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ミュージックガール

 今ではもうめっきり見かけなくなってしまったが、私が子供の頃にはミュージックガールというのが町のそこかしこに立っていた。高尚とは程遠い文化で、遊ぶのは子供ばかり、大人達は下らなそうにそれを眺めていた。熱中していた私自身、今思い返してみれば一体何が面白かったのかはっきりとは思い出せないが、当時は良く買い物で余った小銭を握りしめミュージックガールの所へ走っていた。

 ミュージックガールは音楽を奏でる道具で、硬貨を差し出すとちょいと受け取り胸ポケットに入れ頭部から歌を発する。ただそれだけの道具だった。その他の、世の中に数多ある再生機器と何が違うのかと言われれば、それは再生される音が劣化される事にある。録音した音楽はミュージックガールの記録装置の中に曖昧に収納され、歌う時も頭部を通して曖昧に再生される為、元の音楽と随分違ってしまう事がある。機器毎に大きく性能が違う事も特徴だった。

 ミュージックガールは概ね日の昇る頃から日の沈むまで同じ場所に立ち、求められれば音楽を奏でるが、日に一度食事を摂りにその場を離れる。私は友達と一緒にいつもその後を追って様子を観察していた。自分達の渡した貨幣が食事に変わり、それがミュージックガールの栄養になっているのだと考えると、何か小鳥を飼っている様な心地で楽しかった。

 友達は銘銘お気に入りのミュージックガールが居て、私もその類に漏れず、小鳥の歌等の古い童謡を上手に歌うミュージックガールが好きだった。古い歌を歌うというだけで友達からは馬鹿にされるので、一緒に遊んでいる時には決して赴かなかったが、一人っきりで暇を飽かすと必ずそのミュージックガールの下へ向かった。

 ある日、ミュージックガールは日が暮れた後はどうしているのだろうと気になった。早速確かめてみようと、そのお気に入りのミュージックガールが日の暮れた後に帰っていく後をついて行った。最初はきっと食事を摂りに行くのだろうと思っていたのだけれど、いつも向かう食堂では無く、何か別の方角へと向かっていった。食べに行くのでないなら一体何処へ行くのだろうと不思議に思いつつも、何か興味深い思いで、何処へ行くにしても終わりまで見定めてやろうと後をつけた。

 町の街頭が灯り、日が完全に沈み、夜がやって来てもミュージックガールは何処までも歩いていた。段々と景色が変わって、道の両側に妙に背の高い建物が並び、それが煌々と灯りを発して、中からはがわんがわんと騒がしさが漏れ聞こえ、ひっきりなしに人が出入りして、出入りする人は道にも溢れ、私の視界を沢山の人々が横切るので、私はミュージックガールを見失いそうになって焦りながら必死になって後を追った。既にそこは私にとって未知の場所で、前を行くミュージックガールだけが私の道標であった。辺りをまるで知らない世界に囲まれていたが、それに対する不安を抱く前に、ミュージックガールは先へ先へと進んでしまうので、不安すら抱く事が出来ず、ただひたすらに前を歩く道標の後を追う事、もうどれ位経ったのかも分からない頃、ようやくミュージックガールは目的の場所に着いた様で、辺りと比べて一際華美に光を発する建物へと歩む方向を変えた。

 建物の前には広く大きな階段があって、ミュージックガールはそれを悠々と登っていく。私もそれを追って階段を登り切ると、赤い敷布で作られた道の上をミュージックガールは何処か自信のこもった様子で歩いていた。その進む先には大きな扉があって、何か黒い服を着たガードマンが厳めしい姿で立っていた。何やらその物物しい雰囲気が非常に怖かった。一縷の望みを持って後ろを振り返ったが、小さな人間達が流砂となって、私がさっきまで歩いていた道を混ぜ返しているのを見るにつけ、もう後戻りは出来ない事を悟って私は前へ進む事にした。私はこの大胆な冒険を先導してくれたミュージックガールにすっかりと心を許し、自分の家にある人形に対する様な仲間意識を持ち初めていたので、前へ進むと決めた途端に、急いでミュージックガールへと駆け寄った。

 ミュージックガールとガードマンは何か頭部から信号を発し合っていた。私にはそれもまた恐ろしく思えて、更に足を早めミュージックガールの下部に抱きついた。その瞬間、何か熱感を持った衝撃にやられて私の意識は飛んだ。

 気が付くと、私は淡い橙色の強い照明の光に照らされたホールの中、柔からな椅子の上に座らされていた。前方の真っ白なステージから扇状に広がった赤い客席の丁度真ん中辺りに私は居て、そこが何処で何をする場所だかも分からなかったが、客席という客席をミュージックガール達が埋めているのを見るに何か修理工場の様な場所なのだろうと当たりを付けた。隣を見るとあのミュージックガールも居て、私の視線に気が付いて、お金も渡していないのに何か歌を歌い出した。その歌は他のミュージックガール達へも次第に伝播していった。始めの内は心地良かったのだが、やがてはそれがホール中の合唱へと変わって、頭の中を揺さぶる大量の歌声に耳をふさぎたくなった時、突然照明が消えて真っ暗になった。同時に歌声も止み、何かと思っていると、前方のステージだけにただ一つの灯りがついて、そこに大型の再生機器が現れたかと思うと緩やかな曲調の歌を奏でだした。

 ここはミュージックガールが歌を覚える場所だったのかと、初めの内こそ物珍しく目も冴えていたのだが、ずっと歩き通してきた疲労の中、ステージにある一台の再生機器を眺めつつ、別段興味も無い歌を聞いていると段々と眠りがやってきて、やがて眠りへと落ちた。

 次に目を覚ました時は自分の部屋で、起きるなり親が何やかやと責め立ててきた。私はありのまま起こった事を話したのだが、両親は信じてくれず、結局私は遊びに惚けて門限を破りそれを言い逃れる為に嘘を上塗っている事にされた。昼に遊びに出て友達に話してもやっぱり誰も信じてくれない。確かに両親や友達の言う通り、町の何処にも私の見た様な背の高い建物やミュージックガールの集まるホール等無い。まさか町の外に出る事が出来た訳でもないだろうし、それを踏まえて今思い返してみれば夢だったのだろうと思うのだが、あの頃は本気でその夢が現実だと信じていて悔しさで一杯になり、またミュージックガールを追いかけてあのホールに行ってやろうと強く思った。

 そうしてその日の暮れの頃、私は私の事を一向に信じない友達を誘ってミュージックガールの後を追おうとした。けれど友達は一人二人と帰ってしまい、結局私一人でミュージックガールの下へ向かった。

 果たしてミュージックガールは夕暮れを合図に帰るところであり、好都合と思い後をつけた。しかしその日は前日と違って、常日頃と同じく食堂へと向かい、いつもの通り食事を摂り始めた。その食べ様が余りにも遅いので、私は焦れながら早く食べ終われ早く食べ終われと念じていると、願い叶って食事も半ばにミュージックガールは立ち上がって店の外に出た。

 私もすぐに店の外に出て通りを見渡したがミュージックガールの姿が無い。逃げられたのかと駆け出そうとして、店と隣の店の間にある小道の、木枠で囲われたゴミ捨て場の向こうにミュージックガールの歩く姿を見つけた。すぐに角を曲がって消えたので、私もゴミを乗り越え角を曲がると、夕暮れの届かない暗がりの小道でミュージックガールが壁にもたれて座り込んでいた。物一つ無く音一つ無い暗い路地に、先程までの快活な様子が消え座り込んでいるミュージックガールの姿は、何だか滅びと荒廃を描いた絵画の様で、私はミュージックガールが壊れてしまったんじゃないかと恐る恐る近付いた。私が手の触れられる場所まで近付いた時、突然にミュージックガールが起動して小鳥の歌を歌い出した。私は戦いて転び、何か恐怖めいた感情に突き動かされて、一つ前の小道に戻り、物陰から歌を歌うミュージックガールを観察する事にした。やがて路地の向こうから黒い服を着た何者かがやってきて、ミュージックガールを連れて行ってしまった。

 後に残された私はしばらくぼんやりとその場に残っていたが、いつまで経っても黒服もミュージックガールも戻ってこないので、恐らく何処かに消えてしまったのだろうと思って家へと帰った。家に帰ると二日続けて帰りが遅くなった事を怒られた。理由を尋ねられたが、また信じてもらえない様な気がして、路地の裏に入って遊んでいたら遅くなったとだけ告げた。

 翌日、いつものミュージックガールが居る筈の場所へ行ってみると、姿が見えなかった。何となくあのミュージックガールとは二度と会えない様な気がしていたので、やっぱりという気持ちが強かった。お気に入りのミュージックガールが居なくなると途端にミュージックガールに対する熱が冷めて、友達と一緒に何となく通うだけとなり、やがて友達も飽きだすと、ミュージックガールの歌声を聞きに行く事は無くなった。

 それから数年して次第にミュージックガールの数は減り、今ではめっきり見なくなった。ただ何となく思い出しては語られ、そうして語られ終えると忘れられるだけの存在になった。私にとっても多少のノスタルジアが湧くだけで、強く心が動かされる事は無い。ただあのきらびやかな町だけは、未だに思い出す度、何だか心がざわめいてしまう。今もそうだ。この町が何か食い違っているんじゃないかと不安に思えて止まない。

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