――第72章・その価値を示せ――
フロア10000――
コウイチは落ち葉の山の中で目を覚まし、頭を擦った。
「ったく。そろそろ休暇でも取るべきかもな。バハマとか最高そうだ」
周囲を見渡した瞬間、炎、破壊、そして悲鳴が耳に飛び込んでくる。
身を起こすと、すぐそばで景色を眺めているガクトの姿があった。
「お、いたのか。でかい図体のくせに目立たねえな」
ガクトが振り返る。
「コウイチ? いつここに落ちてきた?」
「今さっき」
ガクトは辺りを指差した。
「この惨状……子どもたちが無事だといいんだが……」
コウイチは頭を掻く。
「探しに行くしかないだろ。どう聞いても、ここは地獄の屠殺場だ」
「なら急ごう、コウイチ!」
二人は木々の間を駆け抜け、生存者の痕跡を探した。
近くでは獣じみた咆哮が響いている。
進んだ先の地面には、血の跡が点々と続いていた。
その跡を追うと、木の陰で腕を押さえながら震えている若いカイタンシャがいた。
「おい、坊主」
ガクトが声をかける。
「もう大丈夫だ。何があったか話せるか?」
「か、カイダンチョウ……! よ、よかった……!」
少年は慌てて二人の間へ駆け込んだ。
「ハンターたちです! み、みんな殺されました! あいつらのリーダーが、生き残りを追っていて……!」
「落ち着け」
コウイチが低く言う。
「“みんな”ってどういう意味だ?」
少年は震える指で茂みを示した。
そこには死体が積み上げられ、別の木には複数のルーキーが吊るされていた。
「こ、ここだけじゃありません……! ジャングル中です……! 助かった人は、真ん中の大きな屋敷に連れていかれました……!」
彼が指差した先、木々の向こうに巨大な館が見える。
ガクトは拳を握りしめた。
「くそっ……遅すぎたか……!」
コウイチはため息を吐いた。
「とりあえず、先にジャングルを掃除するぞ。こいつみたいな生き残りを拾う。安全確保してから屋敷に突っ込む」
目を細める。
「ま、あの女にまたボコられに行くのは気が進まねえけどな」
「それでも俺たちの仕事だ! 救える命は救うぞ!」
ガクトは少年へ振り向く。
「坊主、お前もついてこい! 俺たちが守る!」
「は、はい……!」
三人はさらに奥へ駆けた。
ジャングルの各所には獣がうろつき、周囲には食い散らかされた遺体や、スライムに覆われた死体が無数に転がっている。
ガクトは険しい顔でそれらを見つめた。
しばらく進んだ先で、四人はミズキとカオルに合流した。
カオルは死体の山の前で泣き崩れ、ミズキがそばで背を支えている。
「ごめん……ごめん……ほんとに……ごめん……!」
「何があった?」
ガクトが問う。
カオルは涙に濡れた顔を上げた。
「私のルーキーたち……みんな……みんな死んじゃった……!」
「死亡してからそう時間は経っていない」
ミズキが静かに言う。
「だが、私たちの到着は明らかに遅すぎた」
カオルは震える手を差し出した。
「も、もう……治せない……」
「なら仇は取るしかねえ!」
ガクトが声を張る。
「ハントレスを捕まえて、こいつらのやったことの報いを受けさせる!」
「スナハラもナトリもニュガワもいねえのか」
コウイチが辺りを見回す。
「ったく。まあ、人生そんなもんか」
そのとき、背後の少年が悲鳴を上げた。
「カイダンチョウ! 後ろ!」
巨大な白虎が茂みを突き破り、四人のカイダンチョウをまとめて吹き飛ばした。
少年が逃げようとした瞬間、白虎はそのまま彼を丸呑みにする。
「なっ……!」
ガクトが叫ぶ。
「ちくしょう!」
白虎の背にはカゲトウがいた。
その周囲には武装したハンターの軍勢が展開している。
四人のカイダンチョウはゆっくり立ち上がり、白虎を睨みつけた。
「ハントレスの使いっ走りか」
コウイチが鼻で笑う。
「今日を選ぶとは運が悪かったな」
「同感です!」
カオルも頷いた。
カゲトウはクロスボウを向ける。
「世界最高のカイタンシャ、か。ハントレス様の言う通りだ。お前たちは実にがっかりさせてくれる」
ガクトは拳を鳴らした。
「もういい。しゃべりは終わりだ! ジュゲン闘士――灼熱兜投げ!」
炎の兜を形成し、それをカゲトウへ投げつける。
爆発が起こり、カゲトウは白虎の背から吹き飛んだ。
「形式的な挨拶は省略する気か。結構」
カゲトウは立ち上がる。
「狩人たちよ、攻めろ!」
第一陣のハンターたちが前へ出て弓を構える。
一斉に矢が放たれた、その瞬間。
「ジュゲン操運者――動力吸収!」
ミズキの周囲にエネルギーが走り、矢の速度が急激に落ちた。
彼女はそれを一本ずつ掴み取り、逆に射手たちへ投げ返す。
「がっ!」
「うおっ!」
「腕が――!」
さらにミズキは一気に踏み込み、蹴りで次々とハンターを地面へ沈めていく。
だが白虎の牙が迫り、彼女は紙一重でそれをかわした。
カゲトウはカイダンチョウたちを指差した。
白虎が再び突進する。
しかしガクトは真っ向からぶつかった。
「こんの……っ!」
頭突きと頭突きが正面衝突する。
「こいつ、鋼鉄でできてんのか!? 頭、硬ぇ!」
「ハントレス様の娘だ」
カゲトウが言う。
「半身に上位原型の血を宿す存在として造られた」
「上位原型?」
ガクトが眉をひそめる。
「ハントレスは半分上位原型ってことか?」
「上位原型って何?」
カオルが首を傾げる。
「知りたければ、その身で味わえ」
白虎の爪がガクトを斬り裂こうとする。
ガクトは再び兜を形成し、防いだそのまま体当たりで白虎を木々の群れへ吹き飛ばした。
「っと、筋肉担当が消えたな」
コウイチが呟く。
「ええ。そして次はお前たちだ」
木々の間から大勢のハンターが飛び出し、刃を手に襲いかかる。
「ジュゲン後備者――封印の網!」
コウイチが黒い網を展開し、飛び込んできたハンターたちを一気に拘束した。
だが後続は止まらない。
斧、棍棒、投槍を持った者たちが次々に押し寄せる。
一人がカオルの首を狙って斬り込む。
カオルはギリギリでかわした。
「ちょっと! 髪切ろうとしないでよ、このサイコ!」
彼女は相手の額へ手を当てる。
「ジュゲン回生者――神経封じ!」
男はその場で崩れ落ちた。
別の一人がすぐさま斧を振り下ろし、カオルの首筋をかすめる。
「ひゃっ!」
カオルは反射的にそちらにも触れ、相手を行動不能にする。
背後ではコウイチがさらに網を広げ、ミズキはカゲトウと対峙していた。
「お前には罰が必要」
ミズキが冷たく言う。
「この行いは許されない」
「黙れ」
カゲトウは矢を番える。
「狩人の世界に罰などない。あるのは強者と弱者だけ。弱者は相応の末路を得る」
彼は一斉に矢を放つ。
ミズキはすべてをかわし、鋭い後ろ回し蹴りをカゲトウの顔面へ叩き込んだ。
カゲトウはそれを受けても倒れず、口笛を吹く。
耳をつんざく音に、ミズキは一瞬身を引いた。
すると茂みから三匹の大蛇が這い出し、彼女を取り囲む。
「最適ではない」
ミズキは息を整える。
「獣を自在に呼べるなら、消耗戦は不利」
一匹が噛みつく。
ミズキは身を翻して避け、足払いで体勢を崩す。
「早く終わらせる必要がある」
だが残る二匹が尾を巻きつけ、彼女の身体を締め上げた。
その瞬間、コウイチの網が一匹を絡め取る。
ミズキは残る一匹へ拳を連打し、地面へ叩き落とした。
「礼くらいねえのか?」
コウイチが舌打ちする。
「ったく」
「今はそのときではない」
ミズキは淡々と返した。
さらにハンターたちが押し寄せ、三人のカイダンチョウは次々とそれを倒していく。
一方、ジャングルのさらに奥では、ガクトと白虎が激しくぶつかり合っていた。
白虎は木を咥え、まるでバットのように振り回す。
「やんちゃな猫ちゃんだな、おい!」
丸太が頭上へ迫る。
ガクトは頭突きでそれを真っ二つにし、その勢いのまま白虎の顎へアッパー気味の頭突きを叩き込んだ。
白虎は唸り声を上げ、全力でガクトへ突進する。
「そう来るか! ならこっちも全力だ!」
互いがぶつかる、その寸前。
別の衝撃が白虎を横から吹き飛ばした。
ガクトは目を見開く。
そこにいたのは黒曜の巨体を纏ったアツシだった。
巨大なゴーレム形態の拳が、白虎を沈めている。
すぐにアツシはその形態を解き、砕け散るゴーレムを背に立った。
「助けられるようでは終わりだな、ミヤマ」
アツシが吐き捨てる。
「見苦しい」
「いや、平気だったし!」
ガクトが文句を言う。
「最高に盛り上がってたとこだぞ!」
「他の者たちはどこだ?」
「向こうだ。ハントレスのナンバー2とやり合ってる」
「なら時間を無駄にするな。娘と、その仲間たちが危険だ」
基地――
館の内部では、ハンが無表情のまま立ち尽くす中、ザリアたちは一斉に戦闘態勢に入っていた。
コハクは上空へ舞い上がり、炎を翼に纏う。
「みんな、いくよ!」
ザリアが叫ぶ。
「今度こそぶっ飛ばして、ミスター・オマリロのところへ引きずってく!」
「威勢だけはいいわね」
コハクが嗤う。
次の瞬間、彼女は急降下し、ザリアの刃と爪が正面から激突した。
連撃を交わした末、コハクの一撃が上から叩きつけられ、ザリアは押し返される。
「ジュゲン魔法士――無尽の夜の三日月!」
巨大な月光の刃がレイの手に生まれ、コハクの翼へ叩き込まれる。
だがコハクは爪で受け止め、表面を削るに留めた。
シノが続けざまにベクトルを飛ばす。
しかしコハクはすべてをかわす。
「全然届かない!」
シノが歯噛みする。
「だったら、これでどう!?」
ノノカが叫ぶ。
「ジュゲン操運者――呪いのスキル強化!」
〈全パーティメンバーに200%バフ付与〉
全員の身体に力が巡る。
「今よ! あのクソ女をぶん殴りなさい!」
ソーシンがザリアを掴み、高速回転させてそのまま投げ放つ。
ザリアは勢いのままコハクへ突っ込み、刃で右腕と翼を切り落とした。
「取った!」
だがコハクは傷口を見下ろし、すぐさま再生してみせる。
「……いや全然取れてねえ!」
「再生を止めるか、遅らせるかしないと倒せない!」
リカが叫ぶ。
「どうするの!?」
「とにかく圧かけ続けろ!」
ノノカが返す。
「六対一で押し切れないわけないでしょ!」
「試してみる?」
コハクが笑う。
いつの間にかコハクはノノカの背後へ回っていた。
ノノカは咄嗟にしゃがみ、首元に手を当てる。
「ジュゲン操運者――人性闘気!」
〈人間性、破棄。バフタイマー:1:30〉
黒灰色の装甲がノノカの全身を覆う。
彼女は拳の嵐をコハクへ浴びせるが、コハクはほとんど揺るがない。
そこへレイが月光弾を撃ち込むが、コハクは片手で止めてしまう。
「シノ!」
リカが振り返る。
「何かない!? 再生を鈍らせるやつ!」
「リカ、シジル作れるでしょ!?」
シノが返す。
「再生に干渉するの!」
「分かんないよ! ヘルスブースト、バイタリティ、サイフォンくらいしか……!」
「今作ればいい!」
「今!?」
「今しかないでしょ!」
コハクの翼から火炎が放たれる。
ソーシンがリカとシノを抱えて安全圏へ運ぶ。
「心配しないで、ビッグシス・リカ! 新しいお友だちも守る!」
「ありがと、ソーシン!」
リカは自分の手を見る。
「あと二つ……。集中、リカ。再生に効くやつ、何か……!」
両手を重ねる。
〈シジル生成:ライフスティール 説明:対象の生命力を奪う 残り回数:3〉
「違う……けど!」
「それでも使える!」
シノが即答する。
「少しずつでも奪えるなら十分!」
コハクはノノカを強烈な蹴りで吹き飛ばし、ノノカの装甲は解除された。
ザリアが受け止める。
「大丈夫か?」
「見て分からない?」
「まあ、一応チームだし」
ノノカは胸を押さえながら立ち上がる。
「ここまでお前らのために死にかけたんだから、そうなるわよ」
彼女は柱にもたれた。
「しばらく動けない。早く決めなさい」
ザリアの視界も少し揺らいでいた。
「……同感」
部屋の反対側では、レイが月光弾を連射し、シノが指先からベクトルを飛ばす。
ソーシンはリカを抱えたまま走り、リカはシジルを握り潰した。
〈シジル発動〉
光線がコハクを貫き、彼女は片膝をつく。
「ふざけた真似を……!」
ザリアがそこへ剣を突き立てる。
肩を貫かれたコハクがそれを引き抜くと、傷の治りが目に見えて遅くなっていた。
「防御が落ちてる!」
ザリアが叫ぶ。
「今だ!」
彼女は一気に距離を詰め、連続で斬りかかる。
レイも反対側から月光の刃を浴びせる。
「飽きたわ」
コハクが翼を大きく羽ばたかせた。
凄まじい衝撃波が走り、ザリアもレイも吹き飛ぶ。
部屋中の柱が砕け、瓦礫がルーキーたちを押し潰した。
その中で、コハクはハンへ振り向く。
「さあ、私の子。今こそ“母”への忠誠を見せなさい」
ハンはゆっくり前へ出る。
両腕のウォッチが変形する。
「ハン……お願い……」
ザリアが呟く。
「もうやめて……」
彼は無言のまま、コハクの隣へ立つ。
「まずは竹野ザリアから始末しなさい」
コハクが命じる。
「あの口にはうんざりしたわ」
ハンの手首から鋭いワイヤーが伸び、ザリアを狙う。
「ハン……」
放たれたそのワイヤーを、金色の矢が真っ二つに裂いた。
眩い黄金の光が部屋を満たし、全員が目を細める。
「子どもたち、よくやった」
静かな声が響く。
「十分に価値は示した」
次の瞬間、黒と金の装甲を纏ったオマリロが現れる。
ザリアの顔がぱっと明るくなる。
「先生!」
オマリロはコハクの正面へ降り立った。
「女は生徒を奪った。女は生徒たちを傷つけた。女は遊びを始めた。なら今度は、女が遊ばれる番だ」
その目が黄金に輝く。
「来い、女。来い」
コハクはゆっくりと笑みを深めた。
その場にいた全員が、次の一撃で世界の空気が変わると悟った。
——




