――第76章・余波――
オマリロは、闇の力を迸らせながら前へ出る二人のヘラルドを見据えていた。
「どうしたの、マスター?」
第六が挑発するように笑う。
「もう刃は鈍った?」
第七は間髪入れずオマリロへ突っ込んだ。高速で斬撃がぶつかり合う。
オマリロがシオンの相手をしている隙に、ミレイは白い結界を形成し、それをオマリロへ撃ち放つ。だがオマリロは手を打ち鳴らし、そこから瞬時に姿を消した。
シオンはミレイの隣へ着地した。
「マスターに、こっちの全力を少し見せてやるか?」
「ええ、シオン」
ミレイは頷く。
「そうするのがいいと思うわ」
二人の身体から闇の力がさらに立ち昇る。
オマリロは無言のまま刃を構え、微動だにしない。
「子供たちは檻に戻る」
第六は片手を上げ、第七を制した。
「ここは私にやらせて」
彼女の周囲に、灰色の球体がいくつも生まれていく。
「ジュゲン堕落――闇の宝珠!」
足元に生成した球体に乗るようにして前へ駆ける。
そして両手を突き出し、宝珠を連続でオマリロへ撃ち放った。
オマリロは刃でそれを受ける。
第七は、オマリロが弓を形成して矢を放つのを見た。
だが第六は宝珠をひとつ掲げ、その矢を吸収する。宝珠は黄金色へ変わり、そのまま強烈な黄金の爆発をオマリロへ撃ち返した。
「少女、強くなった」
オマリロが低く言う。
ミレイは以前の倍以上の速度で動き、複数の宝珠を融合させてオマリロへ叩きつける。
だがオマリロはそれをジュゲンで反転させた。
ミレイへ直撃しかけたその一撃を、シオンが刃で別方向へ弾き飛ばす。
「まだ届かない」
ミレイは静かに言った。
「でも安心して、マスター。私たちはもっと強くなるわ。ほかの子たちも、あなたの首を欲しがってる。私たちと同じようにね」
ヘルズフロアが激しく揺れ始めた。
「長居しすぎたみたいだな!」
シオンが言う。
次の瞬間、轟音とともにアツシのゴーレム形態が天井を突き破ってきた。その背にはルーキーたち、そして他のカイダンチョウたちが乗っている。
「マスター!」
ザリアが叫ぶ。
「先生! 無事ですか!?」
リカが慌てて駆け寄る。
「ナース! あいつ……俺の身体から出てった!」
ハンも叫んだ。
だが全員、そこで足を止める。
二人のヘラルドを見たからだ。
「は……?」
ハンが目を見開く。
「ナース? お前……ソウル系ジュゲンを使わないと追い出せないって――」
「哀れな子」
ミレイは鼻で笑った。
「最初からあなたなんて欲しくなかった。欲しかったのは、あなたのマスターだけよ」
次の瞬間、彼女はオマリロの眼前へ現れ、白く光る手を伸ばす。
だがオマリロは即座に身をかわし、逆に一撃で彼女を押し返した。
「心配いらないわ、オマリロ」
ミレイが微笑む。
「あなたにはまだ役目がある。死んでもらったら困るの。あまりにも大切だから」
シオンがポータルを開く。
そこへアツシが一歩前へ出た。
「ミレイ……どういうつもりだ」
「父さん、あいつら知ってるの?」
ノノカが割って入る。
「アツシか」
シオンが笑う。
「まだ辞めてなかったのか。てっきり死んだと思ってた」
「裏切り者め……貴様ら、必ず償わせる――!」
「いいえ」
ミレイが静かに首を振る。
「私たちは償わない」
ポータルへ足を踏み入れながら、ミレイは最後に一度だけオマリロを振り返った。
「今でも愛してる、マスター。でも、こうするしかないの。あなたを傷つけるしかない。じゃあね、また今度」
二人はポータルの向こうへ消えた。
オマリロが捕らえる前に。
「先生……」
ザリアが呆然と呟く。
「今の何だったんですか?」
「厄介事」
オマリロは答えた。
「大きな厄介事」
〈ああ、あのヘラルドたちは計画通りに動いてくれた〉
「誰!?」
ユカが振り向く。
ユカの手の中でエメルが震え出した。
「やば、やばっ! この声、ムジンシャだ!」
〈オマリロ・ニュガワ。ハントレスを片づけてくれて感謝する。だが、お前が新たな捕食者になった以上……〉
巨大な赤い門が現れた。
〈お前は殺されねばならない〉
ルイがその門から現れ、歓迎するように両腕を広げる。
「ようこそ、カイタンシャ諸君。敗北の痛みをたっぷり味わうといい」
「ルイ……!」
ユカが顔をしかめる。
ルイは首を横に振った。
「僕だけじゃない。プリーステス、ネラジリアもお話したいそうだ」
門の奥から、灰色の肌、光を飲み込むような黒い髪、底の見えない瞳を持つ長身の若い女が現れる。
巫女装束に身を包んでいた。
「ふむ」
彼女は一瞥して言う。
「取るに足らない人間ども」
その手を振るだけで、闇の蔓が全員を拘束した。
だがオマリロだけは容易く引きちぎる。
それを見て、ネラジリアはわずかに眉を上げた。
「興味深い。思っていた以上に強いのね」
「まずヘラルド、次はこいつらかよ?」
コウイチがうんざりしたように吐き捨てる。
「何なんだよもう、これ」
オマリロは前へ踏み出した。
しかしネラジリアが地面へ手を打ちつけると、紫に光る防壁が彼女の周囲を包んだ。
「やれ、プリーステス! 我らが神を呼べ!」
ルイが叫ぶ。
ネラジリアは詠唱を始める。
「ジ・エンドレスの神よ、枷を打ち砕き、自らを解き放て。地獄をこの世に解き放ち、再びすべてを支配せよ!」
彼女がその言葉を繰り返すたび、新たな門が次々と開いていく。
その隙にアツシは拘束を破った。
「ニュガワ、何をしている!」
「不明」
門が開き切った瞬間、そこからあらゆる魔物が溢れ出した。
ドラゴン、スライム、ゴブリン、果ては騎士型の魔物まで。
「下がれ!」
アツシが叫ぶ。
〈能力:使用可能〉
アツシの鎧が輝きを放つ。
「不動の壁!」
彼が両手を地面へ叩きつけると、門の前に壁の列が一気に形成され、魔物の群れを押し留めた。
だがドラゴンがそれを次々と破壊し、他の魔物たちが前へ雪崩れ込んでくる。
「足りん、くそっ!」
オマリロは手を打ち鳴らし、周囲の魔物を一掃した。
だがすぐにまた新しい魔物がその穴を埋める。
そして中央に、巨大な脱出ゲートが出現した。
「まさか……狙いはこれ?」
ユカが気づく。
「ダンジョンの魔物を現実に流し込むつもりだ!」
カオルが悲鳴を上げた。
「止めるぞ!」
ガクトが吠える。
しかしネラジリアの蔓が全員を薙ぎ払い、押し返す。
「行け、子供たち」
彼女が命じる。
「自由になれ。そして、お前たちを殺そうとする人間を狩り殺せ」
数え切れないほどの魔物が脱出ゲートへ流れ込み、現実世界へと姿を消していく。
やがて門が閉じ始めると、ネラジリアとルイもそこへ乗った。
「この場所は間もなく爆発する。お前たちと手を組む人間どもも、相応に始末されるだろう」
二人は去った。
同時に、フロア全体が崩壊を始める。
「急げ!」
ザリアが叫ぶ。
脱出ゲートも崩れ始める中、オマリロが全員へ手を向けた。
「今だ。来い」
全員が彼の周囲に集まる。
最後のゲート片が落ちる、その直前。
「ジュゲン操運者――呪われし移動」
彼が足を鳴らした瞬間、全員の姿が消えた。
次の瞬間には、崩れゆく出口ゲートへ飛び込みながら、彼らは外へ脱出していた。
鹿児島――
火口の上へ戻った彼らは、ハヤテとマリンが海の向こうを呆然と見つめているのを見た。
すでに各地では破壊が始まっていた。
人々は魔物から逃げ惑い、何マイル先までも煙が立ち昇っている。
「私たちは……何をしてしまったの……」
ユカが青ざめた顔で呟く。
「ひどすぎる!」
ハヤテが叫ぶ。
「突然、どこからともなく魔物が現れて市街地を襲い始めたんだ! 早く対処しなければ!」
オマリロは海を越えて瞬時に移動し、近場の魔物を一掃した。
腰を抜かしていた避難民たちが立ち上がり、若返った彼の姿を見てざわめく。
「今の……伝説のカイタンシャ?」
「間違いない! ニュガワさん、助けてくれてありがとう!」
「他のやつらはどこだよ!? ハントレスの件を処理するんじゃなかったのか! 失敗したんだろ!」
「どうして老いぼれ一人しかいないんだ! 使えねえ! 全部こいつらのせいだ!」
オマリロは街を見渡した。
罪のない人々の亡骸が路地にまで転がっている。
「ふむ。魔物、ここだけではない。各地に散ってる」
他のカイダンチョウたちも追いついた。
だが彼らを迎えたのは罵声と怒号だった。
「役立たずども!」
「見ろよこの死体の山を! ダンジョンの中のことは外に持ち出されないって言ったのは誰だ!」
「うちの息子が……あの騎士どもに殺されたんだぞ……」
カオルが両手を前に出す。
「ご、ごめんなさい皆さん! どうか落ち着いて――!」
しかし老女が、若い少女の亡骸を抱いたまま前へ出た。
その目には憎しみしかない。
「見てみな」
老女は吐き捨てる。
「お前らのせいでこうなったんだよ。あの騎士どもが、私の可愛い孫を殺した。何のためにあんたらはいるんだい? ダンジョンひとつまともに処理できないくせに!」
彼女はカオルの鼻先へ指を突きつけた。
「まだ伝説のあの人だけが守ってくれてた方が、こんなことにはならなかったんじゃないのかい!」
カイダンチョウたちは言葉を失う。
オマリロはそこで老いた姿へ戻った。
「子供たち、来い。戻るぞ」
杖をひとつ打つ。
オマリロとルーキーたちはその場から消えた。
残されたカイダンチョウたちは、ただその惨状を見つめるしかなかった。
カイタンシャ本部――
地下の拘束房。
ハヤテはコハクの前へ歩み寄った。
コハクは拘束衣のまま、鼻歌を歌いながら座っている。
「あら?」
彼女は顔を上げた。
「ディレクター、って呼ばれてる男じゃない」
「この侵攻、君の計画の一部だったのか?」
ハヤテが問う。
「全然」
コハクはあっさり答えた。
「本当は私と旦那様で止めるはずだったのよ。ところで、私の愛しい人はどこ? 会わせてくれないの?」
「ここにはいない」
ハヤテは冷たく言う。
「それに、彼は君の恋人じゃない」
「ええ、違うわね」
コハクはくすっと笑う。
「私を戦いで打ち負かした時点で、あの人は私のものになったの」
脚を組み直す。
「だから私も、今こうして大人しくここにいるの。だってあの人がここへ入れたんですもの」
「はいはい」
ハヤテは吐き捨てた。
「で、そのムジンシャとかいう連中について、何を知ってる?」
「頭のおかしい集団よ」
コハクは肩をすくめる。
「力も思考もね。ジョウイの代わりに管理役を奪ってから、どんどん壊れていった。ダンジョンの支配圏を抜け出し、地球そのものを乗っ取る方法を探してる」
「つまり世界征服か」
ハヤテが言う。
「ちょっと違う」
コハクは笑う。
「地球そのものを巨大なダンジョンに変えて、人間を狩られる側の“モンスター”にしたいのよ」
「だからあれだけの魔物を解き放ったわけか」
ハヤテは腕を組む。
「君が本当に奴らを止めたかったなら、なぜここまで騒ぎを大きくした? なぜこっちを襲った?」
「旦那様が欲しかったからよ」
コハクは当然のように言う。
「私に愛されるっていうのは、とても大変なことなの。私に勝った者だけが、私の全面協力を得て、ムジンシャを壊し、エンドレスを滅ぼす資格を持つ」
その唇に恍惚とした笑みが浮かぶ。
「そして私は、ついにその相手を見つけた」
ハヤテはうんざりしたように首を振った。
「どうでもいい。それで、敵は何人いる?」
「十一か十二……まあその辺りね」
「なら、最悪を想定して備えるだけだ」
コハクは背を預けた。
「いずれ私を解放することになるわよ、ディレクター」
「いや。絶対にしない」
ハヤテは部屋を出た。
その背を、コハクはにやつきながら見送る。
「ふふ……そのうち分かるわ」
地上階。
ハヤテが会議室へ入ると、オマリロ以外の全カイダンチョウが集まっていた。
傍らにはマリンが立ち、険しい表情で彼を見ている。
「ディレクター」
マリンが言う。
「カイダンチョウのユカから、お話があります」
「ユカ?」
「……世間の反応、もう見ましたよね」
ユカが静かに言う。
ハヤテは近くのテレビを点けた。
そこにはカメラに向かって叫ぶ抗議集団の姿が映る。
「カイダンチョウは死ね!」
「こいつらは全員失格だ!」
「あのチビ、何の役に立ってるんだよ!」
カオルがぎょっとする。
「え、あれ私のこと!?」
「一番小さいのは私」
ミズキが冷静に指摘した。
「あ……そ、そうだった」
抗議の声がなおも大きくなる前に、ハヤテはテレビを消した。
「無視しろ」
彼は言った。
「彼らは、お前たちがダンジョンで相手にしている危険を理解していない」
「でも、私たちは失敗しました」
ユカははっきり言った。
「市民も、ルーキーも。オマリロがいなければ、私たちはあのダンジョンからすら出られなかった」
「その通りです」
ミズキも続ける。
「私たちは、もはや足手まといでしかない」
「そうだな。いらないなら続ける意味もない」
コウイチが肩をすくめる。
「伝説は一人で十分だ」
「何を言っている」
アツシが低く唸る。
「もう辞め時かもね?」
カオルが弱々しく言う。
「だって、私たち余計に状況悪くしただけだもん。ニュガワさんの生徒たちの方が、私たちよりずっとやってた。情けないよ!」
「辞める!?」
ガクトが声を荒げる。
「冗談じゃない! 俺たちはこの失敗を償わなきゃならねえだろ! ここで投げ出すのかよ!」
「悪いな、大将」
コウイチの声には、わずかに寂しさが混じっていた。
「でも、もう俺たちは必要とされてない」
ユカ、コウイチ、ミズキ、カオルは立ち上がる。
「申し訳ありません、ディレクター」
ユカはハヤテへ向き直った。
「ですが、私はここまでです」
四人はそのまま部屋を出ていった。
アツシが机を拳で叩く。
「臆病者ども! 少し非難された程度で逃げるのか! 弱者め!」
ガクトがアツシの肩に手を置いた。
「もういいだろ、アツシ。ここで内輪揉めしても仕方ねえ」
マリンがハヤテを見る。
「どうしますか、ディレクター」
ハヤテは窓の外、東京の街をじっと見つめた。
「分からない、マリン」
彼は疲れた声で言う。
「本当に……分からない」
???――
ルイはビルの屋上に立ち、下で武装ゴブリンに追われる人間たちを見下ろしていた。
立ち去ろうとしたその時、ぬるりとした手が屋上を突き破る。
巨大なスライムが身を乗り出し、ルイを見下ろした。
「やあ、旧友エメラルド」
ルイが微笑む。
「調子はどうだい?」
「妹はどこだ」
スライムは低く唸った。
「ああ、エメルのことか」
ルイは軽く頷く。
「連れて行かれたよ」
スライムは咆哮し、拳ひとつで近くのビル上部を叩き砕いた。
「誰にだ」
「オマリロ・ニュガワという男だ」
「ニュガワ……聞いたことがある」
「うん。今、お前の妹はあいつの手の中にいる」
スライムはさらに膨れ上がり、怒りに満ちた顔を浮かべた。
「なら、そいつは死ぬ」
それだけ言い残し、彼は屋上から跳び降り、夜の闇へ消えていった。
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