――第62章・北欧の試練――
サクラジマ、日本――
火口が黒煙を吐き出し続ける。
ハヤテとマリンは、その口を睨みながら立っていた。
「深いな……」ハヤテが呟く。「フィードがほとんど拾えてない」
横のヘリにはプロジェクターが設置され、映像にはカイダンチョウたちの進行が映っている。
ハヤテの顔が曇った。
「ユカはもう落ちた……くそ。想像以上に悪い」
「追う?」マリンが短く問う。
ハヤテは首を振った。
「危険すぎる。追えば邪魔になるか、足を引っ張る。今は……ルーキーに辿り着くのを祈るしかない。間に合わなければ、もう何も残らない」
その言葉を嘲笑うように――
火口からマグマの波が噴き上がり、二人を後退させた。
⸻
フロア5,001――
オマリロとオーディンは、豪奢な宴会場に姿を現した。
ヴィキング然とした人々が肉を裂き、酒をあおっている。
「注目!」オーディンが叫ぶ。
全員が動きを止め、視線が一斉に向く。
オーディンは満足げに頷いた。
「よし。待ちわびた客人――オマリロ・ニュガワ。別名、伝説のカイタンシャが、ついにここへ来た!」
アース神族の視線が、オマリロを品定めするように走る。
オマリロは無言でそれを受けた。
「我が子らが、お前の教官となる」オーディンが続ける。「トール、ロキ、バルドルだ」
オーディンが手を叩く。
上半身裸の巨躯の男、黒髪の短身の女、刺青と毛皮の短髪男が立ち上がった。
最も大柄な男が一歩前へ出る。
「トール。聞いたことあるだろ? エンドレス界隈じゃ、結構な大物だ」
オマリロは見上げるだけだった。
女がひらりと手を振る。
「やっほー、イケオジ。ロキ」
手を差し出す。
「よろしくね?」
オマリロは無視した。
「へぇ、無愛想なんだ。いいよ、そういうの慣れてるし」
ロキは肩に腕を回そうとする。
「さぁ、パーティ始めよ――」
オマリロの杖がロキの腕を叩き落とす。
「痛っ!」
最後の男が淡々と頭を下げた。
「バルドル。この二人は放っとけ。片方は脳筋、もう片方は二枚舌すぎて何者か分からん」
オーディンが咳払いする。
「よし。三人を見たな。では、試練の概要だ」
槍を床へ打ち鳴らすと、幻影が三つ浮かんだ。
極寒の地に張られた縄。巨大な狼のいる洞窟。肉壁のような暗い冥界。
「絞首王の試練――トールが同行」
「フェンリルの鎖の試練――ロキが補助」
「ヘルの門の試練――バルドルが監督」
オマリロはオーディンへ向き直った。
「試練、無関係。救助が先だ」
オーディンは面白そうに笑う。
「おお? こいつらのことか?」
杖を鳴らすと、拘束された名取ユカとソウシンが現れた。
横にはスライム状のエメルもいる。
「気にしてると思ってね。二人は毒気で身体を傷めている」
「だが安心しろ。三つの試練を全て終えれば、黄金のリンゴを食わせてやる」
オーディンはさらに付け加える。
「おまけに、各試練に“誰を連れていくか”も選ばせてやる。さぁ?」
オマリロは杖先でエメルを指した。
「スライム。使える」
「わ、私ぃ!?」
ユカが目を瞬く。
「……状況が飛びすぎ。どうしてこうなるの」
「フレンド・オマリロ!」ソウシンが咳き込みながら叫ぶ。
「決まりだ」オーディンが宣言する。「トール、ミッドガルドへ連れていけ」
トールが槌を床へ叩きつけた瞬間――
ドンッ!
トール、オマリロ、エメルは消えた。
残された宴会場で、ソウシンがきょろきょろする。
「えっと……みんな友だち?」
神々が笑う。ユカが肘でソウシンを軽く突いた。
「黙って。調子に乗らせない」
「調子に乗らせる?」
ユカは周囲を見回し、眉をひそめる。
「あなたたち、何者? 神話の人物が現実にいるはずが――」
アース神族がこちらを向く。オーディンが一歩近づいた。
「我らはエンドレスの存在。……宇宙的存在、とでも言うべきか」
「じゃあ、偽物ってことね」
「……そうでもあり、そうでもない。神性はある。ただし与えたのは伝承ではなく、エンドレスだ」
オーディンはロキを見る。
「ロキ、見せてやれ」
ロキは笑いながら姿を変える。男になり、猫になり、そして――ユカになった。
「どう? 気に入った?」
ユカは顔を背けた。
「くだらない」
「えぇ? 私、トリックスター神だよ? 神“様”でもいいけど、私は女が好き」
「興味ない」
「なんでみんなそんなに冷たいのさ」
ソウシンが首を傾げる。
「神っているの? パパは“神っぽいのは上位原型だけ”って――」
「上位原型だな」オーディンが頷く。
「エンドレスが最初に作った“神格”。あれが原初の存在で、そこから我らが生まれた。各フロアの神だ」
オーディンは少し笑う。
「スライムでさえ、自分のフロアに対する権能を持つ」
「じゃあ、あなたは何の神?」ユカが問う。
「知恵、魔法、そういう類い」
「なるほど」
「話は終わりだ」オーディンが杖を鳴らした。「我が息子と、お前の“伝説”がどう足掻くか見せてもらう」
幻影が浮かぶ。雪の森を歩くオマリロとトール。
神々が身を乗り出した。
⸻
フロア5,001・ミッドガルド――
雪が降る森。
トールとオマリロは並んで歩いていた。倒木が落ちかけるが、トールが槌で弾き飛ばす。
後ろでエメルがぴょこぴょこ跳ねた。
「でさ」トールが言う。「お前、思ったより小せぇな」
オマリロは歩く。
エメルが愛想笑いを浮かべる。
「俺が生まれてからずっと、お前の噂ばっかだ。ムジンシャ、レイドボス、消えた上位原型まで。――秘密は何だ?」
オマリロは答えない。
「無口な戦士か。いいね」トールはニヤッとする。
「今日、お前の中身を見せてもらう。どっちに転んでもな」
さらに進むと、空へ届くほど巨大なトネリコの樹が現れた。枝が天へ伸びている。
「ユグドラシルだ」トールが息を吐く。「圧巻だろ」
「でっか……!」エメルが目を丸くした。「兄ちゃん、こんなのあるって言ってなかった……」
「お前の兄はここを避ける」トールが言い捨てる。
オマリロが杖を鳴らす。
「試練、始めろ」
「焦るなよ、ジジイ」トールは笑う。
「この木に吊られろ。禁忌の知識そのものを浴び続けて、木が割れるか、お前が割れるか――耐えてみろ」
オマリロは樹を見上げる。
「始める」
「いい度胸だ」
枝から縄が垂れた。トールが顎で示す。
「やれ」
オマリロは縄を身体に巻きつけた。
次の瞬間、木が彼を引き上げ、激しく発光した。
「……ん?」トールが眉を動かす。「こんな反応、初めてだぞ」
「え、え?」エメルが怯える。「それ先に言って――!」
光がさらに強くなる。
そして――ユグドラシルはオマリロを“樹の中へ”飲み込んだ。
直後、衝撃波が走り、トールとエメルが吹き飛ばされる。
「ど、どこ行ったの!?」エメルが叫ぶ。
「木の中だ」トールが立ち上がる。
「禁忌の知識が“残っていない”者にだけ起きる現象だ」
二人はユグドラシルを見る。
樹は、ゆっくりと枯れ始めていた。
「……ってことは」
「もう“禁忌”を持ってるってことだ」トールが吐き捨てる。
「後は、耐えられるかどうか――だな」
⸻
???――
〈規則:耐えよ……〉
「師匠! 師匠、起きて!」
オマリロは自室のベッドで目を開けた。
黒髪の少年が腕を揺さぶっている。
「……少年」
「すみません! でも、俺たち、まだ中層階どころか中層階カイタンシャにも届いてなくて! 師匠に稽古つけてほしくて!」
オマリロ――若く、高身長で、長いドレッドの姿になって起き上がる。
「来い。道場」
「やった! ありがとうございます、師匠!」
鎧を纏い、オマリロは屋敷の廊下へ。
白髪で淡い青の目の少女が掃除をしていた。
「師匠! えっ、今日、私たちの稽古なんですか!?」
「わ、わたし……邪魔して――」
少女は少年を見る。
「イツキ! また師匠を困らせたの!?」
「稽古お願いしただけだよ!」
「忙しい人なの、分かってるでしょ!」
「……すみません、師匠」
オマリロが手を上げる。
「構わん。始める」
剣を一振り。
「配置」
「はい!」
二人は即座に膝をつく。
オマリロは少女へ剣先を向けた。
「イチカ」
少女の頬が赤くなる。
「は、はい……!」
「防御。立て」
イチカが立つ。オマリロは少年へ視線を移す。
「イツキ。殴れ」
「……全力で、ですか?」
「そうだ」
イツキは深呼吸。イチカが頷く。
「師匠の命令よ」
オマリロは座り、湯呑を手に取って一口。
「始め」
「ジュゲン闘士:降臨の極盾!」
イツキは腕に盾を纏い、精密な踏み込みで突っ込む。
「ジュゲン魔法士:結晶免疫のオーラ!」
室内が結晶の領域へ変わり、イチカの身体に結晶鎧が形成される。
イツキの一撃は弾かれた。
「もっと力」オマリロが言う。「手加減」
「すみません!」
イツキは盾へ拳を叩きつける。
「ジュゲン闘士:剃刀恐怖の盾!」
盾の棘が肥大し、回転輪のように唸る。
イツキはそれを投げつけた。
「ひっ――!」
結晶が盛り上がり、盾を受け止める。
「防御は良い、イチカ」オマリロが言う。「保て」
「は、はい! 師匠!」
イツキは盾を呼び戻し、結晶を砕きながら接近。
だが次の瞬間、結晶の槍が生まれ、イツキを壁へ叩きつけた。
ドンッ!
「お、おっと! 大丈夫、イツキ!?」
イツキは盾を床へ投げ捨てる。
「くそ……なんで俺の技、全部通らないんだ……!」
イチカとオマリロが見つめる。
オマリロが顎で合図し、イチカが領域を解除した。
「すみません、師匠。でも……俺の方が鍛えてるのに、なんで結晶が割れないんですか」
「……え?」イチカが眉を動かす。
オマリロが手を上げる。
「見る。再構築」
イチカは再び領域を展開する。
「防御を上げる」
「は、はい……師匠、手加減――」
オマリロの剣が消える。
「始め」
イチカは結晶の繭に籠る。
次の瞬間――オマリロは掌で繭を砕いた。部屋が揺れ、領域が解除される。
「きゃっ!」
オマリロはイチカを引き、飛び散る破片を避けさせる。
イツキは呆然とした。
「師匠……素手で割った……?」
「闘士は武器だけではない」オマリロが言う。
「闘士は“力”を得る」
イツキの頭に手を置く。
「お前は、その力を見つけろ」
次にイチカへ。
「お前は、防御を上げろ」
二人はしょんぼりする。
「……はい、師匠」
「稽古終わり」
オマリロは手を叩き、消えた。
「すごい……」イチカが呟く。「あんなふうになれたら奇跡だよ」
「俺は狙う」イツキは盾を構えた。
「最強に教わる権利、無駄にできない」
「……分かった。やる」
⸻
その後。
オマリロはソファで座り、イチカが料理を運ぶ。
「師匠! ご飯です!」
ステーキと米。
イチカは緊張しながらオマリロの表情を伺う。
「料理、上手い」
「ほ、ほんとですか!? もっと作れます!」
その瞬間、玄関が勢いよく開いた。
「師匠! 外に、志願者が!」
「……ん?」
「師匠に、勝手に生徒増やしたの?」イチカが呆れる。
「違う! 師匠の買い出ししてたら囲まれて、追われて……!」
オマリロは扉を開けた。
外にはカイタンシャ服の子どもたちが並んでいる。
「師匠!」一斉に頭が下がる。
「……馬鹿らしい」オマリロが吐き捨てた。
「全員、帰れ。今すぐ。イツキ、閉めろ」
「すみません! 師匠が増やす気ないんで!」イツキが扉を閉めかける。
だが灰髪の少女が前へ出た。涙が浮いている。
「待ってください、師匠……! 他に先生がいないんです……! 私たち、捨てられて……カイダンチョウにも見放されて……!」
オマリロは剣先を少女へ向けた。
「名は」
「神崎ミレイです、師匠!」
「来い、ミレイ」オマリロが言う。
「価値を示せ」
ミレイは涙を拭い、深く頭を下げた。
「はい、師匠!」
〈――第2段階へ移行します――〉
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