本の虫
「本の虫」
その本の虫は、平日の午後四時頃になると軽やかな足取りで本屋の入り口をくぐる。入り口近くで忙しなく新刊を積み上げる僕の後ろを通り、本棚の方まで真っ直ぐ向かっていくのだ。いつも彼女は宝探しをする子供のように落ち着かない面持ちで、頬はどことなく上気している。
本屋の一番奥で、彼女は小さな背丈よりも遥かに高い本棚の隅から隅まで、上から下までなぞる様に眺めてゆき、目に留まる本を探している。気になった本を手に取り、背面に書いてあるあらすじを読んで元に戻し、また眺める作業に戻る。その作業を一周済ませると、彼女はそのまま帰っていくのだ。本屋でバイトを初めて二ヶ月ほどで、店内を去る彼女の様子から、今日の「収穫」があったかなかったか分かるようになった。
店の奥から早歩きで去っていく時は収穫なし、入り口近くの新刊のある方を少し見てから店を後にする時は収穫ありのようだ。
気になる本を見つけられない日が大半らしく、平日店内をうろうろしていても、レジに本を持ってくるのは月に一回程度。見つけた日とは別の日に、探し当てた本を大事そうにレジに持ってくる。
「カバーはお掛けしますか?」
「お願いします」
会計を済ませると、彼女は一言「ありがとうございました」と言い去っていく。その時必ずレジ横のしおりを一枚貰っていく。
彼女の選ぶ本はどれも本棚の隅に眠っている良い作品ばかりだった。彼女の買った本を後から立ち読みしてみると、いつも僕の好みに合うものだった。財布の中身を確認して、時には食費を切り詰め、彼女と同じ本を買って読んだ。彼女を目で追うようになってから、寝る前に読書をするのが習慣になった。
ある日、バイトの帰りにホームで彼女を見かけた。
「その本面白いですよね」
僕はこの一言が、まだ言い出せない。