――第49章・ロードアウト――
シコーキ島――
ソレン、ソラ、そして子どもたちは大きな食卓の奥に座り、夜が落ちていくのを待っていた。
「子どもたちはどこだ?」ソレンが首を傾げる。「あの老人、わざと遅らせてるんじゃないだろうな」
「オマリロ?」ソラが聞き返す。
「ああ。あいつのことだ。気まぐれに出たり入ったり、世界の都合なんて気にしない」
ソラは小さく笑う。
「懐かしいわね」
その時、幕が揺れ、オマリロが入ってきた。後ろにリカたちが続く。
「噂話」オマリロが言う。
「ち、違うわ!」ソラが慌てる。「ただあなたの独特な……その、こだわりを話してただけで!」
「そうだ」ソレンも頷く。「我々は興味深いと感じているだけだ」
オマリロが座り、ソレンが子どもたちへ手を促す。
「さあ座りなさい、子どもたち」
リカとソウシンがオマリロの両隣へ座り、レイがリカの隣に座る。ノノカは腕を組み、睨んだ。
「そこ、私の席」
リカが手を振って追い払う。
「レイの隣に座れば?」
「……キモ」
レイが困った顔で首を傾ける。
「ん? 顔に虫でもついてる?」
「あなたが虫」
ソラが夫に小声で囁く。
「……あの不機嫌な子、誰?」
「オマリロの新しい生徒だ。砂原カイダンチョウの娘」ソレンも小声で返す。「似ているだろう、色々と」
「ええ。態度がね」
ノノカは目を回し、オマリロの正面の席に座ると、無遠慮にテーブルへ足を乗せた。
「で? 早くしてくんない?」
「失礼よ、あなた」ソラが眉を吊り上げる。
ソレンは肩に手を置き、くつくつ笑った。
「面白いじゃないか、ソラ。どう謙虚になるか、訓練で見てみよう」
ソレンは幕の方を見る。
「残りの二人は?」
リカは腕を組んだ。
「たぶんバカなことしてる。ほんと、早く大人になってほしい」
セイヤが欠伸をする。
「さっきから、あの二人……妙な気配だな。情熱と自滅が混ざってる。見たことねぇ」
「だよね」リカがうんざりする。
「噂をすればだ」
ザリアとハンが汗だくで幕を押し開けた。オマリロを見た瞬間、二人は背筋を正し、頭を下げる。
「サー!」
「子ども、顔が不安」オマリロが指摘する。「子ども、何か隠す」
二人の顔が赤くなった。
「サー」ザリアが口を開く。「夕食の後で……少しだけ聞きたいことが――」
「俺も」ハンも短く言う。
「座れ。質問、時間で答える」
二人は頷いて席についたが、ザリアはノノカを見て固まった。
「は? ……なんでお前がここに?」
「それ、私も言った」リカがぼそっと呟く。
「リカ、嫌がらせで呼んだの?」ザリアが目を細める。「レースの件、そんな怒ってんのかよ!」
「は!? 私が呼ぶわけないでしょ!」
ノノカが指を唇に当てた。
「静かにして? うるさい」
「誰に向かって――!」
ハンが目を細める。
「最悪だな。女がまた増えた。今度は自己中で無礼で傲慢な――」
「口の利き方気をつけな、メガネ。舌引っこ抜くぞ」
ハンがキューブを形作る。
「やってみろ、魔女」
ソウシンがきらきらした目で見上げた。
「オマリロ、友だちってこうやって仲良くするの?」
「違う」
オマリロは杖を地面に打ちつけた。
「子どもたち、座れ」
全員がぴたりと止まり、ハンとザリアも席に戻る。ノノカも足を下ろし、リカはオマリロを見て小さく頷いた。
「……はい、サー」
ソレンが咳払いする。
「助かったよ、相棒。さて、厨房係! 料理を!」
使用人たちが次々に湯気の立つ料理を運んできた。鶏料理、寿司、エビ、ステーキ――そして飲み物も並べられる。
ソレンは泡立つ液体の入ったグラスをオマリロへ差し出す。
「友よ、乾杯をどうだ?」
オマリロはそのグラスをテーブルから叩き落とした。壁に当たって砕ける。
「乾杯、無意味」
「そうか。ならやめよう」
ソレンは自分のグラスを一口飲む。
「いずれにせよ、明日が次の訓練だ。心、身体、魂――すべてを鍛える。君の師匠が昔受けたのと同じように」
「ねえ、聞かせて!」レイが身を乗り出す。「その話、聞きたい!」
「私も!」リカも続く。
「私も!」ザリアも勢いよく手を挙げる。
ソレンが笑う。
「なら、よく聞くことだ。役に立つかもしれない」
――それは、ずっと昔の話だ。
――
若い頃のソレンとソラは島で花の世話をしていた。ソラは緊張しながら一輪を差し出す。
「そ、ソレン……これ、好き?」
ソレンは目を細め、花を受け取る。
「父上に“求婚しろ”と言われているのは分かってるが、そこまで縮こまらなくていい」
「うん……ごめん」
ソレンは水をやり終え、肩を落とす。
「しかし父上は島を押し付けて去った。腹立たしい」
「このあと……ご飯、行く?」
「いいな。行こう」
その時、遠くに金色の光が飛んでいるのが見えた。
「ソレン? あれは何?」
「分からない! 衛兵に――ソラ、ここに――」
言い終わる前に、その光は島へ到達した。巨大な黄金の龍が降り立ち、ソレンの前に舞い降りる。
「……龍?」
龍は姿を変え、長いドレッドヘアの若い黒人の男になった。背は高く、鍛えられ、黄金の鎧が全身に生成される。
「まさか……」
ソラが駆け寄り、その男を見て息を呑む。
「ソレン……あれって……」
「……伝説のカイタンシャ。オマリロ・ニュガワだ!」
オマリロは黄金の翼を広げ、二人へ問う。
「シコーキの長、どっち」
ソレンは慌てて手を挙げた。
「ぼ、僕だ! ただし跡取りで、父が――」
「お前でいい。ロードアウト欲しい」
「ロードアウト?」ソレンが目を見開く。「あなたほど強い人が、まだ力を?」
オマリロは拳を握る。
「力、限界ない。強さは他者のため。弱者の声、誰も聞かない」
「しかしロードアウトは闘士か変性者の……」
「全部、持つ」
「……全部?」
「七、全部」
「あり得ない――!」
ソラがソレンに囁く。
「でもソレン、彼のレベル、何十万でもおかしくない。ひとつのクラスだけで到達できると思う?」
「……いや、だが――」
ソレンは気を取り直した。
「分かった。案内する、ニュガワさん。島で最も強度の高い訓練施設――第三の柱へ」
「良い」
――
島の中心にある屋敷へ案内し、ソレンは説明する。
「ここがシコーキ一族の屋敷だ。何か軽食でも――」
「不要」
「……そうか。第三の柱はこちらだ」
白い部屋に入ると、上品な女性が瞑想していた。三人が入った瞬間、彼女は目を開ける。
「兄上。なぜ私を――」
「客だ」ソレンが言う。「伝説本人」
彼女はオマリロを見て目を輝かせ、勢いよく手を取った。
「まあ! ご挨拶を! 私はセシナ。シコーキ史上最強の者として、あなたの望みを叶えましょう。何をご所望です?」
「ロードアウト」
「まあ……それは簡単ではありませんわ」セシナは即座にソレンへ振り返る。「兄上、レベルを。正確に」
ソレンは手を掲げた。
「ジュゲン後備者:標的操作」
オマリロの頭上にUIが浮かぶ。
〈オマリロ・ニュガワ レベル:250,000〉
二人は息を呑む。だがオマリロは待つだけだった。
「……信じられない」セシナが呟く。「そんな領域、カイダンチョウですら――」
彼女は気を引き締める。
「なら、ロードアウトの習得は早いでしょう。説明します」
セシナは指を立てる。
「ロードアウトは“現在の技能体系の上位互換”。発動中はレベルと能力が大幅に伸びる代わりに、消耗と集中が跳ね上がる。そして発動中は“元の技能”は使えません。切り替えが必要。……ジュゲンを最大効率で組み直す、そういうものです」
「どのクラスが基盤?」セシナが問う。
「変性者」オマリロが答える。
「でしょうね」セシナが微笑む。
「見た」ソレンも頷く。「龍に変身した」
「素敵!」セシナは手を叩く。「ならそれを核にします。私と瞑想を」
――
場面は静かな山頂へと変わった。二人は向かい合って座る。
「集中しなさい。あなたの内部の力を引き出すのは私が補助できる。だが“形”にするのはあなた自身よ」
「なら、やる」
セシナの手から白いエネルギーが流れる。
「ジュゲン魔法士:魂の拡大」
霞のような力がオマリロへ入り込み、彼の意識はダンジョン階層――レイドボスとの戦場へ飛んだ。
「……何をした」
「私はソウル系。あなたの内側を“前に出した”。あとは戦い方を選びなさい。変性者の技を使って」
オマリロは息を整え、空気を掴む。
「ジュゲン変性者:黄金竜の起脚」
黄金の気が爆発し、空間が軋んだ。ソレンとソラは思わず後退する。
「次は」
「敵が出る」セシナが告げる。「ロードアウトを得るには、普段の動きを“避けつつ”“取り込む”必要がある」
「説明」
「戦い方を基盤にする。でも、同じじゃない。似ていて、違う。そこが鍵」
「理解」
山肌が盛り上がり、巨大なトロルが棍棒を持って現れる。
〈敵:シコーキトロル レベル:56,000〉
「さあ、見せて!」
トロルが突進する。オマリロは目を閉じた。
「天翼の黄金龍――」
棍棒が振り下ろされる。オマリロが腕を払って受け流そうとした瞬間、黄金の斬撃が手元から走り、トロルの腕を切り落とした。
〈ロードアウト技能1:黄金竜斬〉
「素晴らしい!」セシナが声を弾ませる。「あと二つ!」
トロルがもう片腕で掴みに来る。オマリロは淡々と斬り刻む。別のトロルが拳で握り潰そうとした。
「……ふむ」
オマリロの体内から膨大なエネルギーが噴き上がる。
「去れ」
腕から黄金の盾が生成され、圧でトロルを弾き飛ばした。
〈ロードアウト技能2:黄金竜の盾〉
ソラは呆然と見つめた。
(人間……なの? 近くにいるだけで、現実感が薄れる)
オマリロは盾と斬撃でトロルを紙のように切り裂いていく。セシナがソレンへ合図した。
「兄上、レベルを!」
ソレンが標的操作を使うと、新たなUIが浮かぶ。
〈オマリロ・ニュガワ レベル:300,000〉
「上がってる……!」ソラが息を呑む。
「当然よ」セシナは落ち着いて言う。「ロードアウトは上位構成。装備に近い形で“段階”が上がる。だが、その代償もある」
最後の一体――他より大きなトロルが現れた。
〈ドメインボス:トロルの狂戦士――スカルクラッシャー レベル:69,800〉
狂戦士が跳び、棍棒を叩きつけ、山頂が揺れる。
「姉上、これは……!」ソレンが焦る。
「大丈夫。彼なら」セシナは微笑んだ。「見ていなさい」
オマリロが前腕で受け止め、反発で弾く。
「敵、強い。技、もっと強い必要」
内部でさらに何かが膨れ上がる。セシナの声が耳元で囁いた。
「全部解放しなさい。抑え込まないで!」
次の瞬間、爆発的な光が迸り、観客の三人は壁へ叩きつけられた。オマリロの前に巨大な“何か”が具現化し、一撃で部屋――いや、空間ごとトロルを消し飛ばした。
〈ロードアウト技能3:黄金竜の怪獣〉
セシナは言葉を失った。
「……こんな……力……!」
黄金の光が揺らぎ、空間が不安定になる。
――
現在――
「えっ、最後の技は!?」レイが身を乗り出す。「そこで止めるの!?」
「それは君の師匠が話すといい」ソレンが笑う。「あの力は桁違いだ。彼は“破片”を封じるしかなかった」
「うわぁ……」子どもたちが息を呑む。
ザリアは床を見つめたまま、拳を握る。
(ロードアウトって……そうやって正面から得るものなんだ)
(私、間違えた……シオンの取引なんて受けずに、オマリロ様に頼めばよかった)
ザリアは自分の手を見た。
(何をした……シオン。私に何を――)
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