――第59章・トイボックス――
〈侵入検知――フロアレベル:1,202〉
〈侵入検知――フロアレベル:1,204〉
〈侵入検知――フロアレベル:1,206〉
〈侵入検知――フロアレベル:1,215〉
オマリロはユカとソウシンを抱えたまま、奇妙な遊び場のような空間へ着地した。周囲を取り囲むのは巨大な玩具の家――まるで子どもの街だ。
〈規則:玩具を“見つめるな”〉
オマリロは二人をそっと下ろし、状態を確認する。
「……ふむ。ジュゲン後備者:禁忌の牢」
転送孔が開き――そこからエメルが、粘液の塊として飛び出してきた。彼女はすぐ周囲を見回し、オマリロを見つける。
「お前ぇっ!」
緑の拳を作り、殴りかかる。だがオマリロは片手で全て受け止めた。
「よくも! よくもよくも!」
「助けが要る」オマリロが言う。「仲間、負傷」
エメルが止まる。
「は? あんた、あんなに“特別なジュゲン”いっぱい持ってるくせに、自分で治せないの?」
「治せるのは、自分だけ」
エメルは人型に戻り、腰に手を当てる。
「じゃあ何で私が手伝わなきゃいけないのさ、この失礼なジジイ!」
「戻すぞ」オマリロ。
指を鳴らすと、転送孔が再び開く。エメルは慌てて両手を振った。
「待って待って待って! やだ! 分かった、手伝う! 手伝うから!」
「小細工するな」
「しないしない! あの怖いとこ、もう嫌!」
転送孔が消える。オマリロは杖を地面に一度ついた。
「ジュゲン操運者:念動転送」
ユカとソウシンの体が、オマリロの背後へふわりと浮き上がる。エメルが目を丸くした。
「え、ちょ、待って。物を念力で動かせるの!?」
「質問は無意味」オマリロ。「フロアを説明しろ」
「フロア……って、ここフロア1,215だよ! なんでそんな速さで――」
「無意味」
「それに、回復の護符とか拾ってたでしょ? それ使えば――」
「質問した」オマリロ。「答えは明白」
エメルは景色を見回し、肩を震わせた。
「ここはトイボックス……超やばい場所! 兄さんが“絶対来るな”って言ったのに! あんた、私を無理やり連れてきた! 借りができたからね!」
「玩具を見つめるな」
「“楽しい玩具”じゃないの」エメルは青ざめる。「危険で、怪物で、悪意だけで動く、心ゼロの玩具たち!」
「玩具はどうでもいい」オマリロ。「回復だけだ」
「回復なら護符が要るよ」エメルは腕を組む。「フロア1,220の護符ショップに行くか、それまでに拾うか」
ドン……ドン……
遠方で、巨大な“男の人形”が歩いているのが見えた。エメルは即座にオマリロを引っ張り、近くの家の陰へ潜り込む。浮いているユカとソウシンの体も、そのまま後ろへついてくる。
「隠れて!」
人形の足音が地面を揺らす。人形が止まり、周囲を見回した。エメルは震えながらオマリロにしがみつくが、オマリロは微動だにしない。
ドン……ドン……ドン……
人形は去った。エメルがそっと覗く。
「……行った、と思う」
次の瞬間、オマリロは杖を叩き――皆が玩具の通りへ再出現する。
「トーテムは隠れている」
「当たり前でしょ!」エメルが小声でキレる。「どれかの家に入って探すんだよ! 見つからないようにね!」
オマリロは最寄りの扉を杖で押し開けた。中は空っぽで、中央に玩具箱だけがある。
「……ふむ」
玩具箱を開けた瞬間、無機質なカウントが響く。
〈5…4…3…2…1〉
家が爆発した。エメルが悲鳴を上げ、その声で人形が反応し、爆心地へ歩いてくる。人形は煙の中を見回し――
「……」
何も見つけられず、去っていった。
煙が晴れる。エメルは呆然と立ち尽くすオマリロを見る。彼は無傷――ただ、片袖だけが吹き飛んでいた。
「……なんで生きてんの? あの爆弾、私でも死ぬよ! 人間でしょ!? ……いや、人間だと思って――」
「呪いだ」オマリロ。「永遠に」
エメルが後ずさる。
「……“呪い”って、なに……?」
オマリロは黙って次の家へ向かう。
「知る必要はない」そう言わんばかりに。「家が待っている」
エメルは距離を取りながらついていく。
「ちょっと! 罠かどうか確かめないの!?」
オマリロは片手で扉を引き剥がした。蝶番ごと、べりっ。
中に玩具箱。開けると天井が引き上がり、刃の雨が待ち構えている。だがオマリロは杖で軽々と弾き返した。
「空だ」オマリロ。「スライム、来い」
次の家へ転送――しかし扉の向こうから、ドンドンと叩く音。二人は家の側面へ回り込む。やがて“道化の玩具”が出てきて、同じセリフを繰り返しながら去っていった。
「やあやあ友だち! 冗談ききたい?」
足音が消えるのを待ってから家を確認。エメルは階段付近に待機し、オマリロが玩具箱を開ける。
〈鍵 1/3 発見。すべての“鍵”を集めるとトーテム箱が開く〉
「……パズルか」オマリロ。
「え?」エメルが眉をひそめる。「私、トーテムが家の中にあるって聞いたのに……」
オマリロが杖を立てる。エメルがびくっと跳ねる。
「ひっ! い、いまはやめて!」
オマリロは杖で彼女の背後を示した。
「……玩具」
「え?」
振り向くと、巨大な熊の玩具が立っていた。
〈規則違反〉
熊が唸り、二人を掴み――丸呑みにした。
⸻
???――
オマリロとエメルは椅子に縛られ、巨大なプラスチックの食卓に座らされていた。薄暗い角に熊が立ち、テーブルへ“木製のデッサン人形”が上がる。人形はオマリロを覗き込んだ。
「面白い……」人形が言う。「スライムのエメル。何を連れてきた?」
「え、えへ……」エメルが喉を鳴らす。「ぜ、全部誤解で――解いてくれない? ね――」
「黙れ」人形が命じる。「玩具は許可された時だけ喋る」
「……私は玩具じゃ――」
人形はオマリロへ向き直る。
「お前。大きな力が“滲んでいる”。この子が怯えるのも当然だ。元々、臆病な魂だからな」
顔を近づける。
「オマリロ・ニュガワ……だろ? 知っている」
エメルが目を見開く。
「え、知ってるの?」
人形はオマリロの周囲を歩き回った。
「お前は最も近しい味方にすら、己を隠す。自分も同じだと“錯覚”させて導く。――この可哀想なスライムでさえ、自分が連れているのが“怪物”だと知らない」
人形は首をひねり、エメルを睨む。
「ジ・エンドレスと関わったことがある、と言っていたか?」
エメルの瞳が揺れる。
「……なに、それ……?」
「カゴシマに来たのが間違いだったな、ニュガワ」人形が笑う。「――いや、こう呼ぶべきか。ダンジョンの破壊者」
オマリロは表情を崩さない。
「人形、はっきり喋れ」オマリロ。「遊び、効かぬ」
「遊びはこれからだ」人形が低く言う。「かくれんぼ。規則は知っているな。“玩具を見るな”。そして――玩具に捕まるな」
「ど、どの玩具……?」エメルが震える。
「私のお気に入りだ」人形が愉快そうに言う。「名は――《報いの人形》!」
床が割れ、巨大な手が突き出し、テーブルごと引きずり落とす。全員が落下――だがオマリロは拘束を瞬時に破り、エメルごと転送して地面へ戻った。
そして感じる。“それ”の視線。あの巨人人形が、真っ直ぐ二人を見ていた。
「見ちゃダメ!」エメルが悲鳴を上げる。
人形の手が伸びる。オマリロは二人を無傷の家へ転送した。外では人形が歩き回り、家を覗き込み始める。
エメルは息を詰め、小さく囁いた。
「……本当なの? 今の人形が言ってたこと……」
「人形は喋る」オマリロ。「スライムは聞くな」
「答えてない!」エメルが必死に食い下がる。「あんた、何なの!?」
「男だ」オマリロ。「老人」
エメルは眉を寄せ、外を見る。人形が家を叩き割り、中を覗く。
(兄さん……早く……)
人形が別の家をなぎ払い、屋根をもぎ取った。
「近い……!」
「落ち着け」オマリロ。「鍵が要る」
人形が背を向けた瞬間、オマリロは扉を開け、次の家へ転送。玩具箱を開く。
〈鍵 2/3 発見〉
人形が猛然と走ってきたが、家を壊しても――中は空。人形は唸る。
「グルル……」
中心へ戻り、周囲の家を睨む。近くで見ていたデッサン人形が、プラスチックの髭を撫でた。
「老いぼれ……抜け目がない」人形は呟く。「全部壊せ」
巨人人形は家々を片っ端から割り始めた。
左奥の家で、エメルは顔面蒼白。
「来る、来る来る来る……!」
オマリロが玩具箱を開けるが、紙吹雪だけが噴き出し、体にまとわりつく。
「箱に鍵なし」オマリロ。「鍵は別」
「別ってどこ――」
オマリロは外を見て目を細めた。巨人人形の頭頂部に、玩具箱が乗っている。
「……人形の頭に箱」
エメルも見上げ、固まる。
「上!? 見られる! 規則が――!」
「規則は、破るためにある」
「え――?」
次の瞬間、二人は巨人人形の足元へ転送されていた。デッサン人形が叫ぶ。
「下だ! 踏み潰せ!」
巨人人形が足を振り下ろす。だがオマリロは杖を叩き――二人は人形の背中へ転送された。
「た、高い!」エメルが悲鳴を上げる。「私、高いの無理!」
「掴め」オマリロ。
オマリロが杖を背中に叩くと、巨人人形は自分の背を叩こうと手を回す。しかし二人はすでに消えている。
次の瞬間――肩。さらに次――頭頂部。
そこには大小さまざまな玩具が群れ、ぬいぐるみ、ゼンマイ、操り人形がうごめいていた。二人は反射的に目を閉じる。
「嘘の終わりだ、破壊者!」玩具が hiss する。
「玩具、愚か」
オマリロは目を閉じたまま、深く息を整える。
「ジュゲン回生者:生命力探知」
気配を掴み、杖で叩き落とす。エメルはオマリロの背にしがみつく。
「ひぃっ! どこにいるの!?」
玩具が脚に絡むが、オマリロは一振りで払い落とす。さらに玩具が群がり、山のように覆い被さる。
「――ッ」
オマリロの体から呪いの稲妻が弾け、玩具を吹き飛ばした。
「ジュゲン闘士:呪装甲」
玩具箱がずるりと滑りかける。猫の玩具が爪を立てて奪おうとした。オマリロは手をかざす。
「ジュゲン操運者:念動転送」
玩具箱がオマリロへ引かれていく。だが巨人人形が腕を上げ、頭へ叩きつけようとしていた。
「上!」エメルが叫ぶ。
巨人人形の手が、自分の頭を殴る。ぐらり――ぐらり――そして墜落。
ドォン!!
巨体が地面へ激突し、デッサン人形は下敷きになって砕け散った。
砂埃が落ち着く。オマリロが立ち上がり、玩具箱を手にしていた。エメルは粘液の塊になって跳ねながら避難する。
「生きてる!? よ、よかった……!」
そしてオマリロを見る。
「……あんたも生きてるの!?」
「驚くな」オマリロ。
エメルはぴょん、と近づいた。
「私、かなり役に立ったよね? だから、もう自由にしていいよね? 好きにうろうろ――」
「来い」オマリロ。
「あう……」
オマリロが玩具箱を開く。
〈鍵 3/3 発見〉
その場にトーテムが形成され、オマリロが掴み取った。
〈トーテム封印獲得。レベル1,216通行許可〉
ゲートが出現する。オマリロはユカとソウシンを引き寄せ、先に通過した。
エメルは瓦礫だらけの玩具街を振り返り、震えながらも――結局、飛び込むようにゲートをくぐった。
⸻
フロア10,000――
ハンとシノは木の上に身を潜めていた。下では蛇が巡回し、ルーキーを次々と喰らっていく。
「……死が多すぎる」ハンが息を吐く。「地獄だ」
「私たちは全員ルーキー」シノが言う。「カイダンチョウですら単独じゃ無理な相手に、正面からは勝てない」
「そんな相手を、ニュガワの近くに置けない」
「彼女、何が目的?」
「師匠を“妻”にしたいんだろ」ハンが顔を歪める。「それで俺は……気持ち悪い“ペット”として飼うつもりだ」
「……許せるわけない」
「絶対に」ハンが即答する。「万が一にも」
森の中心から血しぶきが上がった。
「止める方法を考えないと」ハンが言う。「今、ここで。少なくとも罠にかけて、師匠が他の犠牲なしで処理できる形に」
「どうやる?」
「ここはジャングル」ハンは唇を引き結ぶ。「――狩るしかない。こっちが、彼女を」
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