第七話【生海】
お食事中の方はすみません。後、今回は何時もより短めです。
青い海と青い空、イルカが跳ね回りたまにモンスターが海面から飛び出て来る所を覗けば、素晴らしい景色が目の前に広がるーーー。
「「「うぷっ!……オロロロロロロッ!!」」」
横で冒険者達が船酔いで吐いていなければな!
胃液特有の酸っぱい臭いと、吐き気を誘う音のハーモニーが船酔いしていない者達の吐き気を誘う。そんな地獄の様な船の甲板で俺はある物を持って待っていた。
「レフィ、吐くなよ?」
「うっぷ!む、無理かもしれません………。」
頑張れレフィ!お前まで吐いたら誰が俺のサポートをするんだ?お前には俺の釣りをサポートすると言う、今世紀最大の重要任務が待っているんだ!因みに俺が持っている物とは釣竿だ。そして待っているのは皆が吐き終わるのを、だ。こんな吐瀉物撒き散らす船から餌を垂らしても釣れないだろうし、釣れたとしても汚いからお断りだ。
「しかしまぁ、冒険者ってのはよく吐くな。」
吐いているのは冒険者だけだ。乗組員達は普段から船に乗っているので、船酔いはしないし同行している商人達は事前に酔い止めを飲んでいるので無事だ。レフィは顔が青ざめてはいるが、吐いてはいないのでセーフとしよう。因みに俺は常時発動スキル《状態異常無効化》を取得しているので、船酔いはしていない。船酔いはしていないが暇だ、とっても暇だ。だから釣りがしたいのだ。
今航行している海域は、生海の中でも有名な鮪の生息地ーーーシベスヒ海溝付近だ。餌を垂らせば200kgを軽く越える鮪がバンバン釣れる、絶好の釣りポイントだ。暇潰しには最適な場所だが、冒険者共が吐き散らすものだから釣りが出来ない。さっさと吐き止まないだろうか?
「まだ吐くのか?どんだけ胃液があるんだか……。」
「うっ…………お父様、私少し吐いて来ます!」
「レフィ!?待て!お前まで吐いたら、誰がこの状況を収終させるんだ!」
それにお前結構美人なんだから、慎ましくしているべきなんだよ!決して筋骨隆々のオッサン共に混じってゲロを吐く様な無様な醜態をさらしていい容姿じゃない!だから我慢しろ!
「レフィ!気合いで飲み込め!」
「きっ、気合いで!?む、無理でーーーーオロロロロロロッ!!」
「レフィイイイ!?甲板に吐くんじゃねぇよ!吐くならせめて海に吐け!」
俺の応援も虚しく、レフィは盛大に甲板で吐いてしまった。そしてそれを見ていた乗組員の何人かが貰いゲロをしてしまい、レフィと同じく甲板で吐いてしまった。そして船内に広がる刺激臭で、今まで吐き散らしていた冒険者達がさらに吐くと言う不の連鎖が続く。
「…………こりゃあ釣りは無理だな。」
こんなんで死海に辿り着けるのか不安になりながらも、レフィが吐いた吐瀉物を片付けていく。幸い俺は貰いゲロをしない体質(ゲームのステータス関係なく)らしく、手早く片付ける事が出来た。まったく、だらしない奴等だな!と思いながらその日は吐瀉物の片付けに1日を費やした。レフィ吐きすぎだ………。
惨劇のゲロ事件から1週間、皆の吐き気も治まった今日この頃、俺達は今陸から15km程進んだ場所にあるバウト海域にいる。本来ならばここより南東にあるエシリジー海域にいる筈なのだが、何やら妙な海流に捕まり流されてしまったらしい。まぁレフィ曰く、こう言う事はよく起こるらしい。と言うのも、今の時代、方角を正確に知る手段がないらしく(方位磁石は開発されていないらしい)ほぼ海図頼みで航海しているらしい。
つまり、かなりアバウトな航海をしているのだ。沖に出た船が遭難する事件は年数千件は起きているらしいので、どれだけアバウトに航行しているのかが分かるだろう。しかしまぁ、それはいいのだ。最終的には目的地に着けるだけの腕を持つ船長を雇ったとレフィが自信満々に言っていた。問題はここがバウト海域だと言う事だ。
この海域は船の墓場と言われているくらい、船の座礁率が高い。理由は3つ、1つは岩礁が多い事で船2~3隻分の間隔で岩礁がいくつもあり、ぶつかれば一撃で沈没だ。2つ目は海流、岩礁にぶつかった波が複雑な海流を生み出し船の向きを無茶苦茶に変えてしまい、最終的には岩礁にぶつかり沈没してしまう。3つ目は出現するモンスター、シーバイソンの存在だ。
シーバイソンとは所謂アメリカバイソンに似た巨大な魚型モンスターだ。アメリカバイソンとは、体長240~360cmの巨体を持つ牛の仲間で、物凄くゴツい体つきをしている哺乳類だ。シーバイソンは、そのアメリカバイソンの下半身が魚の様になっているモンスターで、突進が非常に危険だ。
そんなシーバイソンは、船を見ると興奮してしまい突進してくる、その様はまさに闘牛だ。因みにシーバイソンは体長10m近くあるので、今乗っている船に突進されたらひとたまりもない。そんな訳でこのバウト海域は船の墓場と言われているのだ。
「レフィ、俺はこの船に乗ったのを後悔しているよ。」
思わず船内の個室でバタンキューしているレフィに愚痴を溢しながらマスト上部の見張り台から海を見渡す。そうすれば、大量の巨大な魚影が船の周りをグルグルと囲みながら泳ぐ姿が見えてくる。大量に居る魚影なの中の1匹に《検索》を使うとーーー。
★ ★ ★
名前:シーバイソン
性別:♂
種族:魔族
level:8,000
★ ★ ★
ーーーと出た。
…………この船、沈んだな。
「冒険者共ぉ~!仕事の時間だぞ!さっさと出てきて戦え!」
自分で戦う気は毛頭ないので冒険者達を呼ぶ。まぁアイツ等のレベルでは歯が立たないだろうが、魔導式砲を使えば撃退くらいは出来るだろう。この数相手に砲弾が足りるかは分からんが…………。
「うわぁああ!!シーバイソンの群れだぁ!死ぬぅ、絶対死ぬぅ!」
「あぁ、主よ我等を守りたまえ!」
「レフィ殿!!助けてくだされぇ!」
「助けてくれぇ!!」
「シーバイソン………。」
「アハハハハハッ!?」
「もう駄目だぁ!」
「HAHAHAHA!!」
……………情けない、取り乱し過ぎだ。それでも冒険者かよ?昔は格上のモンスターをバッタバッタと薙ぎ倒し、罠を掻い潜り未知なる物を求めて駆けずり回る者の事を冒険者と呼んでいたのだ。まだ誰も発見していないフィールドに踏み込み端から端まで調べつくし、次に来るものに情報を売る。
時には強いモンスターに出会うがそれはご愛敬、寧ろそれが冒険者の醍醐味と言えるくらいだ。それを今時の奴等はビビって自分より強い奴に任せ様としたり、神頼みを始めたり情けないったらありゃしない。
「まぁこの船が沈んだら俺も困るし、手伝うか………。」
海での戦闘ならば、やはりアレだろう。メニューを開いてアイテムボックスの奥底に眠っている1本の槍を取り出す。神槍トライデント、現実では海の神ポセイドンが持っているとされる槍で、【エデン】では水を操る槍として登場する。水辺においてこの槍に勝てる武器は存在しないと言わしめた槍だ。
ただし攻撃には水属性の効果が付くので、水生モンスターには余りダメージは与えられないので、対人戦用の武器として使われる事が多い。因みにこの槍は神級には珍しく、数本存在する武器だ。通常神級の武器は、ゲーム内に1本だけしか存在しない物が多い。エクスカリバーしかり草薙の剣しかり、どれも1本だけ存在しており、手に入れるには所有者から奪うか自力で探すかだ。
しかしトライデントは全部で25本ある。勿論何十億人がプレイしている【エデン】において25本しかないのは少ないと言えるだろうが、神級ならば話は違う。神級で同じ物が25本もあればそれは多いと言えるのだ。
俺は何故かトライデントを5本持っているのだが、使うのは今回が初めてだ。
「まずは狙いを定めて…………水でシーバイソンを打ち上げる!」
槍先をシーバイソンの魚影に向けて、水を突き刺すイメージで槍を前に出した後、思いっきり上に引き上げる。するとシーバイソンの周りの水が打ち上がる。
「おぉ~!大漁大漁!」
大量のシーバイソンが水ごと打ち上げられて空中に放り出される。そこで素早くアイテムボックスから別の槍を取り出す。トライデントとはまったく違うデザインの銀色の柄に綺羅びやかな宝石で装飾された槍で、名前は聖槍ブリューナク。
神級の中では威力が弱いが手数が多い、今の様な大量の敵が居る時に活躍する武器だ。ただしこれは余り使いたくない、何故ならーーー。
「聖槍ブリューナク!我が呼び掛けに答え、千の矛を生み出し敵を殲滅させよ。」
……………………恥ずかしい!!そこの君!今、何この中二病じみてる掛け声(笑)ーーーって思っただろ!仕方ないじゃん!これ言わないとこの槍使えないんだよ!俺だって言いたくないんだよ?けど言わないとこの槍ただの棒切れと変わらない能力しか発揮しないんだ!
そうこうしている間にも俺の周りにはMPで出来た光りの槍が何百本も展開されていく。周囲に展開されているのは魔法スキルの《ホーリーランス》と言う光属性の上位属性、聖属性の魔法で出来た槍だ。聖槍ブリューナクの能力は、《ホーリーランス》を千本までMPを消費せずに放つ事が出来ると言うものだ。
「よし、千本揃ったな………貫け。」
最大数の千本にまで《ホーリーランス》が出揃ったのを確認すると同時に発射の合図を出す。すると俺の周りに展開されていた槍が、四方八方に飛び散る。この《ホーリーランス》に追尾機能等ないので、合図と同時に光りの槍が360゜全方向に適当に打ち出される。
まぁ槍が飛んでいく方向くらいは調節出来るので船に当たらない様に微調整しながら打っていくのだが、殆どはシーバイソンに当たらずに海に突き刺さり水柱を上げるだけに終わる。まぁ1匹につき2~3本当たっているのでよしとしよう。
当然魔法2~3発で倒せる訳がないが、《ホーリーランス》には光りの波動と言う特殊な効果がある。これはモンスターの動きを大きく損なわせ、一時的にモンスターの動きを止めるのだ。レベル8,000を越えているモンスターならば、大体10~15秒くらいは足止め可能だ。
10~15秒あれば広範囲魔法スキルを1発撃つには十分だ。
「やっぱり水系のモンスターには雷だろーーー《十字雷》。」
水は雷に弱い、それは特定の状況下でなければ必ず成立する事だ。今回は特定の状況下には当てはまらないので、当然シーバイソン達に十字架型の雷が幾つも降り注ぎ殲滅していく。これを使うと雷のゴロゴロと言う音でうるさくなるので滅多に使わないスキルだ。
《ホーリーランス》をくらいプカプカと海面を漂っていたシーバイソンは、一瞬の稲光と爆音に包まれた後ミディアム程度に焼けて浮かんできた。まぁミディアムなんて言い方したら美味しそうだが、実際は肉の焼ける酷い臭いと飛び散る焼けた脂肪のベタつきで酷い事になっている。
主に甲板で嘆いていた冒険者達が………。因みに俺は高い位置にある見張り台に居るのでそこまでの被害はない。まぁ油が余り飛んでこないだけで、肉の焼ける臭いは俺の鼻に直撃している。
「しまったな………これじゃあまた冒険者共が吐いちまう。」
甲板で吐いていないか心配になり(甲板に吐かれたらまた俺が後始末しなければならないからな)甲板を見てみると、助かった喜びで泣きながらバグしたりしており、吐いて居る奴は居なかった。
ーーーーしかし!
「何事ですか!?」
先程の冒険者達の嘆き声や、雷の音、その後にきた歓声が船内にまで聞こえたらしく、レフィが勢いよく扉を開けて甲板に出てきた。しかし甲板には肉の焼ける臭いと飛び散った脂肪のベタつきが充満しているのだ、なのでレフィは当然ーーー。
「ッ!?ーーーオロロロロロロロッ!!」
ーーー吐いた。
「てめぇレフィ!甲板に吐くんじゃねぇよ!誰が掃除すると思ってんだ!」
俺がレフィに向けて思いっきり怒鳴ったので、その声に気付いた冒険者達がレフィの方を向いて顔を青醒めさせる。………これは不味いな。
「「「うっ!!ーーーオロロロロロロロッ!!」」」
………貰いゲロしやがったよあの冒険者共!つーか吐き過ぎだろ!?まぁお前等はまだいいよ、ちゃんと甲板じゃなくて海に吐いてるから……。問題はレフィだ!てめぇ肉の焼ける臭いくらいで吐いてんじゃねぇよ!しかも甲板で!
「レフィ!てめぇ後で覚えとけよ!」
「ずみまぜん!でもーーーオロロロロロロロッ!!」
謝りながらも吐き続けるレフィに流石に哀れみの視線を向けてしまう。だって哀れだろ?謝りながら吐くんだぜ?哀れ過ぎるだろ?そうしてその日は、吐瀉物の掃除をしながらレフィを哀れみ続けたのだった………。
黒ひげまでの道程が長いですかね?でも何故かレフィの哀れな姿を書いて見たくなったんです。次こそは黒ひげが登場して、主人公がマジで戦います!交互期待を!(まぁ戦描写はあんまり書いた事がないので、自信はありませんが………。)