表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/78

――第63章・禁忌の知識、禁忌の門――

???――


 少し歳を重ねたオマリロ・ニュガワは、マグカップにコーヒーを注いでいた。

 そこへ、紫髪の十代後半の少女が郵便物を抱えて近づく。


「マスター。カイタンシャから手紙が届いてます」


 オマリロは振り返った。


「リン。全部燃やせ」


 リンは中身をぱらぱらと確認し、頷く。


「承知しました、マスター」


 立ち去ろうとしたリンが、ふと足を止めた。


「……そうだ。ひとつ聞いてもいいですか、マスター。結婚するつもりは――」


 オマリロは手を上げた。


「ない」


「もし、私が――」


「ない」


「はぁ……」


 リンは頬を膨らませる。


「マスター、いつまで壁つくってるんですか。せめて、自分の話くらいしてくれても――」


「話。ある日生まれた。カイタンシャになった。カイダンチョウになった。終わり」


 オマリロはコーヒーを一口。


「稽古は後」


 リンは苛立ったように腰へ手を当てた。


「はいはい。燃やしてきますよ、言われた通り」


 リンは廊下へ向かい、角を曲がる。

 そこには、成長したイチカとミレイが待っていた。


「また断られた?」ミレイが聞く。


 リンは頷く。


「相変わらず。真面目すぎ。家に住んでるのに、他人みたい」


 ミレイが腕を組む。


「どうにかして一緒に時間取れないの?」


 イチカが控えめに提案した。


「……旅行とか、どう? マスター、ずっと働いてるし……少しくらい休んでも」


 ミレイが笑う。


「無理無理。マスターが“休暇”なんて言葉に乗る前に、私たち全員処刑されるって」


 リンが指を立てた。


「稽古に繋げればいいんだよ。“訓練のための遠征”とか。そう言えば動く」


「誰を動かすって、子どもたち」


「ぎゃっ!」


 三人が飛び退いた。

 背後に、オマリロが立っている。


「サー……!」


 三人は反射で頭を下げた。


「廊下で噂話」オマリロが言う。「私が愚かだと?」


「い、いえ! そんな!」イチカが慌てる。


「ただの案出しです!」ミレイが言い訳する。


「そうです! 絶対に騙そうとかしてません!」リンが畳みかける。


 オマリロは杖を手に取った。


「道場。全員」



道場――


 オマリロが三人を道場へ導くと、すでに五人の男が稽古をしていた。

 その中には、成長したイツキもいる。


「マスター!」イツキが気づく。「お会いできて嬉しいです。今日は何かご用件ですか?」


 イツキは三人を見て、空気を読むように口を止めた。


「あ……すみません。悪いタイミングでしたか。何かありました?」


「ちょっと様子見」リンがぼそりと呟く。


 オマリロは杖で床を叩く。


「整列」


 全員が一列に並ぶ。イツキは中央。

 オマリロは端の、緑髪で耳をほじっていた青年に視線を向けた。


「カイト」


 カイトは慌てて手を引っ込める。


「はい、マスター!」


 次。青髪で僧のように祈りの姿勢だった青年。


「ナオヤ」


 ナオヤは丁寧に頭を下げる。


「はい、サー」


 次。燃えるような赤髪で目が熱い青年。


「ダイゴ」


「いつでもいけます、サー!」


 次。イツキ。


「イツキ」


「ここに、マスター」


 次。ミレイ。


「ミレイ」


 ミレイは胸に手を当てる。


「何でもどうぞ、サー!」


 次。イチカ。


 イチカの頬が赤くなる。


「は、はい……マスター」


 次。リン。


 リンは目を閉じた。


「私は……マスターのものです」


 最後に、最年少の少年へ。


「シオン」


 シオンは勢いよく頭を下げた。


「証明させてください、サー!」


 オマリロは全員を見回した。


「お前たち。歳を取った。青年だ。飢えが鈍った。なぜ」


 沈黙。

 気まずい空気の中、イツキが一歩前へ出る。


「俺たちは今も“最強”を目指しています、マスター。ただ……」


 イツキは言葉を選ぶ。


「あなたが憧れで、指標で……だからこそ、もっと“手を伸ばして”ほしいんです。もっと――直接」


 オマリロは杖を床へ軽く鳴らした。


「説明」


 イチカが恐る恐る立ち上がる。指をもじもじと絡めた。


「……家族、みたいに。私たち、あなたのカイダンに属してるのは分かってます。でも……“マスター”のことを、もっと知りたいんです。あなた自身を」


 オマリロの視線が部屋を巡る。


「何人が同じ考え」


 全員が手を上げた。


 オマリロの声が低くなる。


「誰も、私の本質を知らない。背負えない」


「背負えます!」ミレイが食い下がる。「私たち、マスターが好きです! 愛してます! 誓います!」


「無理だ」


 オマリロは静かに問う。


「なぜこのカイダンが“ジュカイダン”と呼ばれるか、知っているか」


 全員が首を振る。


「見せる」


 オマリロが手を差し出す。


「ジュゲン堕落:万能苦痛の呪い」


 空気が、重く沈んだ。

 黒い稲妻のような気配が走り、オマリロの身体を黒い鎧が覆う。

 面の奥で、瞳が不気味に光る。


「ジュゲン……堕落……?」イツキが息を呑む。「それ、何ですか……?」


「魂に刻む呪い」オマリロの声が響く。「力は無料ではない。代価が要る」


 手を振るう。黒い衝撃が走り、傍の訓練用ダミーが粉砕された。


 生徒たちが凍りつく中、オマリロは鎧を解いた。


「深く覗くな。学べるものを学べ。触れられぬものは避けろ」


「マスター……」イチカが震える声で聞く。「どうして……呪われているんですか」


「歴史は複雑だ」オマリロは淡々と言う。「お前は耐えられない」


 シオンが前に出る。


「お願いします、サー! 俺たちを信じてください!」


「そうだ!」ダイゴも頷く。「変な呪いでも、ジュゲンでも! あなたは俺たちのマスターだ!」


 オマリロは小さく息を吐いた。


「子どもだ。お前たちは」


 踵を返す。


「今日は各自で鍛えろ。明日、戻る」


 オマリロが去り、道場には取り残された沈黙だけが残った。


「……俺たち、思ってた以上に何も知らない」ナオヤが呟く。


「さっきの、めちゃくちゃカッコよかった!」カイトが興奮する。「俺もやりたい!」


「馬鹿」ナオヤが吐き捨てる。「お前はマスターじゃない」


 リンは玄関の方角を見つめた。


「みんな、ズレてる。マスターは何かを背負ってる。だから距離を取ってる。……私たちが、それを軽くしないと」


「リンの言う通り」イチカが頷く。「マスターは私たちを助けてくれた。今度は私たちが助ける番」


 イツキが拳を握る。


「決まりだ。呪いの源を探す。そして、壊す。恩返しだ」


 ――その会話を、少し離れた場所でオマリロは聞いていた。

 険しい顔で。


「……子ども」


〈エラー……エラー……樹、安定せず〉



ミッドガルド――


 枯れ始めた樹が、激しく震える。

 その幹から、オマリロの上半身が飛び出した。


 トールとエメルが目を見開く。


「そんな反応、見たことないぞ!」トールが叫ぶ。「何を見た!?」


「過去」オマリロが答える。


「その過去、最悪だ!」トールが吐き捨てる。


 衝撃波が連続して走り、大地が裂ける。

 トールがエメルを指した。


「スライム! お前が掴め!」


「え、私!? なんであんたがやらないの!」


「近づいたら俺の身体が裂ける! お前なら衝撃を吸える!」


「神のくせに情けない!」


 エメルは両手でオマリロの肩を掴み、全力で引っ張った。

 オマリロの身体が樹から剥がれ、樹はさらに不安定になる。


「引けた!」


 オマリロが雪の上へ落ち、樹を見た。


「樹。面倒」


「言ってる場合か!」トールが叫ぶ。「走れ!」


 三人は雪原を駆けた。

 衝撃波が背後を裂き、危うくオマリロを掠める。


 やがて、光の筋が現れる。

 トールが二人の腕を掴んだ。


「掴まれ、凡人!」


 三人は光へ飛び込み、遥か彼方へ運ばれた。



アースガルド――


 待ち受けていたオーディンの横には、兜を被った長身の男が立っていた。


「やっと戻ったか」オーディンが言う。


「ヘイムダル」トールが息を吐く。「間に合った」


「見れば分かる」ヘイムダルが頷く。「樹が想定外の反応をしたようだな」


「想定外どころじゃない」


 オーディンは槍先をオマリロへ向けた。


「ユグドラシルを耐えたか。禁忌の秘密を抱える樹を越えるのは容易ではない」


「耐えた、だけじゃない」トールが口を挟む。「樹が……奴の知識を“奪おうとした”みたいだった」


「馬鹿な」オーディンが眉をひそめる。「我らの樹が持たぬ禁忌など、何がある」


 オーディンはオマリロを見る。

 だがオマリロはその横を通り過ぎた。


「次」


 毛布に包まれた名取ユカと、同じく毛布のソウシンの前へ。


「さっきは……よくやった」ユカが言う。「で、何を見た? 答える気は?」


「色々」オマリロが短く返す。「絶望の前で止まった」


「有名なユグドラシルでも、あなたからは引き出せない。……なら私にできるはずないわね」


「できない」オマリロは言う。「お前は」


 トールとヘイムダルが小声で何か話す。

 オーディンが咳払いした。


「よし。第一試練は合格だ。次は第二。ロキ、お前の番」


 ロキが腰を揺らしながら近づく。


「んふ。楽しそう」


「始めろ」オマリロが言う。「私は少年を連れる」


「やったー!」ソウシンが跳ねる。


「まだだよ」ロキが指を振った。「他の連中の進行待ち。タイミング合わせ」


「……ふむ」


「それにさ」ロキが笑う。「エジプトのやつ、引いた人は可哀想。地獄だよ、あれ」



その頃――


〈侵入を検知――フロアレベル:5,002〉


 ザリア、ノノカ、そして同行していたカイダンチョウたちが、広大な砂漠へ降り立った。

 目の前には巨大なピラミッド。周囲には家々が点在する。


「デジャヴ」ザリアが眉をしかめる。「てか、なんでこんな深さまで一気に落ちんのよ」


「非線形だ」砂原アツシが吐く。「分割戦と同じ。直線じゃない」


 月島カオルが手を叩いた。


「ピラミッド! 好き!」


「落ち着け」神代コウイチが呆れる。


〈規則:試練を完了せよ〉


「試練……」アツシが目を細める。「今度は何だ」


「パパ、嫌な予感しかしない」砂原ノノカが言う。


「平気だ。進め。砂に飲まれるな」


 先頭のアツシに続き、ピラミッドへ向かう。

 入り口にはミイラが立っていた。


「止まれ、定命の者よ」ミイラが告げる。「なぜ我がフロアにいる」


「歓迎されてない感じ?」カオルが首を傾げる。


「歓迎などない。私は“ダンジョンの破壊者”を待っている」


 ミイラの瞳が光る。


「お前たちは彼を――オマリロ・ニュガワと呼ぶのだろう」


 全員が一瞬、息を止めた。


「ニュガワに何の用だ」アツシが低く問う。


「説明しろ!」ザリアが食ってかかる。「うちのマスターに罠張ってんのはお前らだろ!」


「……あいつ、私のマスターでもあるけど」ノノカが小さく呟く。


「今は黙れ」アツシが咎める。


 ミイラは骨を鳴らし、布がうねった。

 そして――全員の身体を一瞬で拘束する。


「っ――!」


 ミイラは頭部を晒す。そこには、ジャッカルの顔。


「マスター? 愉快だ。あれはマスターではない。征服者だ」


 布が締まる。


「我が名はアヌビス。全てのミイラの神」


「神?」コウイチが目を丸くする。「童話かよ」


「信じぬならそれでいい」アヌビスは淡々と続けた。

「だが、お前たちは“神”の近くに長くいた。気づかなかっただけだ」


 背後の扉が開き、埃まみれの部屋が現れる。

 その中には十二の扉が円形に並んでいた。


〈規則:正しい門を見つけよ〉

〈残り時間:45:00〉


「砂漠が幸運を与えるといいな」アヌビスが言う。「次の間で待つ」


 アヌビスの身体が砂となり、消えた。


「親切な“案内役”だな」ノノカが舌打ちする。「パパ、どうすんの」


「試練を進む」アツシが答える。「仲間が待っている」


 全員が中へ入ると、入口は閉じた。

 コウイチが部屋を睨む。


「最悪。パズルか。触るなよ、誰も」


 カオルが扉の一つへ近づく。

 その瞬間、ファラオ装束の蛇が現れた。


「きゃっ! ヘビ!」


「失礼だな、人間」蛇が嘶く。「私は蛇の神格。ヘビではない」


 アツシが前へ出る。


「この扉の番か」


「全ての扉に番がいる」蛇が答える。

「正しい門を選べ。そうすれば鍵が得られ、次へ進める」


「この門の先は」


「見せてやろう」


〈混沌の門:解放〉


「我が名はセト」蛇が言う。「混沌の支配者。幸運を祈る」


 扉の先は、殺風景な部屋。中央に一つの箱。


「触るなよ」ノノカが即座に言う。


「触るつもりはない」アツシが返す。「全員、鍵を探せ」


 散開し、探索。

 数分後、入口に集合。


「ない」ノノカが肩をすくめる。


「ゼロだな」ザリアも言う。


「無価値な石しかない」コウイチが悪態。


「じゃあ、箱?」カオルが提案する。


「当然ダメだ」アツシが遮る。「それは明らかに――」


 アツシが箱へ目を向けた瞬間。

 箱は、開いていた。


 犬の身体と大きな吻を持つアバターが立ち上がる。


「愚かな定命の者ども。別の扉を選ぶべきだったな」


 笑い声が響き、部屋が激しく揺れる。

 雷鳴が満ち、嵐が覆い――


 全員の意識が、暗転した。


———

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ