――第77章・新たな秩序――
一か月後――
『速報です! 東京で新たなモンスターの出現が確認されました! 市民の皆さんは屋内に避難してください! これは訓練ではありません!』
オマリロはテレビのニュースを眺めていた。
画面の中では、ゴブリンやスライムが逃げ惑う市民を追い回している。
だが、モンスターたちが人々に追いつく寸前――ガクトが突っ込んできて、頭突きでまとめて吹き飛ばした。
「ははっ! まだまだオレの頭は現役だぜ!」
ガクトは怯える群衆の方へ振り返る。
「安心しろ! オレと仲間たちがいる限り、何も起こさせねえ!」
「ふん、どうだかな! お前らの半分はもう辞めただろ!」
「残ったやつらだって、どうせすぐ消えるんじゃねえのか!」
「ニュガワさんはどこだよ! あの人だけが本物だろ!」
「え、いや……」
ガクトは一瞬口ごもる。
「その……」
「みんな、みんな!」
近くの若い女の子が慌てて割って入った。
「ブレイズ・カイダンチョウをそんなに責めないでよ! 他の人たちが詐欺みたいに消えたせいで、この人だって大変なんだから!」
「まあ……そうかもしれねえけど……」
群衆はとりあえず礼を言って去っていき、ガクトはカメラへ親指を立てた。
「とにかくみんな、安全第一だ! モンスターがいつ出るか分からねえんだからな!」
映像が終わり、オマリロはチャンネルをゴルフ番組へ変える。
その隣へ、ちいさなスライム姿のエメルが跳ねてきた。
「オマリロさん……!」
彼女は不満げにうめく。
「お腹すいた、何か食べさせて!」
「スライム、さっき食べた」
「でもまたお腹すいたの!」
オマリロが指を鳴らすと、冷蔵庫の扉が開いた。
手の動きだけで生肉をひと切れ取り出し、エメルの足元へ放る。
「わーい! ありがとう!」
エメルは肉を抱えて走り去った。
そこへ、体中に埃をかぶったハンが階段を下りてくる。
「上を掃除し終わりました、先生。ほかに掃除する場所はありますか?」
「少年、休んでいい」
「いえ……でも、先生やみんなを殺しかけたことを思えば、このくらいは当然です。せめて少しでも埋め合わせをしないと」
「少年は過ちを犯した」
オマリロは淡々と言う。
「少年は学ぶ」
「でも、また同じことが起きたら?」
「ミレイはいない。外に出た。危険だが、少年の中からは消えた」
「どうしてあの人たちはああなったんですか、先生?」
ハンが問いかける。
「ミレイも、あのヘラルドも、どうしてあんなに先生に執着してたんです?」
「生徒は力で狂う」
オマリロは言う。
「だから閉じ込めた」
「でも俺だって狂いました」
ハンは苦い顔で振り返る。
「それでも先生は俺を閉じ込めなかった。あの人たちは先生を悪者みたいに言ってましたけど、先生はそんな人じゃない」
「ミレイもシオンも、昔の生徒」
オマリロは過去を思い返すように言った。
「多くを壊した。話は通じなかった。だから檻に入れた」
彼は自分の手を見る。
「また入る」
そこへリカが階段を下りてきて、ハンへ抱きついた。
「ハン! 少しは元気になった?」
「まあ……たぶんな。お前は?」
「うん! やっと最近ちゃんと眠れるようになってきた」
リカはオマリロの隣へ座り、身体を寄せる。
「先生、おはよう!」
「少女、起きたか」
リカは頷いた。
「今日は修行するの?」
「修行は明日」
オマリロは答える。
「背中が痛い」
「そっか……じゃあ、何か別のことしない?」
リカはあくびをしながら言う。
「モンスターが出まくってるのは分かってるけど、それでも……」
彼女はさらにオマリロへ身体を寄せた。
「たまには先生と、みんなで旅行とかしたいの。ほんとにそれだけ!」
ハンが手を挙げる。
「俺は別に掃除でもいいけど――」
「しっ、ハン」
玄関からザリアとノノカが入ってきた。
二人とも汗だくだ。
「で、あんたたちどこ行ってたの?」
リカが聞く。
「スポーツしてた」
ザリアは肩をすくめた。
「ノノカ、アメフト投げるのめっちゃ上手いぞ」
「ふん。当然でしょ」
ノノカが鼻を鳴らす。
「ちょうどいいわ」
リカが言う。
「今ね、オマリロ先生に旅行に連れてってって頼んでたの!」
「お、旅行?」
ザリアがソファへ飛び乗る。
「どこ行くんだ、先生? 遊園地? バハマ? クルーズ?」
オマリロは無言でゴルフを見続ける。
二階からレイが下りてきた。
その横をソウシンがすっ飛んで駆け下りてくる。
「やっほー、みんな!」
「はぁ……」
ノノカは露骨に嫌そうな顔をした。
「お日さまセットが来た」
レイは階段の下で首を傾げる。
「えへへ、映画でも観るの?」
オマリロはゴルフに集中しようとするが、さすがに表情が少しだけ険しくなった。
「あの……」
ハンがおそるおそる口を挟む。
「そろそろみんな、先生を一人にしてあげた方が――」
「先生、お願い!」
リカがせがむ。
「お願いだから!」
「そうそう! あたしも先生と何か楽しいことしたい!」
ザリアも乗っかる。
「うーん」
ノノカは腕を組んで少し考える。
「まあ……たまにはいいか。私も行く」
「わー! オマリロさんと遊ぶの?」
レイが嬉しそうに笑う。
「もちろん、私も!」
ソウシンはぴょんぴょん跳ねた。
「やったー! みんなで遊べる!」
その瞬間、オマリロが手を打ち鳴らす。
ハンを除く子供たちの姿が、一斉に消えた。
ハンはきょろきょろと辺りを見回す。
「……先生?」
彼は困惑した顔で尋ねる。
「みんなどこ行ったんですか?」
「消えた」
オマリロは短く答えた。
「後で合流する」
ハンは肩をすくめる。
「ああ、なるほど」
再び掃除に戻ろうとしたところへ、エメルが居間へ戻ってきた。
今度は人型だ。
「オマリロさん! 私の遊び時間!」
オマリロがまた指を鳴らす。
エメルもその場から消えた。
「スライムも遊べ」
そして、家はようやく静かになった。
白良浜――
少し後。
オマリロが自分とハンを浜辺へ転移させると、そこではすでにソウシンと少女たちが水着姿で待っていた。
オマリロの姿を見た瞬間、全員の目が輝く。
「うわ」
ハンは察したように呟く。
真っ先にオマリロへ飛びついたのはザリアだった。
「先生! ここ連れてきてくれてありがと!」
「うんうん! すっごくいいとこ!」
リカも続く。
「私の水着どうかな?」
レイがくるりと回る。
「私のは?」
ノノカも負けじと聞いた。
ソウシンは blob 状態のエメルを持ち上げる。
「新しいペット、泳ぐのすごく上手いよ!」
「だから私はペットじゃないってば!」
オマリロは群がる子供たちを見た。
一瞬だけ、イツキやイチカたちの顔が脳裏をかすめる。
「先生?」
ザリアが顔をのぞき込む。
「大丈夫?」
「子供たちは遊べ」
オマリロは言う。
「三時間後に戻る」
リカが近くのジェットスキーを指差した。
「わ、レースしようよ! 先生も一緒に――」
オマリロが指を鳴らす。
二台のジェットスキーが一瞬で目の前へ現れた。
「行け」
「え、えっと……」
リカは頬を赤らめる。
「私は……その……一緒に水の中で遊ぶ方を想像してたんだけど……」
ノノカは近くの屋台を指す。
「だったら食べ物でも買う? 先生」
またオマリロが指を鳴らす。
今度は屋台の料理が皿ごと全員の手に現れた。
ハンとソウシンは普通に食べ始める。
少女たちは顔を見合わせた。
「オマリロさん……?」
レイが不思議そうに言う。
「先生は食べないの?」
「食事はどうでもいい」
ザリアは辺りを見回した。
「じゃあ先生、何したいんだよ?」
オマリロは少し離れた場所にあるゴルフ場を見つけると、そのまま転移した。
ザリアは指差す。
「はい、ゴルフだな。みんな、追うぞ!」
追いついた先では、すでにオマリロがゴルファーたちに囲まれていた。
「おい、あれって伝説のカイタンシャじゃねえか!」
「いや、今はカイダンチョウだろ。自分のチーム持ってるってニュースで見たぞ!」
「見ろよ、あれが生徒たちか!」
リカが軽く手を振る。
「ありがとう、ありがとう。じゃ、私たちは先生のところ行くので!」
オマリロはクラブを手に取った。
隣には筋骨隆々の男が立っている。
「勝負だ、じいさん!」
男が鼻息荒く言う。
「ダンジョンじゃ大物かもしれねえが、スポーツの世界じゃ俺が王だ!」
オマリロは無視した。
「マサヨシって名前だ」
男は名乗る。
「まあ、興味ないかもしれねえけどな」
オマリロは球を打つ。
ボールは一直線に飛び、そのままカップへ吸い込まれた。
「ホールインワン!」
近くの審判が叫ぶ。
後ろで子供たちが拍手する。
マサヨシは顔をしかめながらもクラブを握り、自分のボールをセットした。
「今のはまぐれだ。ほんとの実力ってのを見せてやるよ」
彼が打ったボールは綺麗に飛び、見事にカップインした。
「へっ」
彼は得意げに言う。
「できるもんならやってみろ」
オマリロは再びボールを置き、軽く振る。
またもや難なくカップへ入った。
「すごい、先生! ほんとに上手!」
レイが目を輝かせる。
「オマリロさん、ほんとになんでもできる!」
ソウシンも感心する。
マサヨシは顔を真っ赤にし、もう一度クラブを構えた。
「はあっ!」
だが今度は少しだけ外れた。
風に流され、ボールは逸れる。
「なっ……!? ふざけんな、今のはなしだろ!」
「勝負ありです」
審判が淡々と言った。
「くそったれ!」
オマリロはそのまま立ち去る。
ザリアは見物客へピースサインを向けた。
「じゃあなー! あたしたち次行くから!」
一行はさらに浜辺を進む。
すると、男対女で綱引きをしている人たちがいた。
ノノカが眉を上げる。
「あれ、ちょっと面白そう。先生、やっていい?」
「子供たちの好きにしろ」
少女たちは片側に立ち、オマリロとエメルはそれを見守る。
一方、反対側にはソウシンとハンが立った。
「……あの」
ハンは微妙な顔をする。
「これ、普通に不公平じゃないか?」
「全然不公平じゃないよ!」
リカが言い返す。
「私とレイはパワータイプじゃないし、実質二対二みたいなもんだから!」
「いけるよ、ハン!」
ソウシンが元気よく笑う。
審判が声を張る。
「三、二、一、引け!」
ザリアとノノカの怪力の前に、ハンとソウシンは一瞬で砂浜へ引きずり込まれた。
「女子チームの勝ち!」
少女たちは大喜びした。
だがハンはオマリロの方へ歩いていく。
「先生、こっちのチームに入ってもらっていいですか?」
少女たちの笑顔がぴたりと止まる。
「は?」
オマリロは無言で綱の端へ立った。
ハンとソウシンも前に並ぶ。
「ちょっと待て」
ザリアが抗議する。
「それはさすがに反則だろ」
「何で? ちゃんと三対四だよ!」
ソウシンが首を傾げる。
「いや、そういう計算じゃねえんだよ! せめてスライム寄越せ!」
「いいぞ」
ハンが肩をすくめる。
「よし、エメル! こっち!」
エメルはぶつぶつ言いながらも反対側へ跳ねていき、複数の腕を生やして綱を掴んだ。
審判が数える。
「三……二……一……」
オマリロは軽く綱を引いた。
それだけで、少女たちはまとめて海へ吹っ飛ばされた。
審判は眼鏡を直す。
「す、すごい……さすが伝説のカイタンシャ……」
少女たちは海面から顔を出した。
「あーあ、髪びしょびしょ」
リカがふくれる。
「まあまあ、普通に似合ってるって」
ザリアが笑う。
ハンとソウシンも海へ入り、オマリロは近くのラウンジチェアを勝手に引き寄せて横になった。
本来の持ち主たちは慌てて周囲を見回すが、そこに寝ているのが誰か分かった途端、黙って引き下がる。
「伝説だぞ……」
「静かにしろ、寝てるんだ!」
ノノカは海に浮かびながらスムージーを飲む。
「こういうのも……悪くないかも」
「でしょ?」
リカも同意する。
「先生が一緒にもっと遊んでくれたら最高なんだけどなあ……」
ソウシンはエメルを海面にぷかぷか浮かべた。
「オマリロさんも、そのうち一緒に遊ぶと思うよ! ちょっと疲れてるだけかも!」
「まあ、年齢が年齢だしな」
ハンが言う。
「先生のペースに任せた方がいい」
「一緒に日向ぼっこしに行く?」
レイが提案する。
「いいね、それ」
ザリアも立ち上がる。
その時。
三台のジェットスキーが横切り、全員に思いきり水をかけた。
「おい!」
ザリアが叫ぶ。
「何しやがる!」
ジェットスキーがくるりと向きを変える。
そこにいたのは、日向ユウト、一ノ瀬アイリ、白鷺リオだった。
「あんたらかよ……!」
ザリアが顔をしかめる。
「大会で負けたの、あんたらのせいだからな!」
ユウトが笑う。
「口の利き方に気をつけろよ、女」
ノノカとソウシンは揃ってきょとんとする。
「新しい友達?」
ソウシンが聞く。
「誰こいつら?」
ノノカも眉をひそめた。
「ドッコウ団」
リカが嫌そうに吐き捨てる。
「今の日本で一番感じ悪い連中」
「訂正」
リオが言う。
「私たちは“新しいヒーロー”よ」
「はあ?」
アイリがスマホを掲げる。
そこにはニュース映像が映っていた。
ザン・イカルガがリポーターの取材を受けている。
『斬・斑鳩カイダンチョウ』
リポーターがマイクを向ける。
『これまでのカイダンチョウたちと、あなたの違いは何でしょう?』
『簡単な話だ』
ザンが堂々と言い放つ。
『あいつらは弱い。リスクを恐れ、ルールに縛られすぎている。俺とドッコウ団は違う。モンスターがルールを守らないのに、なぜこちらだけ従う必要がある?』
『なるほど。では、日本のモンスター問題にはどう対処するおつもりですか?』
『根本から絞り出す。俺のカイタンシャたちは今、その元凶を探っている最中だ』
『最後に、残っているカイダンチョウたちへ一言お願いします』
『簡単だ。邪魔だからどけ。相手にする価値があるのはニュガワだけだ。その遺産すら、いずれ俺が超える』
『大胆なお言葉ですね。ぜひそれを証明してみせてください、斬さん!』
映像が終わる。
「ふざけんな」
ザリアが吐き捨てる。
「ふざけんなよ、マジで」
「いや、全然」
ユウトはにやりと笑った。
「新しい世界秩序の始まりだよ」
三人はそのまま走り去り、また子供たちへ水をぶっかけていった。
浜辺では、オマリロが日差しを浴びながら横になっていた。
その前にマリンが立つ。
「女」
「名前で呼んでいいのよ」
「女、なぜここにいる」
マリンはため息をついた。
「モンスターの襲撃が悪化してる。それにドッコウ団がこの混乱に乗じて主導権を握ろうとしてる。日本に秩序を取り戻さないといけないの」
「意図を言え」
「要するに」
マリンは真っ直ぐ彼を見る。
「カイダンチョウたちを、もう一度まとめてほしいの」
「ふむ……」
「オマリロ、できるのはあなただけ」
彼女は静かに続けた。
「手遅れになる前に」
―――




