――第52章・リングに上がれ――
リカ、ザリア、ノノカの三人は、檻の屋根の上に残っていた。リカは不安げに、周囲を回り続けるサメの背びれを見つめている。
「ハン……お願い、早くして……」
ノノカは水面に浮いていた小石を拾い、ぽいっと投げた。サメがそれを追って離れていく。
「で? あのチビ眼鏡は無能なの? なんでまだここにいんの」
「“無能”じゃねえ」ザリアが訂正する。「ただ、ムード悪いだけだ」
「結果、まだここ」
背びれがすっと近くを横切り、リカは思わず檻の中央へ下がった。
「オマリロ様が一緒だもん。絶対なんとかしてくれるよ!」
「するだろうね」ノノカは鼻で笑う。「しなきゃ困る」
――
一方――
オマリロはコーヒーをすすりながら、頭を抱えて崩れかけているハンを眺めていた。
「サー……お願いです」ハンが縋る。「答え、教えてください」
オマリロはもう一口飲む。
「男、ひとりで解く」
「でも間違えたら、俺ら正気失うか石にされるんですよ!?」
「答え、隠れている。男、見つけろ」
「私、答えていい?」レイが手を挙げる。
「うっ……」ハンは焦って首を振る。「次、次で……!」
スフィンクスが睨みつける。
「……無駄だ、少年。時間を浪費した。答えは?」
「あと五分だけ――」
「ない」スフィンクスが冷たく言う。「一つだ」
「くそ……!」
オマリロが空のカップを置く。
「男にはチームがいる。使え」
「でもサー、俺が解けないなら、あいつらが解けるわけ――」
ソウシンが勢いよく手を挙げた。
「わかったかも! 真でも嘘でもない文を言えばいいんだよ、友ハン!」
レイも頷く。
「私もそう思った! 相手が“真偽を確定できない”文ならいいの」
「どうやってだよ」ハンが焦る。「文は真か嘘しかないだろ!」
「“誰が判断するか”に依存する文なら違うよ」レイが言う。「確定しようとすると矛盾が起きる文!」
スフィンクスが告げる。
「時間だ。答えを言え」
ハンは頭を掻きむしる。
(矛盾する文……でも何が――)
石化が腰まで迫る。
「大丈夫!」ソウシンが元気に叫ぶ。「友ハンならできる!」
ハンは石になりかけた脚を見て、はっとした。
「……そうか。二人の言う通りだ。答え、ある!」
スフィンクスが目を細める。石化が止まった。
「言え、少年」
ハンは息を吸い、言い切った。
「石だ。お前は俺たちを石にする」
スフィンクスは長い沈黙の後、低く唸った。
「……ほう。お前の文を“真”と判定すれば、私は石にせねばならぬ。だが“偽”と判定すれば、お前は心を裂かれる。……しかしその真偽は、論理ではなく私の“判定”に依存する。確定すれば、私が矛盾する」
スフィンクスは背筋を伸ばした。
「見事だ、少年」
石が消え、ハンは膝から崩れ落ちた。
「……通った? 正気失ってないよな?」
「通過だ。心の試験、合格」
「っしゃ……」
レイとソウシンがハンを支えて立たせる。
「すごいよハン!」レイがはしゃぐ。
「友ハン、かっこいい!」ソウシンも満面の笑み。
ハンは咳払いして目を逸らした。
「……悪かった。お前らを役立たず扱いした」
「役立たず?」レイが首を傾げる。「ううん、大丈夫!」
オマリロが杖を鳴らす。
「男、理解した。チーム、できる。弱点はない」
「……はい」ハンは素直に頷きかけて、ぼそっと付け足す。「まあ、リカは別かもしれませんけど、それ言ったのは内緒で」
「ふむ」
スフィンクスが立ち上がり、扉へ向かう。
「来い、老いぼれ。次は“肉体”だ」
オマリロはチームに目配せし、扉をくぐった。
――
扉の先には、中央にプロレス用のような大きな金網リングがあり、周囲にはシコウキの観客がぎっしりと取り囲んでいた。
「……何だ、ここ」ハンが呟く。
「わあ!」ソウシンが跳ねる。「シコウキ・リングだ! エリートチームが殴り合う所!」
「その通り」スフィンクスが頷く。「ここへ来る道は三つ。お前たちは一つを見つけた。だが――三人、足りないな」
「女どもをどう戻す?」ハンが問う。
「簡単だ」スフィンクスは背を丸め、背中からシジルを“吐き出す”ように出した。ハンが受け取る。
〈シジル能力:召還
説明:使用者の場所へ、パーティメンバー全員を呼び戻す〉
「……回収するか」
ハンがシジルを握り潰す。
〈シジル:起動〉
次の瞬間、ザリア、リカ、ノノカが空中からぽんっと出現し、重なって転がった。
「いっで!」ザリアがうめく。「降りろって――!」
「私じゃない!」リカが叫ぶ。「その女!」
ノノカは即座に起き上がり、二人を押しのけて距離を取る。
「ふぅ。近寄んな、落ちこぼれ」
勢いで壁にぶつかる。
「……ああ、これが通常運転か」ハンが呆れる。
オマリロが杖を軽く鳴らす。三人は立ち上がった。
「サー?」ザリアが周囲を見回す。「ここ、どこ――」
「修羅場」
オマリロはリングへ向かって歩き出した。全員、顔を見合わせて付いていく。リカがハンの耳元で小声。
「ハン、えっと……何するの?」
「論理的に考えて、殴り合いだろ」
――
リングの端にはソレンとソラが待っていた。
「遅い」ソレンが肩をすくめる。「でも来てよかった」
「パパ! ママ!」ソウシンが手を振る。「見に来たの?」
「違うよ、ソウシン」ソラが微笑む。「私たちも試験に参加するの」
「え、ほんと!?」
「待って待って待って」リカが手を振る。「“参加”ってどういう――」
「肉体試験は、最も苛烈だ」ソレンが説明する。「お前たちが“ひとつのユニット”として戦えるかを見る」
「そして」ソラが続ける。「あなたたちは私たちのチームと戦う。3対3、50点先取」
「は?」子どもたちが声を揃える。
「ルールは簡単」ソレンが指を立てる。「相手を場外ゾーンへ落とせば1点。3点ごとにリング内のメンバーは交代だ」
ザリアがソウシンに耳打ちする。
「なあ……お前の親、強いの?」
「カイダンチョウ級!」ソウシンが即答。
「……は?」
「生涯で何人も鍛えてる!」
「ちなみにチームはそれだけじゃない」ソラが指を鳴らす。
ソウジ、コマチ、ハクリュウが歩み寄り、さらにセイヤとセリカも現れた。
「はあ?」ザリアが声を荒げる。「最初からハメられてたのかよ!」
ソレンが愉快そうに笑う。
「幸運を祈る。準備できているといいな」
ザリアはオマリロの腕を掴む。
「サー、俺たちのマスターも出られる!?」
「もちろん」ソレンが頷く。「彼抜きでは難しすぎる。ただし――アツシとの戦いで見ただろ。彼は同時に全てを守れない」
リング入口へ導かれ、レイはシズル、セイラン、サリナを見つけて手を振った。
「みんな! ここで何してるの?」
「審判!」シズルが胸を張る。「アウト判定、得点、交代の合図!」
「いいなあ!」
「がんばって、レイさん!」サリナが応援する。「こっちは味方!」
「ありがと!」
ハンがぼそっと言う。
「バイトか?」
「ちょっとだけ!」
――
ソレン、ソラ、セリカが片側に入る。ソレンがオマリロを見て笑う。
「最初の三人は?」
「私。女。男」
「……具体的に」
オマリロが杖先でハンとリカを指す。
「あっ」リカが息を呑む。「サー、私スタメンでいいの……?」
「ビビるな」ハンが言う。「怖がってるのが一番ダサい」
「……うん」
セイランが手を挙げる。
「5……4……3……2……1……」
両チームが構える。
「開始!」
ソレンが腕を上げる。
「ジュゲン後備者:鬼骨印の柱!」
巨大な柱が出現し、回転しながら巻物を撃ち出す。オマリロは杖で弾く。
「アレ何、サー!?」リカが叫ぶ。
「封印。触れたら終わり。捕まる」
返事の直後、巨大な石板がリカの顔面をかすめる。ハンがワイヤーで引っ張り、避けさせた。
「何してんだリカ! 棒立ちすんな!」
「じゃあ!」リカが歯を食いしばる。「あなたの背中に乗る! シジル作る!」
「クールダウン終わったのか?」
「完全じゃないけど、二個はいける!」
「じゃあ外すな!」
セリカがさらに石板を飛ばし、ハンはワイヤーで回避。背中にはリカ。
ソラが優雅に言う。
「お手伝いしましょうか。うちの友に、少し見せたい技があるの」
「やれ」
ソラが瞑想姿勢を取る。
「ジュゲン魔法士:音楽の調和」
空気がねっとり遅くなり、巨大な音符が弾丸のように飛ぶ。
「はっ――?」
音符が二人を叩き飛ばし、金網へ激突させた。
シズルが旗を上げる。
「得点! パパチーム、2点!」
ザリアが歯噛みする。
「最悪……!」
オマリロがちらりと振り返る。
「……ふむ」
「今だ!」ソレンが叫ぶ。「全火力、オマリロへ!」
一斉攻撃。
オマリロは手に弓を形作る。
「ジュゲン魔法士:天翼弓」
黄金の矢が放たれ、攻撃を紙のように裂いた。
(厄介だ)ソレンが目を細める。(本気を出すしかない)
「彼を引きつけて」ソラが命じる。「私とセリカは子どもを潰す」
「了解」
ソレンが城壁を出現させ、その上に立って空中へせり上がる。
「ジュゲン後備者:罠のタレット!」
壁の両端に砲台が出現し、狙いを定める。
「冗談でしょ!」リカが叫ぶ。
「撃て!」
巻物弾が雨のように降る。一本がオマリロの足元に落ちる――が、オマリロはそれを杖で弾き、金網へ叩きつけた。
リカは手のひらにシジルを生成する。
〈生成シジル:吸収〉
握り潰す。
「ハン、近づけて!」
「任せろ!」
セリカが手を壁へ叩きつける。
「ジュゲン魔法士:軸砕きの報復!」
地面の棘が螺旋状に伸び、ハンとリカに迫る。リカは背中から跳び下り、正面で受ける。
反発の衝撃が返り、セリカが金網へ吹き飛んだ。
「クリーン!」シズルが宣言。「2-1!」
「よし!」ザリアが思わず叫ぶ。「戻せる!」
セリカはすぐに体勢を戻す。
「……すみません、母上、父上。油断しました」
「いい」ソレンが笑う。「すぐ終わらせる」
ソラが再び瞑想しようとした瞬間――オマリロが刃を形成し、空中の壁ごと真っ二つに斬り裂いた。壁が崩れ、砲台が消える。
ソラが後転し、口を開いた。
「ジュゲン魔法士:音楽の狂気!」
轟音の音波が走り、三人が滑って押し戻される。オマリロは刃を地面へ突き刺して耐えるが、ハンとリカは場外へ滑り出た。
「4点目!」シズルが叫ぶ。
「交代!」サリナが合図する。
オマリロが杖を向ける。
「子ども。時間だ」
指されたのはノノカ、ソウシン、ザリア。
「任せてください、サー!」ザリアが叫ぶ。
「私がね」ノノカが前へ出る。「私は落ちません」
「友オマリロのために勝つ!」ソウシンが手を叩く。
三人がリングへ入った瞬間、ソレンが笑った。
「楽になるな」
ザリアが槍を形成し、投げる。だがソレンの柱が巻物を撃ち、攻撃は飲み込まれた。
「くそっ! 動きが読まれた!」
「基本すぎ」ノノカが鼻で笑う。「見てな」
ノノカは首に触れる。
「ジュゲン操運者:呪いのスキル強化!」
〈強化付与:現在のパーティメンバーに200%〉
「は!?」ザリアが顔をしかめる。「私たちは!?」
「スターに回す」ノノカは平然と言う。「勝つため」
巻物を回避し、セリカの石板もバク転で躱す。ソレンが小さく頷く。
「いい動きだ、ノノカ」
ノノカが得意げに口角を上げた――その瞬間。
「ジュゲン魔法士:音楽の狂気!」
ソラの音波が叩きつけられ、ソウシンが咄嗟にザリアを抱えて場外を防ぐ。ノノカだけが金網へ激突した。
「5-1!」シズルが叫ぶ。「続けて!」
「きっさまあ!」ノノカが怒鳴る。「今のは汚い!」
「現実へようこそ」ソレンが肩をすくめる。「セリカ!」
「ジュゲン魔法士:忘却の石槍」
無数の杭が飛ぶ。ソウシンが二人を引っ張って回避。
その最中、ザリアがノノカの腕を掴んだ。
「いい加減、見栄張るのやめろ! 集中しろ! あんた、別に大したこと――」
「触るな!」ノノカが振り払う。「あんた、何を“やった”のよ」
「お前よりはやってる!」
「家族が攻撃してくる!」ソウシンが慌てる。
「今じゃねえ!」二人が同時に叫ぶ。
ソレンは首を振る。
「……あれだけ鍛えたのに、この程度か。撃て!」
砲撃のような巻物が二人を直撃し、力が乱れて金網へ吹き飛ぶ。
「7-1!」シズルが宣言。「交代!」
リカはオマリロの袖を掴み、震える声。
「サー……どうすれば……」
「必要なことをする」オマリロが淡々と言う。「女たち、ベンチ」
ノノカとザリアは一瞬、言葉を失った。オマリロの杖先がサイドラインを指す。
「座れ。まだ早い」
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