――第57章・スカル・トレイン――
〈侵入検知――フロアレベル:3,000〉
ザリアが目を開けた瞬間、体が宙に投げ出されているのを理解した。下は底なしの空洞。風が頬を裂く。
「もう! さっさと決めてよ、死ぬか生きるか!」
視界の先にロープ。反射で手を伸ばす――が、
〈規則:手の使用禁止〉
「はああ!?」
ロープは手を拒絶し、ザリアはさらに落下する。咄嗟に体をひねり、両脚でロープを挟み込んだ。
「こ、これ……めっちゃ気まずいんだけど!」
脚だけでロープを滑り降りていく途中、上からトゲ付きの爆弾が落ちてきた。
ドン、ドン、ドン。
爆風でロープが揺れ、ザリアの体が壁に叩きつけられる。脚で必死に減速し、崖の縁に着地した。
「うっ……背中、終わった……」
「元から大した背中じゃないでしょ」
吐き捨てる声。ザリアが顔を上げると、砂原ノノカが崖際から下を覗き込んでいた。
「……あんた!? なんで私があんたと一緒なのよ!」
「落ち着け、砂女」ノノカが鼻で笑う。「今ここでケンカしても意味ないでしょ。罠に嵌めるためのダンジョンなんだから、優先順位くらい考えな」
「はいはい」
「で、どうやってここまで降りたの?」
「私が役立たずって言いたいの?」
ノノカは肩を揺らして笑う。
「違う。より良い質問にしよう。――この下、どうやって降りるの? ロープ掴めないし、掴んでも減速しないでしょ」
ザリアが縁から覗く。闇が飲み込む縦穴。
「アンタの派手なスキルで降りられないの?」
「無理。私の強いのは戦闘と機動寄り。自由落下は別ジャンル。そっちの槍でなんとかできないの?」
「壁に刺して止めるとか……でも手使えないし」
「じゃあ足でやれ」
「言うのは簡単!」
そのとき背後から、骨の群れが波のように現れた。二人が構えた瞬間――骸骨たちは一斉に片膝をつく。その中央に、王冠を被った骸骨が進み出た。
「……人間……頼む……我らを解放してくれ……」
「解放?」ザリアが眉をひそめる。「え、あんたら死んでるでしょ?」
「ハントレスと無尽者がここで戦をしている……環境が荒れすぎて……骨が保たぬ……」
「それは同意」ノノカが白けた目で骨たちを見る。
「出口まで導いてくれ……そうすれば我らは自力で……礼として“贈り物”を渡す……」
「贈り物はちゃんとしたやつにしてね」ザリアが言う。「で、降りる方法は?」
骸骨王が両手を打った。
「スカル・トレイン……」
暗闇から、骨の集団に押し出された列車のような乗り物が現れる。
「へぇ」ノノカが興味なさげに言う。「骸骨って乗り物持ってるんだ。まだ生きる気あるじゃん」
扉が開き、骸骨たちがぞろぞろ乗り込む。ザリアとノノカも入るが――操縦席もハンドルもない。
「……ねえ、どうやって運転すんの?」ザリアが訊く。
「手動だ」骸骨王が答える。「力で押す。自転車のように」
「は?」ノノカが即ツッコミする。「私らがこの長い縦穴を、あんたら一家を乗せて“押す”って? 聞いてないんだけど?」
「押すのは最初だけ。車輪が勝手に走る」
ザリアとノノカは視線を交わし、骸骨たちを睨む――が、縦穴の闇を見て現実に戻る。
「……ムカつくけど、選択肢少ない」ザリアが低く言う。「ロープじゃ無理」
「私は押さない」ノノカがきっぱり言う。
「じゃあ私が押す。アンタは中で見張り」
「勝手にしな」
ノノカが乗り込み、ザリアは足で列車を押し出す。
「これ、落ちないよね?」
「車輪が保持する!」骸骨王が胸を張る。
「絶対だからね!」
ザリアの蹴りで列車は縁へ。傾いた瞬間、ザリアも飛び乗る。車輪が壁に吸いつくように接続し、列車は縦穴を“走り”始めた。
ノノカが前に転がって顔を押さえる。
「痛っ! 合図くらい出しなさいよ、この骨ども!」
「シートベルト!」骸骨たちがふざけた声を上げる。
「笑えない!」
列車が減速し、ザリアが足で蹴って加速させようとするが動かない。
「はぁ? パワー足りないってこと? じゃあ……ジャンプ踏み!」
ザリアが跳び、車体の後部を踏み抜く。列車が一気に加速した。
「ちょっと強すぎたかも!」
さらに踏む。速度が増す。
「もう罠ないよね!?」
「不正解! 縦穴は罠だらけ!」
「なんで!?」
「骸骨を守るため!」
答えた直後、金属の“手”が壁から次々と伸び、列車を掴もうと迫る。
「……いや、嘘でしょ!」ザリアが呻く。
手が迫る。ザリアは回転し、足で蹴り飛ばす。金属が凹む。
ノノカが骸骨たちに怒鳴る。
「護衛頼むなら罠をオフにしろ!」
「私もそれ!」ザリアが叫ぶ。
「検討する」
「検討で死ぬわ!」
別の手が車体にぶつかり、列車が大きく揺れて横に逸れる。
「ムカつく!」ノノカが歯噛みする。「もういい、私がやる!」
ノノカが扉を蹴開け、屋根に登る。
「え、今それやる!?」
「今じゃなきゃ死ぬでしょ!」
「……じゃあ二人でやれ! 一緒に動かす!」
「チッ……分かった!」
ノノカの体が淡く光る。
「ジュゲン操運者:呪いのスキル強化!」
〈200%強化:全パーティメンバー〉
ザリアの全身にも熱が走る。
「うわ、身体が軽い!」
「あとで礼言いなさい! さ、蹴れ!」
ザリアが壁を蹴って跳び、列車を踏み込む。伸びてきた手を、ノノカが宙返りでかわし、両足で踏み砕いた。
バキン。
「おい、危ない!」
その瞬間――骨でできた猪のような獣が、列車の後部に落ちてきた。さらに一体、さらに一体。
「はぁ……今度は何よ」ザリアが目を引きつらせる。
「二次防衛!」骸骨王が叫ぶ。「侵入者を食べる。――今のお前たちだ!」
「じゃあ止めろ!」ザリアが怒鳴る。
「無理だ! 獣は独立している!」
ノノカが虚無の目になる。
「もう殺して……」
「放っておけば本当に殺されるぞ!」
獣が突進。ザリアは身をずらし、獣は壁に激突する。
「速っ! 何食わせたのよ!」
「人間!」
「聞かなきゃよかった!」
別の獣がノノカを貫こうとする。ノノカは脚で絡み、体ごと叩きつけて壁へ潰した。
「……動き、いいじゃん」ザリアが素直に言う。
「当たり前でしょ」
ザリアの方へ二体。ザリアは跳ぶ。
「天界蹴り!」
両脚で二体の頭蓋を同時に叩き落とし、骨がミシミシ割れた。
ノノカが眉を上げる。
「……意外とやる」
「当然」
金属の手が背後から伸びる。ザリアが蹴り飛ばす。ノノカも獣を列車から蹴落とす。
「他に何があるのよ!」ノノカが骸骨王を睨む。
「スカル・タレット!」
ノノカの目が死ぬ。
「……それ何」
反対側の壁を、骨でできた戦車のような乗り物が転がり降りてきた。骨の砲身がこちらを向く。
「……答え見えた」ザリアが唾を飲む。
ドンッ。
砲弾――頭蓋爆弾が発射され、ギリギリで外れるが、列車の縁を吹き飛ばし骸骨たちが悲鳴を上げた。
「何とかしろ!」骸骨王が叫ぶ。「子どもが怖がっている!」
後ろの小さな骸骨たちが震えている。
「こっちだって必死!」ザリアが叫ぶ。
「そもそも自宅を地雷原にしたのお前らだろ!」ノノカが言い返す。
「必要だった! 狩人も、カイタンシャも、怪物も来る! お前たちは家に侵入者が来ないから分からない!」
「はいはい。黙って座ってろ」
ノノカが目を閉じる。
「ジュゲン操運者:追跡強化上昇!」
〈追跡強化:起動〉
ノノカの視界が暗く研ぎ澄まされ、弾道の“来る場所”が読める。
「ザリア。こっちが方向言う。あんたが弾を弾け」
「協力する気じゃん」
「今だけ。蹴りの準備しな」
「蹴りよりいいのがある」
ザリアの足元に槍が形成される。
「ジュゲン闘士:呪いの槍!」
彼女はつま先で槍をバランスさせる。ノノカが弾を捉えた。
「左!」
ザリアが槍を蹴り出し、爆弾を弾いて進路を逸らす。反対側で爆発。
槍が足元へ戻る。
「右! 三時!」
ザリアが槍の柄を踏み、立ち上げて蹴り飛ばす。次の爆弾が爆散し、洞窟の天井が崩れ始めた。
「前!」
「了解!」
ザリアが前へ蹴る。槍がノノカの足元へ流れ、ノノカが蹴ってザリアへ返す。
「ほら!」
ザリアは回転して槍を叩き込み、爆弾を逆反射――砲塔へ直撃。
ドカン!
骨の戦車が粉砕された。
「よし、勝った!」ザリアが息を吐く。
だが崩落は止まらない。瓦礫が列車へ降り注ぐ。
「……次の問題!」ノノカが叫ぶ。「崩れる! この列車、ただの重りになる!」
ザリアが踏み込んで加速させるが、瓦礫が直撃し、列車が壁から弾かれた。
「うわああああ!」
列車は宙に投げ出され、骸骨も二人も悲鳴。
ノノカが立ち上がる。
「やばい、やばい、ザリア! 壁に戻せる!? 蹴って戻せ!」
「やってみる! 壁を踏んで反動で――!」
ザリアは壁へ跳び、列車へ渾身の蹴り。列車は反対側の壁に叩きつけられ、再び車輪が噛み合う。ザリアは側面にしがみつく。
「戻った!?」
「たぶん――!」
直後、その壁自体がヒビ割れ、列車がまた飛ばされる。
「たぶんじゃない!」
下が見えた。
「床が見える!」ザリアが叫ぶ。「このまま落ちたらミンチ!」
「嫌! 私はこんなところで終わらない! 私は――!」
地面へ激突――という瞬間、落下がピタリと止まった。全員が前に投げ出される。
「……死んでない?」ザリアが呆然と呟く。
列車がゆっくり降ろされる。見れば、巨大なゴーレム形態の砂原アツシが背で列車を支えていた。背後には神代コウイチと月島カオル。
列車が地面へ置かれると、アツシは人型へ戻る。
「子どもたち」アツシが鼻で笑う。「まだまだ学ぶことが多いようだな」
「砂原カイダンチョウ……」ザリアが息を呑む。
「……父さん?」ノノカが口を開ける。
「フロア規則は適応が全てだ」アツシが淡々と言う。「二人とも、判断ミスが目立った」
骸骨たちが列車から降り、アツシに向かって深々と頭を下げる。
「ありがとう、良き人間!」と唱和する。
骸骨王がアツシの手に首飾りを置いた。髑髏のネックレスだ。
「贈り物。救ってくれた。――あの二人と違い、誠実」
「礼は受け取ろう」
骸骨王はザリアとノノカを一瞥し、群れをまとめて去っていく。
「恩知らず!」ザリアが叫ぶ。
カオルが手を振った。
「やっほー! 楽しい班だね! 早くフロア進も!」
「最悪」コウイチが舌打ちする。「悪魔め、俺を“太陽ちゃん”と組ませやがって」
アツシは二人を見比べ――ザリアに視線を固定した。
「お前は弟子だな。ニュガワの」
ザリアが頷く。
「ならついて来い」アツシが言う。「奴が娘を見ていた。なら俺も返すのが筋だ」
「怖いって言えよ」コウイチがぼやく。「要は“ニュガワ問題”を抱えたくねぇんだろ」
「任せて!」ザリアが胸を張る。「師匠に成長見せないと!」
アツシがノノカへ目を向ける。
「ノノカ。学びを使え。これは遊びじゃない」
「……はい」ノノカが短く答える。
三人が進む先、巨大な髑髏の上にトーテムが浮かんでいた。アツシが鼻で笑い、手を伸ばす。
「皮肉なものだな」
〈トーテム封印獲得。レベル3,001通行許可〉
ゲートが開く。
ザリアは拳を握り、視線を落とす。
(ハン……師匠……リカ……みんな……)
前を歩く三人の背中を追いながら、ザリアは小さく呟いた。
「待ってて。……行くから」
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