでしまうと一寸法師。
おじいさんはふと思い出しました。今日の芝刈りの竹を、まだ家に置いていないと。
具体的に言ってしまえば、"まだ背中に背負っている"と。
――――……おじいさん、タフなんだな。
「よし、この竹で狼を懲らしめてやろう」おじいさんは狼のおなかのなかで竹細工のカゴを組み立て始めたのです。
これで狼は、年中小食に成ることでしょう。
――――大丈夫なのか、それで。狼の今後が心配なんだが。
執刀の終わった狼を河辺に置いたまま、おじいさん達は村に帰ります。
仲間たちとの別れ。
マッチ売りの少女は、村でおじいさんから竹細工のカゴを貰いました。肝心のマッチは村でもあまり売れず、彼女の薄幸オーラが解けることはありませんでしたが。
かぐや姫は小さい一寸法師と打ち解けかけたのですが、時間が経つと共に段々大きくなるかぐや姫に、一寸法師のジェラシーの方が耐えられなくなりました。
――――ああ、一寸法師よ。人間的にも小さいぞそれは。
おじいさんとおばあさんは、竹細工を活かし狼達への罠を開発しました。これで村もしばらくは安全でしょう。彼の名前は「狼捕りの翁」として広まることになるのですが、それは別の話。
一寸法師は再び旅へ往きます。いつか大きくなるその日まで。
彼が流れてゆく川の上流で、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてゆきました、とさ。
おしまい。
――――あれ、「めでたしめでたし」は?
「しまった、また『めでたしめでたし』で終わらなかった」
――――どうするんだよ、また浦島太郎で続けるのか?
「ううむむ……」
悩む劇団員達を尻目に、あなたは劇場を去りましたとさ。