表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/117

――第83章・裏切り――

 カイタンシャ本部――


 レイとシノは革ジャンにスカート、ブーツという格好で、カイタンシャ本部の屋上へと降り立った。

 レイはシノのほうを見た。


「シノ……本当にこれ、やって大丈夫なのかな……」


 シノは近くの別の屋上へ目をやった。そこではストーンがこちらを監視している。


「大丈夫……オマリロ先生が、無理なことを任せるわけないでしょ。手早く入って、手早く出る。それだけ」


 二人は近くの通気口に気づく。

 シノはそれを消し去り、間髪入れず中へ飛び込んだ。レイも続く。


 ダクトの中を這い進みながら、シノは髪についた埃を払った。


「レイ、ハン見た?」


 レイは首を振る。


「あとで合流するって言われた!」


「だったら急いで来てもらわないとね。置いてくよ」


 しばらく進んだところで、シノが急に止まった。


「よし。ここから降りる」


 彼女は通気口を蹴破って下へ降りた。

 レイもそれに続く。


 そこは廊下だった。武装したエージェントたちが次々と通り過ぎていく。

 二人はジャケットのポケットからスキーマスクを取り出し、素早く装着した。


「準備いい?」

 シノが聞く。


「うん!」

 レイが頷いた。


 二人は身を低くして廊下を進み、部屋の表示を一つずつ確認していく。


「武器庫……メンテナンス……トイレ……倉庫……あった。資料保管室」


 だが、その前には警備が巡回していた。

 シノとレイは慌てて近くの物置へ身を隠す。


「どうやって入るの?」

 レイが小声で問う。


 シノは脇にあった清掃員の制服へ目を向けた。


「ちょっとした変装で。あんた、馴染める?」


「がんばる!」


 数分後。

 二人は清掃員の制服に着替え、箒を持って警備の前へ現れた。

 レイは愛想よく手を振る。


「こんにちはー! 入ってもいいですか?」


「何の用だ?」

 警備の一人が怪訝そうに聞く。


「えっと、その……」


 シノが手を上げた。


「局長に言われたの。資料室の掃除。ファイルに変な汚れが入らないように、ってね」


 警備たちは顔を見合わせた。


「そんな話は聞いてないぞ」


「そりゃあそうでしょ」

 シノは鼻で笑う。

「あんたたちはエージェントで、清掃係じゃないんだから」


「何だと?」


「だから、あんたらの仕事じゃないってこと。で、入れてくれるの? くれないの? こっちは暇じゃないんだけど」


 警備たちはしぶしぶ脇へどいた。

 レイとシノはそのまま部屋の中へ入る。


 室内には大量のファイルが整然と並んでいた。

 シノは棚を見回す。


「で、何探すんだっけ?」


「ダンジョンファイル!」


「そうだった。じゃ、あたし右。レイは左」


「うん!」


 二人は手分けして探し始めた。

 廊下のほうで物音がするたびに、二人はびくりと肩を震わせる。


 やがてレイが一冊のファイルを手に取った。題名は黒塗りされている。


「シノ、これかな?」


 シノはそれを受け取り、中をぱらぱらとめくる。


「違う。ジュゲン関連の情報だ」


 そのとき、シノは遠くの棚の上の箱に入ったファイルを見つけた。


「……あれだ。レイ、持ち上げて!」


 レイがしゃがみ、シノを持ち上げる。

 シノは箱を取って中身を確認した。


「……あった。これだ! さっさと出るよ!」


 その瞬間、警報が鳴り響いた。

 箱に罠が仕掛けられていたのだと、シノは即座に悟る。


「……クソ」


〈警報。警報。資料室への侵入者を検知〉


「走れ!」


 警備が扉を蹴破るように入ってくる。

 レイとシノは清掃員の制服を脱ぎ捨て、そのまま全力で駆け出した。


 廊下を駆け抜け、追ってくるエージェントたちをかわす。

 シノは上を指した。


「ダクト!」


 二人は壁を蹴って跳び上がり、通気口へよじ登る。

 下から警備の手が足を掴もうと伸びてきた。


「くっ……屋上で合流する!」


 二人はダクトの中を急いで進む。

 警報音はますます大きくなっていく。


 ようやく出口へ辿り着き、屋上へ這い出たそのとき――


 そこにはすでに武装した警備隊が待ち構えていた。


「止まれ!」


 二人が振り返ると、屋上の縁に立つ一人の人影が見えた。


「ハン!」


 二人は駆け寄る。

 だが、振り向いた彼の姿を見て、思わず足を止めた。


「……ハン?」


 髪は以前よりずっと長く乱れ、目元には紫の傷痕が走っている。

 ハンは手を差し出した。声もどこか冷たく、威圧的だった。


「ファイルを渡せ」


 シノはとっさにそれを差し出し、振り返る。


「ハン、追ってきてる! 逃げ道を――」


「ご苦労」


 ハンはそのままワイヤーを撃ち、ストーンのいるビルへ向かって飛び移った。

 二人は置き去りだった。


「……待って、ハン!」


 その頃にはもう、二人は警備に完全包囲されていた。

 ハンはストーンにファイルを渡す。


「これだ」


 ストーンは、連行されていくレイとシノを見ながら顎を撫でた。


「ほう。仲間をあっさり見捨てるとはな」


「あいつらは二重スパイだ」

 ハンは淡々と言った。

「隙を与えたら、すぐにニユガワへ全部流す」


 ストーンは満足そうに頷く。


「お前にそこまでの度胸があるとはな。マスターを裏切るとは、大したもんだ」


「彼は俺のマスターじゃない」

 ハンは目を細める。

「俺が俺のマスターだ」


 少し前――


 シンカイダン邸――


 ハンは屋敷の裏壁にもたれながら待っていた。

 そこへオマリロが現れる。


「……来てくれてありがとうございます、先生」


「男、助けが要る」


 ハンは手に持っていた小瓶を見せた。


「ええ。ドッコウ団が何か企んでる気がするんです。でも、俺たちを完全には信用してない。もしアビスを使って襲ってきたらって思って」


「アビスは危険。容器も危険。男がそれを持つには理由がある。何だ」


「……もっと内部へ食い込むべきか、聞きたかったんです」

 ハンは少し俯いた。

「連中の上まで登って、中から壊したほうがいいんじゃないかって。でも、それをやるなら、あの子たちとは縁を切らないといけない。俺、どうすれば――」


「男は重いものを背負う」

 オマリロは静かに言った。

「これをやれば、女たちの信頼は戻らぬかもしれん」


 ハンは大きく息を吸う。


「……それでも、先生の信頼は残りますか?」


 オマリロは彼の頭を軽く叩いた。


「残る」


「……それで十分です」

 ハンは言った。

「これをやれるのは俺だけだと思うんで。せめて、今までの埋め合わせにします」


 オマリロはその場から消えた。

 ハンは小瓶を見つめ、そして中身を一気に飲み干した。


 現在――


 ストーンはハンを連れてホテルへ戻る。

 そこではザンが拍手しながら待っていた。


「よくやった、ハン」

 ザンは満足げに言う。

「裏切り者を暴き、ファイルも回収した。カゴシマでアビスを拒んだ時は失望したが……ようやく自分の進む道を理解したようだな」


「ええ」

 ハンは頷く。

「もっと力が欲しい」


 彼はファイルをザンに渡した。


「ならば望み通りにしてやる」

 ザンは笑う。

「来い。大事な方に会わせる」


 ハンはザンに続いて個室へ入った。

 そこには灰色の髪の女が静かに瞑想していた。体には点滴がいくつも繋がっている。


「ナース……?」

 ハンは内心で身構えた。

「どうしてこいつがここに……いや、今は任務だ。先生のために、絶対にやり遂げる」


「第六の御方」

 ザンは恭しく頭を下げる。

「あなたの愛し子をお連れしました」


 ミレイはゆっくり目を開けた。


「ハン……」


「ナース様」

 ハンは応じる。


「この姿を見て、笑いに来たの?」

 ミレイは問うた。


「いいえ。そんなつもりはありません」

 ハンは首を振る。

「俺はドッコウ団に加わるために来ました」


「本当に?」

 ミレイの声が少しだけ柔らかくなる。

「何が心変わりを起こしたの?」


「もっと力が必要だと理解しました。ニユガワは秘密主義すぎるし、距離がある。あの人からじゃ得られないものがあります」


「ああ……ようやく目が覚めたのね」

 ミレイは満足そうに微笑んだ。

「いいわ。ザン、連れて来て」


 ミレイは立ち上がる。

 点滴の管が外れ、砕け散った。

 足取りは重く、わずかに引きずるようだった。

 ザンが後ろにつき、三人は廊下を進む。


「今だ……情報を引き出せ」

 ハンは内心で自分に言い聞かせた。

「弱点や正体を掴めれば、先生なら必ず仕留められる」


 咳払いして口を開く。


「……ヘラルド様」


「何かしら、愛しい子」


「どうして、そんな状態なんですか」

 ハンは探るように聞く。

「外を自由に歩けないまま、ここに隠れてる理由は」


 ミレイは足を止めた。

 ザンが二人を見る。


「いい質問ね」

 ミレイは静かに振り返った。

「あなた、本当に私たちの一員になるつもり? ヘラルドに」


「その可能性はあります」


 ミレイの灰色の瞳が妖しく光る。


「堕落は、私の存在そのものを侵食しているの。私たちは、もうそれなしでは生きられない」

 彼女は自分の胸に手を当てた。

「だから、十分なアビスの力に繋がれていないと、私は外を歩けない」


「じゃあ、俺に取り憑く前はどこにいたんです?」


「アビス・ダンジョン」

 ミレイは答える。

「私たちの故郷」


 その声に怒りが混じる。


「マスターが私たちを……私を見捨てて、何十年も腐らせた場所よ!」


 灰色の力が弾け、一枚の壁が消し飛んだ。

 ザンが片手を差し出す。


「落ち着け、我らがヘラルド」


「黙って。平気よ」


 やがて三人は中央制御室のような場所へ辿り着いた。

 ミレイは再び点滴を体へ差し込む。


 ハンはその制御卓に、日本各地の監視映像が映っていることに気づく。

 その中には福岡もあった。


「ハン、あなたに大事な任務を与えるわ」

 ミレイが言う。

「私たちはアビスの力で強くなった。けれど、その本当の起源ではない」


「……どういう意味ですか?」


「私たちの真の可能性を解放するには、まだマスターが必要なの」

 ミレイはモニターに映るオマリロを睨む。

「だから、あの人の生徒たちを全員始末してほしい。戻る場所を一つに絞るために」


 ハンは黙って聞く。

 ミレイはさらに続けた。


「女どもが問題になるわね。あの少年なら操れそうだけど」

 彼女は言う。

「連れてこられる?」


「ソウシンですか。可能です」


「いい子ね」

 ミレイは頷く。

「でもその前に、ザリアを処理して。あの子の力はうちにとって大きな脅威よ。何であれ、あれは異常だわ」


 ハンは短く頷く。


「分かりました、ナース様」


 福岡――


 その頃、ザリアはモールの化粧室で、リカに髪を整えてもらっていた。


「リカ、それほんとに必要か?」


「ガラに出るなら可愛くしときたいでしょ?」

 リカは当然のように言う。


「別に、そんなパーティーのために可愛くなる必要ないし」


 リカは首を傾げた。


「じゃあ、先生のためなら?」


 途端にザリアの顔つきが変わる。


「……分かった。時間かけていい。むしろじっくり頼む」


「ふふ。そう言うと思った」


 少し後――


 ザリアはガラ用の服を選んでいた。


「さてと。どんな女っぽいの着りゃいいんだ……?」


 ノノカが一着の紫のドレスを持ち上げた。


「これとかどう? 殺傷力高そうじゃない?」


「殺傷力って表現はどうなんだよ……」


 ソウシンは服の列の中を走り回りながら、あちこち覗き込んでいた。


「おおっ! これなに?」


 リカは慌てて彼を引っ張る。


「それはダメ! ソウシンにはまだ早い!」


「あ、そっか!」


 ソウシンが店を出た直後。

 一本のワイヤーが彼の腕に絡みつき、そのまま角の向こうへ引きずっていった。

 そこで待っていたのは、涙を浮かべたハンだった。


「ハン兄?」


「ソウシン、よく聞け」


「なんで泣いてるの?」


「これから俺、いろいろやる」

 ハンは震える声で言う。

「たぶん、すごく悪く見える。あの子たちにも嫌われるかもしれない。でも、お前は話を合わせろ。いいな?」


「何言ってるの、ハン兄?」


「ナースがドッコウ団を使ってオマリロ先生を捕まえようとしてる」

 ハンは早口で続けた。

「それを止めなきゃいけない。だから、みんなには気づかれないようにしてくれ」


「レイとシノは?」


 店から出てくる女子たちの気配が近づく。

 ハンは慌てて後ろへ下がった。


「とにかく時間を稼げ! 怪しまれるな!」


 彼はそのまま姿を消した。

 ちょうどその時、リカたちが追いつく。


「ソウシン、大丈夫?」

 リカが肩に手を置く。


「うん!」


 近くには、相変わらず静かな顔をしたオマリロが立っていた。


「あ、先生だ!」

 リカが明るく言う。

「準備できたって言わなきゃ!」


 子供たちはオマリロのもとへ集まる。

 オマリロは一人ひとりを見る。


「子供、準備できた」


「うん!」

 ザリアが頷く。

「で、このガラってどこでやるんだ?」


 オマリロが杖を軽く鳴らす。

 瞬間、一行は大勢の人が並ぶ会場前へ移動していた。


 人々はオマリロに気づいた途端、押し寄せる。


「オマリロ・ニュガワだ!」


「本物だ!」


「サインをお願いします!」


 オマリロは杖を鳴らし、群衆を強制的に下がらせた。

 入口の案内係が彼に気づき、深く頭を下げる。


「ニュガワ様ですね。お待ちしておりました。もしお越しになった場合はVIP対応を、と伺っております」

 彼は子供たちを見た。

「皆さまもご一緒ですね?」


 オマリロは頷く。


「どうぞ、お入りください」


 一行は中へ通される。

 そこは大きな舞踏会場のような空間だった。

 テーブル、バー、ダンスフロア、ミラーボール、中央のステージ、DJブース。

 人々は笑い、踊り、シャンパンを傾けている。


「う、うわぁ……!」

 リカが目を輝かせた。

「天国だ……!」


「落ち着きなさい、パーティー女」

 ノノカが鼻で笑う。

「そこまででもないでしょ」


 バーテンダーがオマリロに気づき、ワインボトルを掲げて近づく。


「なんと、ニュガワ様! ちょうど新作を作ったところなんです。ぜひ――」


 オマリロはそのボトルを杖で弾き飛ばした。

 ワインは壁にぶつかって砕け散る。


「一体、誰がこんなの仕切ってるんだ?」

 ザリアが辺りを見回す。

「やたら金かかってそうだけど」


 そのとき、DJが曲を止めてマイクを握った。


「みんな、少しだけ中断だ! 本日の主催者から挨拶がある!」


「主催者?」

 リカが首を傾げる。


 次の瞬間、ステージへ現れた人物を見て、子供たちは息を呑んだ。


「……うそでしょ」

 ザリアが目を見開く。


 紫髪の少女がマイクを受け取り、観客へ向けて微笑んだ。


「皆さま、本日はありがとうございます」


 その正体はミズキだった。


「私の名は西園寺ミズキ。元カイダンチョウです」

 彼女は静かに会場を見渡す。

「そして今日は、カイタンシャという組織は終わるべきだ――」


 その視線がオマリロを捉える。

 一瞬だけ目を見開きながらも、ミズキは言葉を続けた。


「――完全に終わるべきだと、ここに宣言します」


 ―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ