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婚約破棄現場の裏方令嬢、ただ利用されるだけだと思っていたのに。

掲載日:2026/04/20

「お前との婚約を破棄する!」


 ある夜会で突如繰り広げられた婚約破棄騒動。

 私はそれを遠目に眺めていた。


 この場の当事者は侯爵令嬢ロッティと、ある子爵家の娘。

 子爵家の娘がロッティに虐められたと主張し、ロッティの婚約者である侯爵令息モージズが婚約破棄を突き付けた……と、そんな筋書きだ。


 しかし子爵令嬢もモージズも気付いてはいない。

 ……婚約破棄の現場で、ロッティがほくそ笑んでいるという事に。



***



「……ヴァージルを味方にしたい?」


 ある日。

 没落寸前の伯爵家の娘である私を呼び出したロッティは私にある提案をした。


「貴女、ヴァージル様とは幼馴染なのでしょう? 彼は侯爵家の中でもより大きな影響力を持つお家柄。おまけに非常に頭が切れるとの事。……私、婚約者のモージズや浮気相手に悪評を流されていて、とても心細い思いをしているの。だからどうか、私に心強い味方を付けてはくださらない?」


 ロッティが悪評を流されているのも、その噂が冤罪である事も事実だった。

 ただ、恐らく誰に取っても想定外だったのは――彼女がその立場すら利用する強かさを持っていた事。


「貴女のお家、お金に困っているのでしょう? もし貴女が私のお願いを聞いてくれるなら……融通を利かせてあげてもいいのよ」


 そう言って彼女は目を三日月形に細めた。


「ああ、それとも……貴女もヴァージル様の隣を望んでいるのかしら」


 我が家は数年先の未来すら不安定な家。

 幸福な結婚だとか、愛している相手と結ばれるだとか、そんなものに夢を抱いている訳でもない。

 目下の問題である財政の問題を解決してくれるというのならば、その提案に乗らない訳にはいかなかった。


「まさか」


 私が答えると。ロッティが満足そうに笑みを深める。


「ああ、やっぱりそうよね。良かったわ」


 それじゃあどうか、手を貸して頂戴ね、と彼女は言った。



***



 婚約破棄から始まった騒動。

 それはすぐに収束へと向かった。


「待て」


 ロッティの前に端正な顔立ちの青年が現れる。

 ヴァージルだった。

 彼はロッティの前に立ち、モージズ達を見据えながら言う。


「勝手ながら、貴方達の行いを調べさせてもらった。結果――貴方達が意図的に彼女を陥れようとした情報が山ほど出てきた」


 そう言って彼は次々とモージズ達の悪事を明かしていく。

 ……こうして、モージズらは周囲の人々から冷たい視線を浴び、寧ろ窮地に追いやられる。


 ロッティは可憐で健気な少女を演じながら瞳を潤ませ、ヴァージルを見た。


「ありがとうございます、ヴァージル様。私を信じてくださって」

「いや。気にする事はないさ」


 彼をロッティと引き合わせたのも、彼女に手を貸すようそれとなく促したのも私だった。

 全てはロッティという悲劇のヒロイン像を引き立てる為の舞台を作る為。

 ……彼女がヴァージルと結ばれる為。


(これで、終いね)


 向き合う二人の姿を見つめながら私は静かに目を伏せる。

 ヴァージルとロッティは家柄だって釣り合う。

 今晩の劇的な一場面は二人の記憶の中にも深く刻まれる事だろう。

 これを機にヴァージルもロッティと関係を深めていくはず。


(終いよ、アヴリル。実らない初恋に期待を抱くのは)


 私は自分に言い聞かせる。

 自分の役目の終わりを確信した私は、これ以上パーティーにいる必要もないとその場を離れようとする。

 その時だった。


「さて、全て君が望んだとおりにしてやったんだ、ロッティ。もう満足だろう」

「……え?」


 自分に伸ばされた腕を簡単に振り払いながら、ヴァージルはそう言った。


「君の思い通りに動いてやるのは最後だと言ったんだ。望み通り、邪魔者を消す助けはしてやったんだし、後は勝手にしてくれ」

「え、あ……っ、ちょっと」


 ヴァージルはそういうや否やロッティから離れ……私へと近づいた。


「アヴリル」


 彼が私の名を呼び、手を取る。


「帰るぞ」


 それから彼は悪戯っぽく笑みを深めると、私の手を引いてさっさとその場を離れるのだった。




「ヴァ、ヴァージル」

「ん?」


 腕を引かれながら、私は彼の名を呼ぶ。


「彼女はいいの?」

「ああ、何だ、そんな事か」


 パーティー会場を離れながら彼はやれやれと肩を竦める。


「君が彼女に手を貸してやって欲しそうにしていたから、乗ってやっただけだ。どうせ、家の弱みでも突かれたんだろ?」

「う……っ」


 図星を突かれてしまい、気まずくなってしまう。

 そんな私の様子を見た彼はあきれたように溜息を吐いた。


「あのなぁ、この際だから言っておくが」


 ヴァージルが私の頬を撫でる。


「俺が君以外の女性を好く事はないぞ」

「……へ」


 予想だにしない言葉に唖然としてしまう。

 するとヴァージルは更に困り果てたように頭をガシガシと掻いた。


「あのなぁ、君の家の問題を何とかする事くらい、俺だって出来るだろ。というかそのつもりで傍に居るっていうのに……どうして真っ先に頼らないんだ」

「な……っ、そ、そんなの、親しい相手なら余計に頼り辛いでしょう。情なんかで婚約を結ばせるなんて事……そんな事で貴方の未来を縛りたくなんてないし」

「情じゃないって」


 ヴァージルが私の声を遮る。

 真っ直ぐとした視線が私を射止めていた。


「情じゃない」


 真剣な面持ちで、彼が繰り返す。


「で、でも」

「でもじゃない」


 鼓動が大きく脈打った。

 胸の奥で膨らむ期待。これが勘違いだったらどうしようという恐れから咄嗟に否定の声を漏らせば、それすら遮られる。


「わかったよ。君が信用できないというのならば……もう、勝手にする」

「か、勝手にって」

「勝手に、行動で示す。そうだな、手始めに」


 彼の顔が寄せられた。

 普段よりも低い囁きが耳を擽った。


「……婚約でも提案させてもらおうか」


 瞬く間に顔に熱が溜まる。

 そんな私を見て、ヴァージルは笑みを深めた。


「全く。そんな反応ばかりされてちゃあ、手放せないのも仕方がないというものだろう?」


 明日からしっかりと、俺の気持ちを思い知ればいい。

 そんな事を言う彼に返事すらできないまま、私は激しい鼓動に耐えていた。




 そんな彼との婚約が決まったのは……翌日の朝。

 彼が我が家に訪れた時であった。

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