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夢の扉  作者: 久留里
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プロローグ

 引っ越し用トラックからあまり数の無い段ボール箱を降ろし、新しい住居となるアパートのいちまるよん号室に運ぶ。大した量ではないので引っ越しのエキスパートたちをここに呼び出すのもやめにした。少し重いがこれくらいなら非力……とまではいかないが平均よりちょっとしたくらいの自分の力でも十分に有り余るくらいだろう。

 

 貼られたガムテープを剥がすびーっとか、べりべりという音が心地よいわけではないが不快になるわけでもなく、ただ脳味噌を冷静にさせてくれるようだ。脳内にいつの間にか溜まっている「破壊衝動」とかそういう衝動が解消されるのだろう。ああ、単純。


 今も言ったように、人間は複雑そうに見えて割と単純にできているんだと実感する時がそれなりにあると思う。例えば、ニュースとかでやっているごくありきたりな事件とか。男女のもつれだの、金銭トラブルだの当事者的にはどうでもいいことではないのかもしれないが、そんな小さいどうでもいいことで人間を簡単に殺めてしまう。些細なことで「キレ」たりすることだってある。自分はそういうことを極力抑えようと思う。些細なことで人を傷つけるなんて馬鹿らしい。


 そんなどうでもいい脳内の自分のひとり言は過去の自分の部屋に放っておくとするとして。現在の日時は3月26日の午後1時を少し回ったくらい。学生生活を送る者にとってこの時間帯というのは学校の休みが続いてそろそろ朝起きるのが辛いといったところだろうか。要は、春休みである。次に学校に行くときは進級したときである。仲良くなった友達と次も一緒になれるといいねと話して、同じになれればお互いハイタッチして喜び、なれなかったら残念だったね……と肩をたたき合う。そんな一喜一憂も今年は心配なさそうだ。


 現在の時点で高校一年。ぴちぴちの16歳だから、四月一日で高校二年となる。高二というと、いろんな物語などで活躍する事の多い時期だと思う。……活躍したいなどとはとかけらも思っちゃいないのだが。


 自分が、高二という中途半端な時期に何故親元を離れてアパートで独り暮らしを始めようとしたのか、ということを大したことでもないが、今から話たいと思う。


 理由は大きく分けて二つ。一つは高校入った直後にはもう一人暮らしをする予定だったのが、なかなかいい物件が見つからず流れ流されてこんな時期になってしまったということ。主な要因はそれなんだが、もう一つ、言わなくてもいい些細なことなのだが二つといってしまったからには言わなければいけない。男に二言はない。その……自分が引っ越してきたこの街には、自分の母親の妹が住んでいる。そしてその妹は所謂作家というもので。そして、なんというか……社会に適合してない人らしい。簡単に言うと家事全般ほとんどやらないらしい。いや、やらないのではなくできないといったほうが正しいかもしれない。She can not ~なのだ。また、自分は漫画より本、活字が好きという人間なものだから、母親の社会に適合していない妹さんのことを知るべく彼女が執筆した本をいくつか買って読んでみたのだが、これがなかなか面白い。ジャンルは様々だが、その中でも今の自分くらいの少年少女の描写がものすごく生き生きとしていると思った。何故社会に適合していなくて、本に出てくるキャラクターと正反対の様な生活をしているのに生き生きとした描写ができるのか、疑問を通り越して感動を覚えた。


 そして、自分が住むことになったこのアパート、以前住んでいた人が上京するためにいなくなったため入ることのできたいちまるよん号室。その隣。いちまるご号室に彼女は住んでいる。ここまで言えばなんとなく言いたいことは伝わるような気がする。伝わらない人のために。自分の叔母さんの半世話係みたいなことをやらされる事になっているらしい。その代わりに家賃は殆ど叔母さんが負担してくれることになっているらしい。双方の得になることでここに住むことができたのだろう。自分も家事全般は別段嫌いでもない……いや好きだ。普通の高校生男子であると苦手な炊事洗濯掃除裁縫などは一通りこなすことができると自負している。それに、一人暮らしすることのできるアパートができたのである。即断できるレベルだろう。一石二鳥というレベルじゃない。四羽くらい落とせそうだ。


 しかし、考えてみると凄いことなのだとわかる。自分の母親が現在4×歳だから、その三つ下……つまり××歳となる。その年で、家事全般ができないっていったいどんな生活をしてきたのだろう。また、叔母さんへの疑問が増えた。


 どうやら自分の脳内は一つのことを考えるのが苦手のようだ。先程から頭に浮かんでくるものがどれも噛み合わさっていないパズルのようで、ぐちゃぐちゃとしている。これだから学校のテストでいつも平均点ぎりぎりや、赤点すれすれで回避程度しか点数が取れないのだ。


 ううむ……こんなことじゃあ、片付けるのにも随分と時間がいることになるな……


 野郎一人の部屋の片づけなど細かく描写しても仕方がないので割愛する。全部が全部今すぐいるというものではないので、そういったものは1つの段ボールにまとめて隅に置いておく。それ以外は出してセットした。ある程度は片付いた。


 片付いたところで隣の叔母さんにあいさつにでも行こうか。現在の時刻は5時を少し回ったところ。夕飯を作り始める人が出るくらいの時間。……叔母さんが作ってるわけもないだろうが。いや、そうなるとあの人は今までどうやって生きてきたのだろう。餌付けでもされていたのだろうか。……話が逸れる前に話を戻す。そして、行動に移す。


 行動に移すといってもドアを開けて、およそ10歩右に進んでドアの横にあるチャイムを押すという簡単な作業。時間にしておおよそ43秒だった。数えてみた。無駄な労力にもならないくらい無駄な行為だった。


 チャイムを押すと若干古臭いぴんぽん♪ と、間延びしない(今のチャイムはぴーーんぽーーーんみたいな感じな気がする)音が鳴る。出てこない。もう一度押してみよう。ぴんぽん。出ない。もう一度押して何の反応もなければ連打をしようと思う。最後のチャンスだ。ぴーーんぽーーーん……………………反応なし。ならば連打するしかない。男にはやらねばならない時があるッ、なんて意気込んでいるとガチャリと鍵の開く音がする。しゅぅ、と空気の抜けたような音が頭の中で鳴った気がした。

「はぁい……新聞はいらないですよ~……もう新聞あります~……」


 眠たそうに、間延びしてそう言ってドアを閉めようとする女の人が一人。待てよ、閉めようとするなよ、せめてこっち見ながら言えよ。眠そうに眼をこすりこすりうわ言のように呟いてんじゃねーよ。と、殆ど会話したことのない人をいきな突っ込みという名前の罵倒を繰り広げるのは流石に悪印象を与えると思ったので、ぐっとこらえて閉めようとするドアに手を伸ばす。


「あの、新聞勧誘じゃないです。……隣に引っ越してきました有原真白アリハラマシロです」

「だから……新聞いらな……ん?」


 やっと異変に気が付いたらしい。

「ああ、姉さんのところの~。予定より早く着いたのね。わたしはあなたのお母さんの妹ってことになってます此村コノムラアサミって言います~。今後真白君のお世話する……むしろわたしがお世話になると思うので~よろしくね☆」


 やっぱり間延びした言い方なのが気になるが、何よりも気になるのがその容姿だった。なんというか、大人には見えない。これで制服着て「高校二年生です~」とか言われたら納得できるレベル。本当に内の母親の妹なのか? いや、確かに自分の母親も周りの同年代の母親と比べたら「若い」と言われたりするらしいが、それと比べ物にならない若さな気がする。何食ったらここまで若さを保てるんだろうか。先程の疑問がどうでもよくなるくらいの大きな疑問だった。

「早速で悪いのだけれど……ご飯お願いしていい?」

 脱力。しかし、断るわけにもいかないので「……わかりました」


 今から作るものだから下ごしらえが必要なものは作れないから、ひとまず冷蔵庫の中を見てから決めようと思う。

「とりあえず、作りますけれど……中に入って冷蔵庫の中身見せてもらってもいいです?」

「たぶんそれはしなくても~。……だって何も入ってないですもの。ものもの」

「……は?」

「だから~、買ってきてもらえるとうれしいなぁ?」


 と、言うことらしい。買い物に行こう。話はそれからだ。どうするか……この時間帯から作るものならあまり手間のかかるもの、下準備が面倒くさいものと、あと自分がうわ、作りたくねぇって思ってるものは作れないと思う。手軽にできる美味しいもの……美味しいもの……しいもの……ぃもの……の……セルフエコー。


 このアパートは徒歩およそ15分弱で最寄りの駅、自分が行くことになる高校が自転車でおよそ7分くらいの場所にある。そして、高校のすぐ傍に大きめの商店街がある商店街の名前は《夢見商店街ユメミショウテンガイ


 商店街というと、その土地に由来されたような名前が付いたりするのがセオリーだったりするんだけれども。これはどうしてこういう名前なのだろう。


 そういえば。この街の公共の施設には夢、という単語が含まれるものが多いようだ。最寄りの駅の名前も《夢上水ユメジョウスイ》と、言う名前だったし。なんでなのだろう。……後々解決するだろうということで、今は頭の片隅にある疑問ボックス(現在は叔母さん関連で割と埋まっているのだが)に放っておくとする。


 自分にとってこの場所は行ったことのない未知の場所であるから、目があちらこちら泳いで落ち着かない。きょろきょろ。


 そんなわけで、商店街の真ん中あたりに位置する中尾さんが営んでいるお店から缶のトマト、スパゲティミートソースのもと、パスタ……エトセトラエトセトラ。を購入して帰路につくとする。やはり帰りもきょろきょろしながら帰っていると丁度部活帰りなのか、よく分からないが制服を着こなしてスカートの下にジャージを着ている女の子が歩いてくる。こちらが避けようとすると、同じ方向に避けてまた逆方向に避けると同じ方向に動いて……を少し繰り返した。譲り合い精神がぶつかり合うのと、視線と視線がぶつかり合う。女の子は「へへ……」とちょっと照れくさそうに笑って反対方向に避けて自分と正反対の方向に向かう。自分は通りざまに「すみません……」と呟く。彼女の耳に届いたかどうかは分からないけれど。


 さて。帰ろう。そして、作ろう。


 何を? スパゲティミートソースをだ。

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