――第78章・カオル捜索――
東京の街路では、市民たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
その背後を、大剣を手にした騎士の軍勢が進軍していく。
「ジ・エンドレスのために! ジ・エンドレスこそが支配する!」
一人の女性が剣の刃に足を取られて転び、騎士がそのまま彼女を突き刺そうとした。
だが、その寸前――巨大なバンが騎士の周囲に出現し、そのまま彼を閉じ込めた。
「はぁ? なんだこれ!?」
周囲の騎士たちが困惑して見回す。
その次の瞬間、彼らの身体が端から少しずつ消え始めた。
「襲撃だ!」と一人が叫ぶ。
「敵を探せ!」
上空で一瞬、何かが揺らめいた。
騎士たちが見上げると、黒ずくめの人物が片手を掲げていた。
「ジュゲン滅者:霊脈手榴弾!」
騎士たちの頭上に大量の爆弾が一斉に出現し、次の瞬間には轟音と共に全員を跡形もなく吹き飛ばした。
女性が震えながら顔を上げると、そこにはザンとユウトが立っていた。
「あなたたちは……誰……?」
「俺はザンだ」
彼は名乗る。
「ドッコウ団のカイダンチョウ。そしてこっちは、うちでも特に有能なメンバーの一人、ユウトだ」
ユウトが軽く手を振る。
「他のカイダンチョウたちはどうしたの……?」
女性が尋ねた。
「あいつらは君たちを守れなかった」
ザンは言い放つ。
「ネズミみたいに隠れて逃げたんだ。だが安心しろ。ドッコウ団が来た以上、お前たちは俺たちが守る」
一体のゴブリンが女性に飛びかかろうとしたが、ザンが爆弾で即座に消し飛ばした。
「さあ、行こうか」
ザンはそう言って手を差し伸べる。
「君を安全な場所まで連れて行ってやる」
二人は女性を助け起こし、その場から連れ出していく。
去り際、ザンはほんの一瞬だけ振り返った。
その頃――
カイタンシャ本部では、ハヤテが東京の中継映像を見つめていた。
その隣にはオマリロとマリンが立っている。
「見たか、この茶番を!」
ハヤテが声を荒げた。
「あのチンピラども、自分たちが正義の味方面してやがる!」
「非常に厄介な状況です」
マリンも険しい顔で言う。
「ドッコウ団がカイダンチョウの信用をさらに失墜させているうえ、こちらはすでに一か月以上、消息不明のカイダンチョウが複数名。動ける余地がほとんどありません」
「なら、やるべきことは分かってるだろ?」
ハヤテが言う。
「ええ」
マリンは頷く。
「他のカイダンチョウたちを回収しなければなりません。必要なら、多少強引な手段を使ってでも」
「問題は、あいつらがどこに隠れてるかだ……」
ハヤテは低く呟く。
「うちのあらゆる手を使っても、誰一人見つからない」
「なら、まずは最も危険の少ない対象から当たりましょう」
マリンが提案した。
「月島カオルの所在に関する手掛かりから調べ始めても?」
ハヤテは頷く。
「それは悪くない。オマリロ、お前なら連中を連れ戻せるか?」
オマリロは短く唸るような声を漏らすと、そのまま部屋を出て行った。
「……今のは返事としてどうなんだ」
ハヤテがぼやく。
「おそらく肯定です」
マリンは淡々と答える。
「でなければ、完全な拒絶でしょう。どちらにせよ、私は私でカオルの線を追います」
彼女も部屋を後にし、ハヤテは再び映像へ視線を戻した。
「ドッコウ団……なぜ今になって、なぜ東京で動く……?」
その頃――
とある小さな家では、年老いた夫婦が穏やかな音楽を流しながら、ステーキとライスを作っていた。
オーブンの熱い音が静かに響いている。
居間のソファでは、カオルが太平洋の絵を描いていた。
「カオル、ご飯できたわよ」
母が声をかける。
「うん、今行く!」
彼女は絵に最後の仕上げを加えると、それを置いて台所へ向かった。
テーブルには出来たての料理が並び、両親はカオルを挟むように座っている。
カオルは席につき、静かに食べ始めた。
「それで、最近はどう?」
父が尋ねる。
「急にうちへ戻りたいなんて言うから、何かあったのかと思ってな」
「まあ……ちょっとね」
カオルは曖昧に返した。
「いろいろ……重くて」
「私たちに話してもいいのよ」
母は優しく言う。
「それで、その部隊はどうなったの? ええと……エイカイダンだっけ?」
「コウカイダンだよ、お母さん」
カオルが訂正する。
「もう解散したけど」
「まあ……! どうして?」
「失敗したから」
カオルは箸を止めずに言う。
「私たち、みんな失敗した。ハントレスに新人たちはほとんど殺されたし、そのあとダンジョン側の連中が罠を仕掛けて、モンスターが世界中に溢れ出した。それだけでも最悪なのに、今度はニュガワさんの過去の生徒――ヘラルドとかいう化け物まで現れてる。もう……全部、重すぎるの」
両親はしばらく黙った。
「分かるよ」
父が静かに口を開く。
「お前はまだ十九歳だ。そんな年で背負うには、あまりに大きい。特に、お兄ちゃんのこともあったあとでは――」
「お父さん」
カオルがぴしゃりと遮る。
「あ、ああ……すまん」
「とにかく」
カオルは言葉を続けた。
「ガクトさんも、アツシさんも、それにニュガワさんもいる。私なんかいなくてもどうにかなる」
父はステーキをひと口食べてから言う。
「もし本当にそうなら、とっくにお前は追い出されてる。確かにお前は、好きな時にドラゴンになるような伝説じゃない。だが、それでもお前は世界でも指折りのカイタンシャだ」
「それに」
母も続ける。
「あなたの仲間たちはどうするの? そんなふうにいきなり捨ててしまっていいわけないでしょう」
「代わりなんていくらでもいるよ、お母さん」
カオルは目を伏せる。
「その方がいいの」
その後の食卓は静かだった。
食べ終えたカオルの腕を、母がそっと掴む。
「カオル。最近、お姉ちゃんには会ってる?」
カオルは首を振った。
「カズキが死んでから、一度も会ってない」
「あら、そう……。今度夕飯に呼びたいって伝えておいてくれる?」
「うん。伝えとく」
カオルは家を出た。
両親の視線が途切れたのを確認すると、近くの物置へ向かい、扉を開ける。
「……すぐ終わらせる」
中には床板のように隠された扉があり、その横には食べ物の入った袋が置かれていた。
「時間ぴったり」
彼女は袋を持ち、床下の扉を開いて地下へ降りる。
地下室は暗く、冷たく、どこかから水滴の垂れる音が響いていた。
カオルが明かりを点けると、鎖で壁に繋がれた一人の男の姿が浮かび上がる。
服はぼろぼろで、身体も痛々しいほど傷ついていた。
「姉さん」
男が皮肉っぽく言う。
「またこの哀れな状況を笑いに来たのか?」
「黙って受け取りな」
カオルは袋を足元へ投げた。
「今日の分はそれだけ」
男は足で袋を引き寄せ、中を覗き込む。
「ライス一杯と、水半分か。すげえな。生かさず殺さずってやつだ」
カオルは睨みつける。
「生きてるだけ感謝しなよ。あんたがやったことを考えれば」
「へえ」
男は鼻で笑う。
「母さんと父さんが、あんたとカナが俺をこんなとこに隠してるって知ったら、どんな顔するだろうな」
「知らせない。あの人たちは、あんたが死んだと思ってる」
「じゃあ、お前のカイタンシャ仲間は?」
男は続ける。
「カイダンチョウだの、ニュガワだの、あいつらも?」
「私は辞めた」
カオルは吐き捨てるように言った。
「それに、ここは絶対見つからない。だからせいぜい諦めな」
彼女は踵を返す。
「強がりだな」
男は笑った。
「俺の仲間たちが必ず迎えに来る」
「来たら、あんたと一緒にここで朽ちるだけ」
カオルはそのまま去り、カズキは地下に一人残された。
長野・阿智――
ソウシンがハンを連れて道を駆け抜け、阿智村が見えてきたところで止まった。
その横にオマリロが現れる。
「先生」
ハンが尋ねる。
「誰を追ってるんです?」
「少女」
「それじゃ分かりません」
ソウシンが近くの温泉を指差した。
「わあ! プール!」
飛び出しかけた彼を、ハンが腕を掴んで止める。
「プールじゃない。先生、どこから探します?」
「地元の者」
オマリロが答える。
「情報を持つ」
宿の前では、何人かの村人が集まって音楽を演奏し、菓子をつまんでいた。
オマリロがいきなりその横へ現れ、彼らは一斉に飛び上がる。
「うわっ!」
「少女はここにいるか」
そのうちの一人がオマリロを見て、口元を押さえた。
「で、伝説のカイタンシャ……!」
残りの二人は慌ててスマホを取り出して写真を撮る。
そこへハンとソウシンも追いついた。
「わあ、お連れもいるんですね!」
一人が言う。
「よかったら今夜、うちの宿に泊まっていきませんか?」
もう一人が続ける。
「一番いい部屋をご用意しますよ!」
「泊まりはいらない」
オマリロは切り捨てる。
「少女を探してる」
「少女?」
最初の村人が首を傾げる。
「さすがにそれだけじゃ……」
「カオル」
オマリロが言った。
「ああ、月島カオルカイダンチョウ!」
村人は頷く。
「最近は見てませんね……たぶん、ご実家を当たってみれば?」
「場所を言え」
彼女は村の外れ、もっとも人里離れた家を指差した。
「あそこです」
次の瞬間、オマリロはハンとソウシンを連れて消えた。
ハンが瞬きをする間もなく、その家の前へ移動している。
「……普通にノックします?」
ハンが聞く。
答えもなく、オマリロは杖でドアを叩いた。
母親が扉を開ける。
「あら……見間違いかしら?」
「女」
オマリロは言う。
「娘が必要だ」
「まあ、まあ! あなた! あなた早く来てちょうだい!」
父親も顔を出し、目を見開いた。
「本当にオマリロ・ニュガワさんだ! 先生、うちの娘はあなたの大ファンなんです! 二人とも!」
「娘はどこだ」
「ちょうど出たばかりですが……でもせっかくですし、中へどうぞ! 何か食べていってください、ほんのお礼です!」
オマリロが拒むより早く、夫妻は彼と弟子たちを家の中へ通した。
食卓へ座らされると、すぐにライスとラーメンの入った器が並べられる。
「余り物ですけど、どうぞ」
母親――カリンが言った。
「私はカリン、こっちは夫のカノンです」
「どうでもいい」
オマリロは一蹴する。
「えっと、俺はハンです」
ハンが代わりに自己紹介した。
「こっちはソウシン。うちで一番年下です」
ソウシンはすでに料理を食べ始めている。
「……よくこんなのを無警戒に食えるな」
ハンは内心で呟いた。
「ところで」
カノンが口を開く。
「どうしてうちの娘をお探しで?」
「少女を呼び戻す」
オマリロは答える。
「日本で厄介事」
「ああ、なるほど」
カノンは納得したように頷く。
「あの騒ぎか。やはり、もっと悪化したんですね」
「うん!」
ソウシンが元気よく答えた。
「今は外出制限まで出てる!」
「幸いうちの村はまだ無事だけど……」
カリンは胸を撫で下ろした。
「それでも、あの子が心配です。あんな出来事のあとじゃ、あの子が参ってしまうのも無理ないですもの」
「え?」
ハンが顔を上げる。
「あの、いつも明るい月島さんが?」
カリンは静かに頷いた。
「あの子たち兄妹は、長いあいだ兄から虐待を受けていたの。最後は正当防衛であの子たちが兄を殺した。そこからずっと、完全には立ち直れていないのよ」
「そんな……」
ハンは息を呑んだ。
「でも、それなら何でここに戻ってきたんです? 余計に辛いんじゃ……」
「ここしか帰る場所がないから」
カノンが答える。
「人目も少ないし、簡単には見つからないと思っていた。けれど、どうやってあの子を探し当てたんです?」
「女は隠れるのが下手」
「先生のジュゲンだよ!」
ソウシンが得意げに言う。
「生命反応を追って見つけたんだ!」
「すごい……」
カノンは目を丸くした。
「年を取っても、まだ全然衰えてないんですね」
ソウシンは食事を食べ終える。
「じゃあ僕、カオルを探してくる!」
「俺も行きます」
ハンも立ち上がった。
「先生は来ますか?」
「行け」
オマリロは言う。
「私が動くと、注目が集まる」
「分かりました」
二人は家を出た。
カリンはハンのほとんど手つかずの食事を見て首を傾げる。
「あの子、ほとんど食べなかったわね……」
外――
ハンはキューブを出した。
「久々にこれ使うな……。キューブ、解決策を走査!」
【走査中……】
やがて、音が鳴る。
【解決策を1件発見しました】
「表示しろ」
キューブから淡い青色の光が伸び、遠くの物置へと続く薄い足跡を浮かび上がらせた。
「足跡……?」
ハンは目を細める。
「ソウシン、来い」
ソウシンは素直についていく。
二人が物置に着くと、ハンは扉を開けようとしたが鍵がかかっていた。
「……下がってろ、ソウシン」
ハンは腕時計を形成し、ワイヤーを物置へ撃ち込む。
強引に引き戻すと、扉が軋みながらこじ開けられた。
中には、床下への隠し扉があった。
「やっぱりな」
ハンは呟く。
「ソウシン、こっちは任せた」
ソウシンが木へ手を触れる。
「ジュゲン操運者:伝送・第二ギア!」
木材が高速で振動し始め、留め具が砕けてロックが外れた。
「できた!」
二人は地下へ降りていく。
音を立てないよう慎重に進んでいたが、ソウシンがハンにぶつかり、二人そろって階段を転げ落ちた。
「いってぇ!」
「ごめん、ハン!」
暗闇の中から、聞き慣れない声が響く。
「……誰か来たのか?」
ハンはキューブを再展開し、ライトを照らした。
そこにいたのは、壁に鎖で繋がれたカズキだった。
「へえ」
男は何度かまばたきをする。
「お前ら、俺が待ってた連中じゃないな……」
「お前、誰だ?」
ハンが問いかける。
「今はいい」
カズキは低く返した。
「それより隠れろ。あいつらが戻ってきたら――」
ドン、と鈍い衝撃が走った。
ハンとソウシンは背後から何かで殴られ、そのまま床へ倒れ込む。
「っ……!」
「ハン……」
意識を失う寸前、ハンの視界に映ったのは、自分たちを見下ろす二人の女の姿だった。
「どうするの、お姉ちゃん?」
「放ってはおけない」
もう一人の声が冷たく答える。
「カオル。目撃者は残せない」
「……分かった」
そこで、すべてが闇に沈んだ。
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