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氷柱は桎梏を許さない  作者: 阿万音 周
始まりの章
1/3

始まりの一日

 その日はとても寒かった。

 どこか家の中で声が聞こえる場所があり気になったため私は怪我をしたもう二度と走れない足で声の元を辿った。

 両親は事故で死に、私は手足の少しの自由を失った。そのため、叔母の家に住まわせてもらっていたが偶然今日は家にいなかった。

 しんと静まり返った部屋の中、一人悲しく泣いた様な声。

 不気味だったが、両親が死んでからと言うもの心にぽっかり穴が開いてしまったようで感情らしい感情は感じられなかったので特に何も思うこともなくあちらこちらを探した。

 あれから一度も笑うことが出来ていない。喋ることもままならない。

 これじゃいけないと上辺だけの心で必死に考え叫んでいるがどこか深い気持ちではこのままで良いと囁いていた。

 泣き虫で愚図で鈍間で馬鹿だったけど、それでも大好きだった両親に愛されていた私。

 どこか冷たくて無表情で学校に行かない孤独な私は、お父さんとお母さんが好きな私じゃない、私が好きな自分じゃない。

 だから、戻りたいとも変わりたいとも思わない。むしろ今の自分の方が自分だったのかもしれない。前のような考え方は出来ない。

 今までの自分は人の顔色を窺ったり作り笑いをしてその場をやり過ごしたり、そんな自分が情けなかったりした。

 仕方なかったのかもしれない、もし自由に生きていたとしたら私の友達のように苛められたりしていたかも知れない。

 そんなことを考えながら普段は入れさせてもらえない家の一番奥にある部屋のドアに手をかけた。

 ドアに手が触れた瞬間、まるで電気が走るような音がしたが特に気にしない。

 中はとても寒かった。

 他の部屋に比べてひゅうひゅうと入り込んでくる風も無いのに、暖炉の火が燃えているのに、何故こんなに寒いのだろうか私にはわからなかった。

 誰もいないはずなのに暖炉の日はパチパチと元気よく燃え、誰かかしらいるのにいつまでも冷たいままの私とは大違いなのだなと、思った。

 叔母は私に気を使うように優しくしてくれるが、それは薄っぺらくどこまでも寂しいもの。

 友達とはずっと会っていない。

 だけれど、私を一人にはしてくれない人達は沢山いた。

 ありがた迷惑に食事に連れ出してくれるいとこなどは何かと服を送ってきたり要らないお世話をしてきてもううんざりしている。

 心から私を見てくれる人は誰もいなくて、それでもその優しさが身にしみてそれだけで悲しくなった。

 悲しいを悲しいと認識しているけれど、寂しいを寂しいと認識しているけれどどんなに孤独でも私は一度さえ泣けやしなくて、本当は何も感じていなくて、悲しいの一言も声に出せないような私は、作り物の悲しいで虚無感だけを感じることしか出来なかった。

 自分の寝室に居た時には少ししか聞こえなかった泣き声はもうはっきり聞こえるようになり私はあまりの寒さに体を震わせた。

 叔母の物であると思われるカーディガンを羽織り、暖炉の近くに行って温まろうとした。

 されどいつまでたっても手足は冷たいままで、ふと視界に入った左手を見て思った。

 交通事故で失ったのは両足の自由と左手。

 両足については辛いリハビリを繰り返しやっと歩ける程度になったが左手に関しては潰れた上に千切れてしまったいた。 

 まるで着せ替え人形のような、肌色と肌色を鉄で繋ぎ止めたような義手は私の体に良く馴染んだがよく創作物であるような格好のよい強そうな物ではなく、それどころかとても痛々しい物だった。

 自分は中学2年生であるが、小学のときも中学1年生のときも悲しいときに心のよりどころにしてきたのは足だった。

 何処までも遠くまで、誰よりも速く。

 私の唯一自慢できるものでありながら誰もに褒められ、自分でも大好きでもしかしたら空だって飛べたんじゃないだろうかと思うほど何処までもいける気がした。

 勢いをつければ速くなって、底の見えない池みたいに限界がまだまだ遠いようで。

 大会ではいつも上位で、自転車と勝負しても勝てる自信は少しだけあった。

 事故で失ったのは私の大切な物。

 事故が奪ったのは私に無くてはならなかった物。

 私は足を大切にしていたけれど、どんな時だって全てお父さんとお母さんに褒められて認められてすごいねっていわれることが嬉しかったからで。

 厳しくて頑固な私のお父さんに頭を撫でられた時は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 事故は私の色んな物を奪ったけど、事故を起こした相手側の人は保険金だかなんだかって、自分だけお金をもらったりしていた。

 事故は私から奪った全ての物を相手の、トラックに乗っていたあの男の人にあげちゃったんだ。

 これから私がもらうはずだった幸せも、自由も楽しみもお父さんもお母さんも足も手も心までも。

 誰かに自分のことを話したかった。

 けれど、同情はされたくなかった。

 可哀想、と思われることも、そう思ってもらいたいんだと思われることも全部嫌だった。

 左利きだった私。

 絵を描くのが好きで走れない日は家でずっとお母さんの絵を描いていた。

 でもそんな手も私の元から去っていった。消えていった。

 義手は確かに凄い物だったけど、絵を描くほど細かいことは難しかった。

 それに、描き方もわからなくなってしまったしそもそも描きたいと思うことも無くなった。

 

 水が、一滴。どこかに落ちたような音がした。

 燃え盛る火の音とは近いようでとても遠い、水の音。

 

 「うっ……ぐすっ…ううぅっ…」


 また一段と大きくなった泣き声。

 もしかして、と泣き声の主がどこにいるのかわかった。

 一度も入ったことの無い部屋なのに、「あの場所」にいるだろうとわかった。

 私はすっと立ち上がると暖炉の横の小さな四角い扉を開いた。

 先程までは見向きもしなかった場所。

 新聞紙が貼ってあってわからなかった。

 四角い扉が少しだけ開いたとき、まるで氷付けにされたみたいな冷たい痛みが襲ってきた。

 風と細かな氷が私にあたって切り傷のような傷が出来そうだった。

 どうしても中に入らなくてはいけないような気がして、ここで立ち止まってはいけない気がして。

 まるで断末魔のような音とパキパキといった氷の砕けるような音が混じり合ってゆっくりと扉は開いてゆく。

 



 開けきったところ、中をのぞいてみると一人の幼女が膝を抱いて泣いていた。

 すすり泣く様に、大きな音を立てないように。

 髪は漆黒のストレートで隠すとこ隠しただけの黒い服のようななにかを纏っていた。

 体の縦に右半分だけは染まったように黒かったが、左半分は殆どが肌だった。

 服ではない、が、色を塗ったわけでもない。

 まるで毛のような、それでいてライダースーツのようなそれを纏った彼女は綺麗だった。

  立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん歩く姿は百合ゆりの花。

 私は、一般的には可愛い方だったと思うけどそんな美しさとは違うなにかがあった。

 花なんかではあらわせないが、しいて言うなら桜のような美しさではなく薔薇のような突き刺さり棘のある美しさ。

 桃色のようなほんわかとした可愛らしさも持ち合わせておきながらその冷酷な瞳は、青い、悲しみを表しているとしかいえなかった。

 私のような作り物の悲しいではなく、本物の、本場の悲しいを持っている人だった。

 いや、人ではないのかもしれない。

 人には無いものが全てかね備わっているようだった。

 私は、彼女に魅入っていた。




 

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