――第60章・トライアル・バイ・ファイア――
〈侵入検知――フロアレベル:5,000〉
リカ、レイ、ガクト、ミズキは、黒曜石の床へと叩きつけられた。そこは試験会場のような広間で、壁沿いに松明がずらりと灯っている。
〈規則:試練を完遂せよ〉
〈残り時間:30:00〉
「試練?」ガクトが眉をひそめる。「どこだよ、ここ」
「大広間に見える」ミズキが淡々と言う。「ただし色彩と素材が通常と違いすぎる」
リカはレイの腕を引いて起こした。
「レイ、大丈夫?」
「だいじょうぶ……引きずり込まれちゃって、ごめんね……」
「いいの! 気にしない! どんな罰だろうと――」
その言葉を遮るように、床から火柱が噴き上がった。四人は反射的に跳び退く。
「動け!」ガクトが叫ぶ。「前へ! 行くぞ!」
走り出した瞬間、壁のあちこちから火が噴いた。炎を縫って突き進み、やがて彼らは巨大な悪魔像の前で足を止める。
「うわ」ガクトが顔をしかめる。「キモいな、こいつ」
「……もう一度言ってみろ?」
像が動いた。石がほどけ、四枚の翼を持つ小柄な悪魔へと変わる。
「ふむ。人間か」悪魔は淡々と告げる。「ここで人間を見るのは……何十年ぶりだろうな」
「あなた……善い悪魔?」リカが恐る恐る尋ねる。
「“善い”の定義次第だ。私は公平だ。だが優しいとは言っていない。特に――この階に来たお前たちにはな」
リカの背筋が粟立つ。
その時、遠くから足音がして、あの猫が駆け込んできた。
「はぁ……はぁ……!」猫が息を吐く。「お前ら、最悪の同行者だ!」
ガクトが指を差す。
「それはねぇだろ! 罠を踏んだのはお前だろうが!」
「さあさあ、責任の押し付け合いはやめよう」
「――テュポーン?」悪魔が猫を見て目を細める。
「――アスモデウス?」猫が返す。
「わぁ」レイが目を輝かせる。「再会だぁ」
アスモデウスは猫へ近づく。
「このダンジョンはお前の領域のはずだ。それが……猫の姿で彷徨っているのか」
テュポーンは毛づくろいして目を逸らした。
「その話はしたくない」
「その猫、ハントレスが猫にしたんだって」リカが説明する。
アスモデウスは鼻で笑った。
「ムジンシャが警戒している人間か。そいつが、お前を?」
「“人間”じゃない」テュポーンが吐き捨てる。「俺の階で起きた惨状を見れば分かる……」
「どうやって猫に?」
「獣じみた魔術だ。ジュゲンじゃない」テュポーンは低く言う。「……俺たちの同類の可能性もある。“ジ・エンドレス”の生物だとな」
「あり得ない」アスモデウスが即答する。「我々が知らぬはずがない」
「今はどうでもいい」テュポーンが苛立ったように言う。「お前がこいつらを助けて、俺が底へ行ければそれでいい。あの“野生の非人間”を早く排除したい」
アスモデウスは翼を広げ、宙へ浮いた。
「なら来い。――炎の試練を耐え抜け」
翼を一振り。壁という壁から炎が噴き上がり、アスモデウスの背後の扉が開いた。そこには冥府のような荒野が広がっている。
「地獄になるぞ」
アスモデウスは飛び込んだ。四人も追う。ミズキが天井の岩肌を見上げる。
「妙な地形だ」
「気をつけろ」テュポーンが警告する。「こいつの試練は“剣の稽古”なんかじゃない。……俺は元々、このダンジョンの主だったからな」
「でも……無理ゲーじゃない、よね?」リカが小さく尋ねる。
テュポーンが笑う。
「無理の一歩手前だ。上で失敗しなければ、そもそもここに落ちてない」
「私は友達を置いていけない!」
「はい、おめでとう」テュポーンが冷たく言う。「そのせいで“全員”が試練に参加だ」
四人が固まる。
「待て」ガクトが割り込む。「“全員”ってどういう――」
「俺が聞かされてたのは“オマリロ・ニュガワとハントレス”だ」テュポーンが言う。「このダンジョンは、その二人と――連れてくる味方ごと叩き潰すための罠として組まれてる」
テュポーンは猫の目を細めた。
「エンドレスが用意した試練は三系統。ギリシャ、北欧、エジプト――その土地の“災厄”から作られてる」
「つまり……」ミズキが呟く。
「ここから先、お前らは“全体”を巻き込んでる」テュポーンが言い切る。「お前らの仲間も、な」
重い沈黙の中、彼らは黒曜石の門へ辿り着いた。アスモデウスが待っている。
「最初の試練は簡単だ」
〈規則:ペットを手懐けろ〉
「ペット?」リカが首を傾げる。「どんなペット……?」
「私の番犬だ」アスモデウスが淡々と言う。「急げ。機嫌が最悪だ。――時計、開始」
〈残り時間:29:58〉
アスモデウスは飛び去った。残された一行を、テュポーンが小さく嗤う。
「……来るぞ」
炎で照らされた道が、黒曜石の城へ続いていた。彼らは進む。遠くから呻き声と悲鳴が聞こえる。
「やだ……」レイが震える。
「私も……」リカも唇を噛む。
「甘えるな」テュポーンが吐き捨てる。「ここは“ダンジョンで死んだ奴”が落ちる場所だ。嫌なら死ぬな」
城門の前でテュポーンが止まる。
「着いた。人間が先に行け」
ガクトが一歩前に出て、ノックした。
「どーも! ご訪問でーす! 深山ガクト、参上!」
テュポーンが顔を覆う。
だが――扉の向こうで低い唸りが響いた後、門がぎぃ、と開いた。
「……開くのかよ」ガクトが目を丸くする。
暗い回廊。奥から不気味な唸り声。リカとレイは足早になる。
(犬の声じゃない……)ガクトが嫌な予感を覚える。
やがて錠前のかかった扉と、その横のレバーへ。テュポーンが前足で示す。
「それが入口だ」
ガクトは一瞬迷ってから、レバーを引いた。
〈区画:解錠〉
錠が引っ込み、扉がせり上がる。中は円形の広間で、三つの巨大な金属扉が壁に並んでいた。
だがガクトが二人を止める。
「……誰も、音を立てるな」
中央には、三つの頭を持つ巨大な犬。黒と赤の目で、床の骨を噛み砕いている。
「……出たな」テュポーンが低く言う。「ケルベロス」
骨がバキン、と砕けた。テュポーンは反射でリカの背に隠れる。
「俺を盾にするな!」リカが小声で怒る。
ケルベロスがゆっくり首を上げ、侵入者を見た。レイがにこにこ手を振る。
「こんにちは! いい子?」
犬は骨を吐き捨て、立ち上がる。レイが近づく。
「レイ?」リカの声が裏返る。「何して――」
「仲良くする!」レイが即答する。「だって規則、手懐けろ、でしょ?」
「そうだけど危な――」
「だいじょうぶ!」
レイは一つの頭を撫でた。
「いい子いい子~」
ケルベロスが匂いを嗅ぐ。低い唸り。次の瞬間――
「ガァァァッ!」
「危ない!」
ガクトがレイを引き倒し、牙がすれすれで空を裂いた。
「最悪……」リカが頭を抱える。「最悪が更新した……!」
「気難しいんだ」テュポーンがボソリ。
ケルベロスはミズキ、リカ、テュポーンへ目を向け、唸り声を強める。
「状況は不利」ミズキが即断する。「まず動線確保。前へ」
ケルベロスが突っ込んできた。ミズキは二人の肩に手を置く。
「ジュゲン操運者:呪いの伝送」
一瞬で、三人はケルベロスの背後へ。突進したケルベロスは空振りする。ミズキは二人を下ろした。
「理想は、あなた達が下がること」
「うん!」リカが即答する。
ガクトがミズキに頷く。
「やれ!」
ケルベロスが噛みつき連打。ミズキの身体は反射のようにすり抜けるが、呼吸が荒くなる。
「……援護が要る」
「任せろ!」ガクトが叫ぶ。「ジュゲン闘士:灼熱疾走!」
灼熱の兜を纏い、丸まって弾丸のように突進――犬へぶつかり、壁へ激突。
ドン!!
だがケルベロスは首を振り、ガクトを放り投げた。さらに一つの口を開く。
「まずい……!」
火炎が放たれる。ミズキの術が発動し、少し後方へ転移――直後、巨体の前脚が叩きつけられるが、間一髪で避ける。ミズキは蹴りを顔面へ入れた。
「グルル……」
ケルベロスが再び火炎を溜める。ミズキが回避――その隙にガクトが突っ込む。
「落ち着けって、相棒!」
押し合いになるが、ケルベロスは尻尾でガクトを弾き飛ばし、今度はリカとレイへ向かった。
「やばっ」リカが凍る。
レイが即座に手を上げる。
「ジュゲン魔法士:月の明現化!」
月光のビームが走る。だがケルベロスの火炎と正面衝突し――ビームが赤く染まり、真紅のプラズマとなって暴発した。
〈反応発生:クリムゾン・フレイム〉
プラズマが二人を弾き飛ばす。リカがレイを抱え止めた瞬間、テュポーンがリカの肩へ飛び乗る。
「おい! 何して――」
「扉だ!」テュポーンが叫ぶ。「扉を開けろ! それで獣を“飼い慣らす”!」
「どうやって!?」
「飢えの扉、怒りの扉、沈黙の扉!」テュポーンが早口で言う。「それぞれの課題をクリアして開けろ! 開くたびに“鎮めるための三つの道具”が手に入る!」
「説明が雑すぎる!」
ケルベロスが突進。ガクトが頭突きで逸らした。
「ゆっくりでいい! 俺らが抑える!」
「ありがとう!」リカは叫び返し、テュポーンを睨む。「猫! 扉の開け方!」
「それぞれの扉のボタンを押して、出る課題をこなせ!」テュポーンが言い切る。「終われば“道具”が一つ出る! 三つ揃えば犬が鎮まる!」
リカは最寄りの扉へ駆け寄る。黒曜石のボタンがある。
「これ?」
「それだ! 押せ!」
リカが掌でボタンを叩いた。
〈挑戦開始:怒りの扉〉
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フロア10,000――
ルーキーたちが逃げ惑う。ジャングルには重い足音が鳴り響き、コハクの獣じみた笑いが響いた。
「出ておいで、子どもたち。遊ぼう?」
ルーキーが石に躓いた瞬間、蛇の尾が身体を巻き取った。
「やだ、やだ、お願い――!」
草むらへ引きずり込まれる。別の場所では、猟師たちが二人のルーキー――少年と少女――を囲み、狼のように笑う。
「やれやれやれ! 殺れ!」
少年は震えながら砂を槍に変え、少女へ撃つ。少女は身を翻す。
「アハハハ!」
少女は手をかざし、少年の頭に泡を被せた。少年は喉を掻きむしる。
「や、やめ――!」
「ごめんなさい……」
酸素が尽き、少年は崩れ落ちた。猟師たちは拍手する。
「その女、ハントレスに連れてけ」
少女が連行されていく。その影から、ハンとシノが草むらを割って出た。
「……今の、何だ」ハンが声を殺す。
「殺さないなら、殺し合わせる」シノが歯を食いしばる。「そういう狩り」
「どうして……こんな」
「今は考えない」シノが即答する。「あのハントレス女、倒す案は?」
「倒すのは無理」ハンは認める。「でも、俺のキューブと、お前のメツシャで“拘束”なら――」
「聞かせて」
「お前、メツシャだよな」
「うん」
「スキル数は?」
「一つだけ。兄みたいな天才じゃない」
「十分だ」ハンが言う。「四肢を消せるなら、俺の檻で固定できる。再生しても、動けなければ終わりだ」
「いい案。じゃあ、奇襲で――」
「誰に? 私に?」
二人が跳ねる。そこに立っていたのはコハク。もう“人間”ではない。
ハンは息を呑む。
「……なんだよ、あれ……」
獅子の身体、虎の顔、蛇の尾。コハクは愉快そうに首を傾けた。
「もう一回言って? “計画”って?」
「今だ、シノ!」ハンが叫ぶ。
「ジュゲン滅者:指先滅鍵――!」
ベクトルが走り、コハクの右腕が消える。シノは二撃目を構えた。
「ジュゲン滅者――」
だがコハクの尾がシノを樹へ叩きつけた。
「シノ!」
腕が再生する。コハクはハンを一撃で薙ぎ払い、草むらの向こうへ転がした。次の瞬間、背後へ回り込む。
「哀れ」
足が踏み込まれ、ハンの腕が折れる。
「ぐっ……くそ――!」
ハンは残った腕で装置を起動する。
「ジュゲン後備者:手首装着キューブ――電撃ゲート!」
帯電したゲートが形成され、コハクを挟み込む。強烈な電撃――だがコハクは、ゲートを両手で引き裂いた。
「……は?」
コハクは躊躇なくハンの頭を掴み、顔を近づける。
「失敗作、ハン。あなたの過去も、動機も、全部調べた。もっと“獣”になれるのに……」
「違う!」ハンが叫ぶ。「俺は師匠を裏切らない!」
コハクが笑う。
「すぐ“師匠”じゃなくなる。――私が、なる」
そして頭を地面へ叩きつけた。ハンの意識が暗転する。
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