元素23 急展開と言う名の急展開
「……っ!?」
中澤からの電話を受けた俺は闇夜の中を駆け出した。
じめじめとした夏の夜の空気。
鳴く蜩。
そして、輝く月。
俺は必死に走り、深夜の公園にたどり着いた。
そして……
ズシャッ!!!
「……っ!?」
目の前で、琴浦さんが斬られていた。
俺は目を見開く事しか出来ない。
汗が頬を伝い、走ったせいで息もきれぎれ。
早く鼓動を打つ心臓は酸素を求め、口は開かれたまま。
しかし、脳がそれに答えない。
目の前で、巨大な薙刀を構える男に、琴浦さんが斬られているのだから……
「……こ、琴浦……さん?」
俺はボソッと呟く。
小さな声で。
「……おや? そこに誰かいるのかい?」
その小さな呟きを聞いた男は、こちらへと振り返った。
小太りで中年くらいの男。
街灯に照らされたその顔には立派な髭。
シワの寄った勇ましい顔。
「……君は、もしかして黒鉄君かい?」
男は手に持つ薙刀を一振り。
そして、その薙刀に着いていた赤い血液が宙に飛んだ。
俺の脳は反応しない。
ただ、心臓の鼓動だけが速くなる。
「黒鉄君だよね?」
男は半笑いだった。
歪む口元。
細まる眼。
「……黒鉄君、君とは初めて会うね。まずは自己紹介しようか」
俺の脳が、ゆっくりと覚醒しだす。
「僕の名前は杵島結晶。杵島はがねの叔父だ」
「…………」
俺はグッと拳を握る。
「どうしたの? 顔、怖いよ?」
「……るせぇ」
「……ははっ、でもまさか、こんな所を見られてしまうとはね」
「……黙れ」
「いやぁ、怖いよ怖い!!」
「……喋るな」
「まあまあ。一旦落ち着こうよ黒鉄君」
「…………」
そして男は、人差し指を鼻の頭に持ってきて、その視線を俺に向けた。
「ほぉら黒鉄君、一回深呼吸してこらん」
「……お前達の目的はなんだ」
「ほらほら、吸ってぇ吐いてぇ」
「……なんで先輩を拉致する」
「黒鉄君、今日はいい匂いがするよね、空気」
「……なんで化学部のみんなを襲うんだ」
「いい匂いだ……そうだね、鉄の匂い」
「…………」
「そう、この琴浦咲奈の血の匂い!!」
「……ッ!!」
その時、俺は駆け出していた。
相手は薙刀持ってる。
そんなヤツに素手で、しかも真っ直ぐに向かっていくなんて無謀。
けど、押さえ切れなかった。
先輩を拉致して、みんなを傷付けて。
恐怖もある。
正直怖いよ。
けど、あの時の先輩の顔を見て……
俺の中の何かが、おかしくなった。
「……ははっ、哀れ」
……カッコ悪い事に、俺は男の初撃でやられてしまった。
俺が向かって行った先で男……杵島結晶は薙刀を構える。
そして、その薙刀のリーチを生かし、向かって来る俺の右肩を斬り裂いた。
喧嘩なんてしたことすらない俺がかわせるハズもなく、肩から真っ赤な血液が飛び散った。
「くっ……」
強烈な痛み。
身体が斬れる痛みなんて初体験。
俺は思わず地面に倒れこむ。
奇しくもそこには、背中に傷をおった琴浦さんの姿が。
「こ、琴浦さん……」
意識を失っているっぽい琴浦さん。
その背中からは真っ赤な血が……
「くっ……とりあえず止血を……」
俺は地面に這いつくばりつつも、何か止血に役立ちそうなモノを探す。
その時、俺の目の前に杵島結晶がしゃがみ込んだ。
「よぉ!」
「……っ」
俺は結晶から目を反らす。
「なんだいなんだい、つれないねぇ」
一方の結晶はつまらなそうな表情。
その手には相変わらず薙刀。
「……まあ、本当は黒鉄君にはまだ手を出しちゃいけないんだけどね」
「…………」
結晶の呟きを俺は聞き逃さない。
倒れつつも両腕で琴浦さんの傷を押さえつつ、俺は結晶を睨んだ。
「……どういう事だ」
「ふふん、秘密」
「そもそも、杵島家の目的って何なんだよ!」
「それも秘密」
「くそっ……」
「残念だね」
ニヤニヤと笑う結晶は、再び薙刀を構える。
「……でも、一つだけ教えてあげようか?」
結晶はその場で立ち上がり、薙刀の矛先を俺の眉間に構えた。
俺、思わずビクッ!
「杵島家っていうのは、元々裏社会に生きてきた極道一家なのさ」
「裏社会……極道……っ」
俺はその単語一つ一つに反応してしまう。
裏社会とか、漫画の中でしか聞かない単語。
俺の動揺お構い無しに、結晶は続けた。
「裏社会にもこの世の中と同じで行政ってのがあるんだよね。杵島家は代々その裏社会の行政を握る、言わば政府のようなモノなのさ」
「……マジか……よ」
「まあ突然だから信じられないかもしれないけどね。杵島家現当主はギンなんだけど、次期当主は自然とギンの子供か兄弟となる」
嫌な予感がした。
「生憎ギンはまだ独身で子供がいない。と、なると万が一の時の現次期当主はギンの兄弟となる訳で」
背中に走る悪寒。
まさか……
「ギンの一つ下の兄弟、妹こそが……はがねなんだよ」
「……それでか」
なんつー理由だよ。
「昔からはがねは裏社会を嫌っていてね、現代社会で生きるんだと普通の学校に通っているんだ。それが石鉄高校」
「……先輩っ」
「実ははがねの他にもあと二人兄弟がいてね。
ギンの弟ではがねの兄に当たる人物もいるんだけど、その子は養子だし、はがねの下の妹はまだ中学生だし」
「それで……先輩に……」
何だよそれ。
家の事情で嫌な裏社会の当主になる?
本人の意思は無視してか。
「本当にはがねには手をやいたよ。裏社会の家に産まれて、裏社会を嫌うなんて、本当の本当に馬鹿馬鹿しいよね!」
……ふざけんなよ
「だからさ、僕達も考えたのさ。はがねを裏社会に引きずり込むための作戦を」
……ふざけるな、ふざけんなよ!
「そして一つの考えが浮かんだんだ。昔からはがねは仲間意識の強い子だった。それを生かして、はがねの大切な後輩である君、黒鉄君を……」
「ふざけてんじゃねぇぇぇよぉぉぉっ!!!」
俺は思わず叫んでいた。
「……僕ね、友情とか仲間とか、そういう仲良しごっこ、嫌いなんだ」
その時の結晶の目は、真剣だった。
そして……
ヒュッ
「……っ!!」
高速で薙刀が振るわれた。