――第65章・道を書く者――
ピラミッド内部――
門蛇は、赤い煙を噴き上げながらゲートから飛び出してきた一行を見て、舌を鳴らした。
「まだ生きていたか。大したものだ」
「あんたのゲート、こっちを殺す気満々だったじゃねえか!」ザリアが噛みつく。
「正しい門だとは言っていない。楽だともな」
コウイチは服についた砂を払った。
「はあ……面倒極まりない。せめてヒントくらい寄越せよ」
門蛇は首を横に振る。
「ならぬ。十二の門のどれかをもう一度選べ。運が良ければ当たるかもしれん」
「また選んで、また祈るしかないってこと?」カオルが眉を寄せた。
アツシは片手を上げる。
「待て。ノノカ、少し話がある」
「……うん?」
アツシはノノカを脇へ連れて行き、しばらく彼女を見つめたあと――ぎゅっと抱きしめた。
「無事でよかった、娘よ」
ノノカの顔が一気に赤くなる。
「パ、パパ……?」
アツシは一歩引き、目尻の涙を拭った。ノノカは固まったまま、耳まで真っ赤だ。
「その……私も……無事でよかった……」
コウイチがわざとらしく咳払いした。
「おいおい? そこの親子、そこでずっとイチャついてるつもりか?」
二人ともハッと我に返る。
「行くぞ、神代」アツシが低く言う。
「う、うん……行こう、パパ」
一行は中央へ戻る。
“混沌の門”はすでに消えていた。ザリアが別の扉を指さす。
「次、あれでいいんじゃね?」
向かった先の扉にはミイラの紋様。そこに門の番蛇が現れる。
「ようこそ、定命の者たち。ここは“防腐の門”。アヌビス様ご自身の門だ。本来なら彼が相手をするのだが――今は不在だ。諦めろ」
「それ、別に悪くなくない?」カオルが明るく言った。
「みんな、行ってみようよ!」
「軽率だ」アツシが吐き捨てる。「だが、進むしかない」
一行は門の中へ入った。
――しばらくして。
全員、ぐるぐる巻きの亜麻布まみれで外に放り出され、床の上で魚みたいに跳ねていた。
「正解ではなかったようだな」と蛇が嘲る。
「見りゃ分かる!」ノノカが布を引きちぎった。
ようやく自由になると、コウイチが次の扉を指した。
「今度はあれ。ワニとか大したことねぇだろ」
扉の中央には大きなワニの紋章。番蛇がまた現れる。
「ここは“ワニの門”。ソベクの領域だ」
「ああ、はいはい。入ればいいんだろ」
一行は中へ。
そしてまた、ものの数分で外へ投げ戻された。今度は全身ずぶ濡れ。しかも足首には小型のワニが噛みついている。
「コウイチ!」カオルが悲鳴混じりに怒る。「最悪の扉だったじゃない!」
「そっちだって大した案出してねぇだろ!」
「二人ともやめろ」アツシが一喝する。「時間がない。次だ」
ノノカが星空の紋章の扉を見上げた。
「あれ、なんか大人しそう。外れでもマシなんじゃない」
「外れていなければいいがな、娘」
番蛇が言う。
「“夜空の門”。ヌトの領分だ」
一行が中に入ってしばらく後――今度は全員、ピラミッドの“屋根”の上に放り出された。
「え、え、えっ!?」カオルが足を震わせる。「なんで屋上!?」
「部屋の重力が逆転したのだ」蛇が説明する。「飛び降りれば元に戻る」
ザリアは肩をすくめて飛び降りた。
他の面々も続く。――結果、全員顔面から地面に突っ込んだ。
「くっそ……」アツシが顔を上げる。「やはり違う」
〈残り時間:27:55〉
アツシは門を見渡した。
王冠、戦場、幼子――そして、一際奇妙な紋様の扉。まるでパズルのような幾何学。
「……力押しでも勘でもない。俺たちが避けてきたものが答えかもしれん」
アツシはその扉へ向かう。
「これだ。行くぞ」
「えぇ? あれ?」カオルが引きつる。「すごく嫌な感じするんだけど!」
「だからこそだ」
扉の前に着くと、今度は蛇ではなく、トキの頭を持つ男が現れた。
「おや。人間とは珍しい」
「今度は蛇じゃないのか?」ザリアが眉をひそめる。
男は優雅に一礼した。
「私はトト。知恵の神。そしてここは――“秘密の門”」
人ならざる笑い声を洩らす。
「入る勇気はあるか?」
「ある」アツシが即答した。
「なら、ついてこい」
手を振ると門が開く。
先にあったのは巨大な図書室。中央に石の祭壇。壁一面に色褪せたヒエログリフがびっしり刻まれている。
〈規則:賢き者は道を書く〉
「なんか……不気味だな」ザリアが呟く。
「知識は最初、異物として目に映る」トトが言う。「手にしたとき初めて、それは知恵へ変わる」
彼はザリアを指さした。
「お前。特異な気配があるな、娘」
「え、私?」
「そうだ。座れ」
「どこに?」
祭壇の前に石の椅子が出現する。トトはザリアをそこへ座らせた。
「お前が書記だ」
皆が固唾を呑んで見守る中、トトは彼女の前に立ち、両手を秤のように差し出した。
「始めよう」
左右の手にそれぞれ異なる象形が浮かぶ。
トトの声が鋭くなる。
「二つの道がある。宝に至るため、選ぶべきは右か左か」
左手には――“目”“心臓”“前へ歩く人”。
右手には――“目”“壁”“石床に触れる手”。
「三十秒だ」
ザリアは両方を見比べた。
(くっそ……右は探索、左は直進? 慎重に見るか、突っ切るか……)
部屋を見渡す。
(でも調べるのに時間かかったら終わる。けど、雑に進んだらまた死ぬ……)
「焦るな」アツシが口を開きかける。「ニュガワのように考えろ。俺なら――」
トトが彼を睨む。
「選べるのは書記だけだ。口を挟むな」
「つまり、最も無鉄砲な奴に全員の命を預けてるわけか」とノノカが吐く。
「いつものことだな」コウイチが溜息をついた。
「大丈夫! ザリアならやれる!」カオルが親指を立てる。
ザリアは顎に手を当て、やがて右を指した。
「慎重に見るほうがマシだと思う」
「それが答えか?」
「うん」
空間がねじれた。
図書室は、浮遊するシジルだらけのオカルトめいた部屋へと変わる。
「場を見回し、下へ続く道を見つけた」トトが告げる。「だが正しい道かはまだ分からん。次だ。進むにあたり、どのシジルを持つ?」
左手には“ひび割れた石”“その上の炎”。
右手には“目”“アンク”“強い光”。
「複雑にしてきたな」とアツシが睨む。
ザリアは左右を凝視した。
「片方はダメージっぽい……もう片方は回復っぽい……安全そう」
彼女は右を指す。
「こっち」
「それでいいのか?」
「いい」
シジルが出現し、砕けた。
次の瞬間、全員が目を押さえて倒れる。
「っ、うあっ!?」
「なんだこれ!?」
「目が――!」
ザリアが立ち上がる。
「は!? 今の、回復じゃ――!」
「“善い”とは見た目で決まらぬ」トトが淡々と言う。「お前が選んだのは“盲目の光”。“育む炎”ではない」
彼は檻に閉じ込められた仲間たちを示した。
「この試練の間、彼らは見えぬ。お前が導け」
「マジかよ……!」
部屋がまた変化し、今度は巨大なスカラベだらけの穴。中央には檻があり、皆はそこへ閉じ込められていた。
「お前の仲間はスカラベの穴に落ちた。視界も鍵もない」トトが言う。「どうやって逃がす?」
左手に“手”“土の山”“下向き矢印”。
右手に“手”“梯子”“上向き矢印”。
「掘るか、登るか……」
檻をスカラベが食い破り始める。
「ザリア、早くしろ!」ノノカが叫ぶ。
「考えてるっつの!」
(ハンならどう言う? リカなら? 地面掘って虫の中は最悪……上か? でも上に何がある?)
檻の天井を見る。
(マインドテストの時みたいに上に答え……?)
首を振る。
(いや、違う。たぶん――)
左を指した。
「こっち!」
「それでいいか?」
「いい!」
檻の中央に穴が開く。ザリアが叫んだ。
「みんな! 穴に飛び込んで!」
「どこだよ!?」コウイチが怒鳴る。
「真ん中! ちょっと前進したら落ちる!」
「お前から見てだろうが!」
「そっちの前だって!」
半信半疑のまま仲間たちが歩き出し、次々穴へ落ちる。
スカラベが檻に雪崩れ込んだ瞬間、空間が変わった。
今度は地下水路のような部屋。濁った水がすでに半分まで満ちている。
「掘った先で、水没した部屋へ落ちた」トトが言う。「このままではお前たちは溺れる」
左手には“水線”“泳ぐ人”“上昇”。
右手には“目”“柱”“触れる手”。
水位は秒ごとに上がる。
ザリアは室内の柱を見た。一本は亀裂。一本はスカラベ模様。一本は天秤。
(なんだよこれ……ヒント? 罠?)
「水……!」カオルが叫ぶ。
「ちょっと待て!」ザリアが必死に考える。
「時間がないぞ」とトト。
(賭けるしかない……。ダンジョンは予測不能。なら――)
水が皆の額に届く。
ザリアは左を指した。
「左! それで!」
「最終回答か?」
「そうだ!」
水が一気に噴き上がった。
全員を呑み込み――世界が変わる。
そこは静かな隠し部屋。中央には宝箱。
皆が瞬きを繰り返す。カオルが自分の顔を触った。
「あっ……見える! 見えるーっ!」
「……成功したのか?」ノノカが顔をしかめる。
「道は書かれた」トトが告げる。「進め。報酬を取れ」
「え、マジで?」ザリアが目を丸くする。「私……できた?」
トトは頷いた。
「場を読み、一度危険へ戻す判断をした。ダンジョン経験が働いたのだろう」
「危うく死ぬとこだったけどな」ノノカがぼそり。
「聞こえてんぞ、お前!」
アツシがザリアの肩に手を置いた。
「……よくやった」
「っしゃあ! サンキュー!」
コウイチが宝箱へ近づき、警戒しながら蓋を開ける。
「これ、罠じゃないよな?」
「違う。鍵だ。急げ。時間はほとんど残っていない」
〈残り時間:1:57〉
箱の中には、ミイラ型の奇妙な鍵。
コウイチがそれを取ると、鍵は独りでに宙へ浮き、部屋の外――中央ホールの床に突き刺さった。
〈鍵を獲得。ゲート離脱。〉
一行は門の外へと弾き戻される。
その鍵が床の中央へ埋まり、さらに奥へ続く道が開いた。
トトが最後に言う。
「忠告だ。次の試練では、お前たちの勇気と精神がさらに深く試される。覚悟して進め」
「今すぐ入るのか?」ザリアが問う。
「いや」トトは首を振った。「まだだ。他の試練が進まねば、道は完成しない」
「他の試練?」
「すべての試練は繋がっている。すべては互いに影響し合う。先の道は――分かれていて、なお一直線だ」
⸻
フロア10,000――
ハンはゆっくり目を開けた。
自分が鎖で繋がれた“動物園の檻”のような場所にいることに気づく。そして、すぐ目の前に見覚えのある顔。
「ハン! 起きた!」
「……シノ?」
ハンは周囲を見渡す。
「ここ、どこだ?」
「たぶんハントレスの根城。あるいはそれに近い場所」
「なんで俺たちがこんなとこに……」
そのとき。
檻の向こう、ガラス越しにコハクが現れた。獲物を見る目で。
「ああ……わたしのペット、ようやく起きたのね……」
ハンは立ち上がる。
「誰がペットだ!」
「でも、そうでしょう?」コハクは笑った。「その体を見なさい。右腕を」
ハンが右腕を見る。黒い、影のような異質なものがべったりと這っていた。
「な、なんだこれ……お前、何した」
「あなたの中の闇を表に出しただけよ」
コハクが爪を振るう。
ガラスが一撃で砕け散った。
「今度は――」
彼女は獰猛に微笑む。
「悪魔を引きずり出してあげる」
——




