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エッタウタ

 私の休日というとそれは散歩と同義である。

 何かするでも無く、ただ歩く。

 最近は公園に行く事が多い。

 私よりも大分年の若いお母さん達が幸せそうに子供達を眺めていると微笑ましくなる。

 もしも何か間違えば、公園で繰り広げられる幸せを、私だって味わえたのかと想像すると楽しくなる。

 あるいは、私とまるで違う幸せそうな人生の謳歌が心地良いのかもしれない。

 だから私はその日も公園に行った。


 子供達の明るい様子を眩しく思っている内に、日は過ぎて、公園の人々は帰っていく。私はたった一人でベンチに座る。

 日の暮れた赤い闇の中、彼方から不思議な音が聞こえてくる。

 何かと思って見上げると、空の彼方に一筋の、夕暮れを照り返す赤い線。その上を走る赤い汽車。

 汽車は蒸気を吐き出しながらこちらへやって来る。しふしふしふと唸っている。

 気が付けば私はホームに居て、公園駅で汽車を待っている。やがて私の前で汽車が止まって、客車の入り口が丁度私の前に開かれ、中から一人の青年が、タキシードを着て、優雅な動きでホームに立つと、中折れ帽子を掴んで、恭しく礼をする。

 戸惑う私に、青年は微笑んで客車の中を手で示す。招かれた私がおずおずと乗り込むと、扉は閉まり、警笛が鳴る。

 汽車はがたりと体を揺らし、夜空へ向かって走り出す。星の広がる夜に向かって、まるで水底へ沈み込む様に。

 眼下には何処までも広がる街の、窓から漏れる灯達。私はその一つが気にかかる。

 少年が一人、ベッドの上で本を読んでいる。とても寂しそうな顔で、窓の外をちらちら見ては、大きな溜息を吐いている。とても悲しそうに。

 私はそれを見て、何だか懐かしい悲しい気持ちになった。手を差し伸べてあげたくなった。

 汽車は私の意のままに町並を縫って、箒で跳ぶ女の子を器用に避け、窓を渡る鳥達の下を潜り、洗濯物を運ぶロボットに風を吹きつけ、透明の汽車は誰にも気付かれる事無く少年が外を覗く窓へとやって来た。私が少年に手を伸ばしても、少年の目は透明な私をすり抜け遠くの空へ注がれている。私が少年の頭に触れると、汽車が走りだす。少年の顔に浮かんだ笑顔を見届け。空へ向かって。

 次の駅は、両親の居ない少女、その次は子供の居ない夫婦。伴侶の居ない男。貧困に溺れる老女。

 町に不満を持つ男達、授業に退屈している子供達、ライバルへの恨みが止まない女、隣の騒音が気になる家族、友達の居る孤独に苛まれる青年、周囲の期待が苦痛な少女、立ち退きの催促に疲れ果てた老夫婦に、催促する事に疲れた役人、料理が美味しく出来なかった女に、賭け事に負けた男、石に躓いた老人、ボールを無くした少年、不満を持つ沢山の人々、人の数と同じだけの駅。

 終着駅は公園で、初めと同じ調子で制帽を取った車掌は深々とお辞儀をした。私がホームに降り立つと、汽車は扉を閉めて、またしふしふと唸りを上げながら、朝焼けの空へと消えていった。

 消えて行く彼方に、大きな赤い光が立ち上っていた。ゆらゆらと揺らめいていた。

 公園を出て帰ろうとすると、反対側へと走る人の流れが襲ってきた。

 少年、少女、男、老女、子供達、女家族青年少女老夫婦女男老人少年、人人人。

 それを追う、炎、炎、炎の壁が迫る迫る、迫ってくる炎の壁は町を飲み込み、飲み込みんでも飽きたらずに逃げる人々を追って追って、ひたすらに追ってくる。

 私は人の波に飲み込まれながらも追ってくる炎から何とか逃れて、空を飛ぶ少女の後ろを走り、空へ逃げる車に群がる人々の脇を通り、炎を食い止めようとするヒーローの空飛ぶ勇姿を見送って、家に辿り着いてニュースを眺めながらご飯を食べて、明日もやっぱり会社があるのだという事にうんざりしながら、お昼を何処で食べようか考えつつ眠りについた。

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