――第45章・波とのレース――
シコーキ・ドック――
一行がドックへ向かう途中、竹野ザリアは天川リカに半ば引きずられていた。
「うぐ……ソウシン、そろそろこのヒール脱いでよくない?」
「だめー! 島にいる間はドレスコード守らないと!」
「ふざけんな――!」
葉山レイがスピードボートの列を指差した。
「見て! ちょうど間に合ったっぽい!」
ボートのそばに立っていた男が、ソウシンを見て目を細める。
「ソウシン。何をしに来た」
「レースです、ハクリュウさん!」
「久々に戻ったと思えば、死地のレースに突っ込む気か」
「待って待って」リカが顔を引きつらせた。「し、死地?」
「当然だ。まさかただの水上遊びとでも? ハイドロシャーク、クラーケン、トレントピラニア……命がけのレースだと心得ろ」
リカがザリアへ小声で言う。
「……ザリア、前言撤回したい」
「だめだめ。選んだのはお前」
「取り消したいの!」
ソウシンがボートを見回す。
「ハクリュウさん、参加していいですか?」
「構わん。……乗り物は?」
「ない!」
「愚かだな。親は何を教えている」
ザリアが頭を掻いた。
「えっと……貸してくれる、とか――?」
「ない」
「じゃあどうやって走んの!?」
「五分で船を用意してここへ戻れ。できなければ置いて開始だ」
ザリアが全員を寄せて小さく円を作る。
「よし、誰かプランBある?」
「隊長さんがいるんじゃなかった?」リカが皮肉っぽく言う。
「隊長だけど、この手のクソ状況は初見なんだよ! 助言歓迎!」
レイが他のボートを観察する。
「小型は速そうで、大型はパワーありそう! どっちにする?」
ザリアがソウシンを見る。
「なあソウシン。空から船出せたりしない?」
「できない! ある物を動かすだけ!」
「なら、材料を探せばいい」リカが言った。「あの荷物のときみたいに」
「いいね、リカお姉ちゃん!」
「お前らそれやめろ。今すぐ」ザリアが即ツッコむ。
「え、なんで?」リカがむっとする。「絆を深めてんの」
レイが二人に抱きつく。
「私も絆したい!」
ハン・ジスが呆れた顔で指をさした。
「あのへんに廃材の山ある。使えるだろ」
視線の先には、ヨット並みにデカい錆びた船。作業員たちが清掃していた。
「ナイス、ハン!」ザリアが頷く。「あれ使おう!」
ザリアが作業員へ声をかける。
「よ、これ借りていい?」
ヘルメットを上げた男が固まる。
「……これを? このガラクタを?」
「うん。なるべく壊さず返す!」
「すみません、それは――」
ソウシンが前に出て手を振った。
「ねえねえ! 使っていい?」
「あっ、ソウシン様! ……ええ、特別に。どうぞどうぞ!」
「ありがと!」
「で、これをどうやってドックに――」リカが言いかけた瞬間。
ザリアが後ろ蹴りを叩き込んだ。
ドンッ――!
錆び船がそのまま水面へ飛んでいく。
リカが額に手を当てる。
「なんでそういう乱暴なことを……」
「ほら、目的達成」
ハンがさっさと甲板へ飛び乗る。
「いいから急げ」
ソウシンも乗り込み、手を擦り合わせた。
「任せて! この船、イルカより速くする!」
「はいはい」
ソウシンが叫ぶ。
「ジュゲン操運者:電送――第三ギア!」
船体が震え、後部に二基のスラスターがせり出した。さらにソウシンが船へ手を置く。
「次は完全リンク! ジュゲン操運者:自律車両変形!」
〈ユーザーリンク完了〉
ソウシンが手招きする。
「みんな乗って!」
リカ、ザリア、レイが甲板へ上がる。そこへハクリュウが近づき、船を見て眉をひそめた。
「……見つけたか。“それ”を。十一歳に操縦を任せるとは」
「こいつしかできないんで」ザリアが言う。
「……ふん。なら私も乗る」
「は!?」
「レース監察官としてな。採点し、評価する。B−を下回れば失格だ。つまり――揺れは最小、私に危険は極力ゼロ、ルール違反は一切なし」
「最悪」ザリアがうめく。「運転免許の試験官かよ」
ハクリュウは乗り込んだ。
「そう呼びたければ呼べ。ソウシン、精密に操れ。合格点でも勝たねば意味がない」
「はい!」
マイク越しにアナウンスが響く。
「開始まで一分!」
「私はブリッジへ行く」ハクリュウが言う。「お前たちも来い」
六つの座席が並ぶブリッジ。ソウシンが運転席へ座り、リカが両肩に手を置く。
「丁寧にね? 繊細そうだから。サメに噛まれたり岩にぶつけたりしないでよ!」
ザリアは逆に腕を回した。
「無視していい! 速く走れ! 勝て!」
「わかった、ザリア!」
「ザリア!」リカが叫ぶ。
「勝て。それだけだ」ハンが低く言う。「それ以上でも以下でもない」
アナウンスがカウントを刻む。
「五……四……三……二……一……」
そして、角笛の爆音。
「レース、スタート!」
「ジュゲン操運者:電送――第二ギア!」
船が跳ねるように加速し、ソウシンは立ち上がって片手で操舵する。ザリアが肩を揺さぶった。
「速く! 今ビリだぞ!」
「おっけー!」
ソウシンが腕を振り下ろした瞬間、船はオーバードライブ。全員が座席から浮いた。
ハクリュウが無言でクリップボードに書き込む。
「無謀な急加速。−5点。95/100。A+、まだ」
「うわ、すみません!」ザリアが叫ぶ。「速く、でも丁寧に! な!」
「了解!」
別のスピードボートが体当たりしてきて、船が流され、ハクリュウがよろけた。
「操船ミス。−3点。92/100。まだA+」
「いや今のは相手――!」ザリアが抗議しかける。
「口答え。−3点。A。89/100」
「はあ!?」
リカが肘でつつく。
「お願い、黙って」
ソウシンが持ち直し、ボート同士がぶつからないようにスレスレで避ける。その瞬間――横のボートがサメに丸ごと持ち上げられ、水中へ引きずり込まれた。
「……冗談じゃないな」ハンが冷ややかに言う。
「今の、参加者食われた!?」リカが青ざめる。「どんなイベント運営してんの!」
「まだ序の口だよ!」ソウシンが楽しそうに笑う。「クラーケン見たらもっとすごい!」
「やめて――!」
岩場を抜けると、優雅な大型艇が並走してきた。サイズはほぼ同等。
「おっ! 友だちだ! ソウジとコマチ! 前回チャンピオン!」
ソウジが甲板に立ち、水の鎖を作る。鎖がこちらの船に絡み、一引きで進路をずらされた。
「コース逸脱。−2点。87/100。B+」ハクリュウが淡々と言う。
「友だちって言ったよね!?」リカが叫ぶ。
「友だちだよ! この島ではこうするの! 競技で殺し合いかける!」ソウシンが平然と言った。「ほら、ソウジが次の攻撃準備してる!」
「え?」
ソウジの掌に渦の球ができ、放たれる。船体が揺れた。
「もういい」ザリアが鼻で笑う。「甲板に武器ある?」
ハンが立ち上がる。
「……武器? 三人いるだろ。俺たちが武器だ」
ハンが上甲板へ向かう。
「今の、ハンっぽくない」ザリアが目を丸くする。
ザリアは槍を具現化した。
「でも正しい! 行くぞ、レイ!」
「うん!」
「無茶しないでよ!」リカが叫ぶ。
ハクリュウは内心で嘆く。
(愚か者め。天才二人に喧嘩を売るとは……だが、退屈はしないか)
上甲板。ソウジが次の水弾を作りかけて止まった。
「……ん? 誰だお前ら。ソウシンだけだと思ってた」
「失礼だな」ザリアが睨む。「人の船にちょっかい出すな。降りろ。さもないと落とす」
「黙れ。顔に水でも浴びとけ」
「言ったな? よし、殴る!」
ザリアが槍を投げる。しかしソウジが制御された水撃で弾き落とした。
「……くだらない」ハンが低く呟く。「蹴れ、ザリア」
「あっ、そうだ!」
ザリアは槍を投げ上げ、回転しながら強烈な蹴りを叩き込む。槍は弾丸のように飛び、相手艇の船体へ突き刺さり、船がよろけた。
「おい! 塗装が高いんだぞ!」
「知らん!」
ハンが片膝をつき、手首を相手艇へ向ける。
「ガキの悪ふざけ、終わりだ」
「ジュゲン後備者:手首装着キューブ――ワイヤー」
ワイヤーが飛び、ハンが引く。相手艇が危うく横転した。
「ナイス、ハン!」ザリアが叫ぶ。「レイ、月で追撃いける!?」
「もちろん! ジュゲン魔法士:月のメゲンカ!」
月光の一撃が命中し、相手艇が沈みかける。
「終わったな」ハンが言った。
「落とした! 戻――」
ハンがザリアの肩を掴む。
「待て。まだ来る」
水面の下から“虚無みたいな衝撃”が噴き上がり、沈みかけた艇が再浮上する。しかも速度が上がった。
ザリアが額を叩く。
「ほらな! 簡単に終わるわけない!」
足元の船が激しく震え始める。
「バキバキいってる!」レイが叫ぶ。「裂けそう!」
相手艇を見ると、ソウジが背の高い少女――コマチの背を叩いていた。
「助かった、姉ちゃん。ブーストが要った」
「攻撃は私がやる。操縦はあなたが」
「いいね。任せた!」
コマチが手を押すように動かすと、こちらの船がギシギシと悲鳴を上げ、傾いた。
リカが慌てて上甲板へ。操舵しながらソウシンもついてくる。
「何してんの!? 上で!」
三人は相手艇を指差す。コマチが立っていた。ソウシンが手を振る。
「コマチ! 久しぶり!」
「ええ。――死んで」
腕を振られた瞬間、こちらの船がくるりと回転し、全員が転がった。
「どうやってんだよ、これ!」ザリアが叫ぶ。
「二人ともジュゲン魔法士なんだ!」ソウシンが言う。「片方が水属性、もう片方が重力!」
「よりによってクソ友だち作りやがって!」ザリアが怒鳴る。「帰ったら“友だち”禁止な! 私らだけ!」
「うん!」
コマチが踏み込むと、船首が持ち上がり、船が“逆立ち”しかけた。
「この女――!」
コマチが両手を握り潰すようにすると、船体がミシミシと凹み始める。
「レイ! このガラクタ、守れる!?」ザリアが叫ぶ。
「いける! ジュゲン魔法士:月光の護光!」
船全体を覆う大盾が展開される。レイは顔を歪めて支えた。
「……大きい……維持、きつい……!」
リカが背に手を当てる。
「私も支える! いい?」
「う、うん!」
「じゃあ私とハンとソウシンは下だ!」ザリアが叫ぶ。「上は危険すぎる!」
下甲板へ降りると、ハクリュウが椅子に座って待っていた。
「戻ったか。……私を放置した。−4点。さらに状況不安。合計−11点。今B。76/100。70未満で失格」
ザリアがハンとソウシンを寄せる。
「これ以上、何してもギリギリってことだな」
「相手が逃げてる」ハンが言う。「あの試験官は後回しでいい」
ザリアがニヤッとする。
「放り投げて相手艇に乗せたいけどね」
「意味ない」ハンが即切る。
「だよな。ソウシン、踏め!」
盾を張ったまま船が再加速する。ザリアとハンが座席へ戻った瞬間――窓越しに、相手艇の上に“隕石”が浮いているのが見えた。
「……は?」
「コマチの新スキルだ!」ソウシンが叫ぶ。「アステロイド・スラム!」
「ポータル、転覆、隕石って何でもありかよ!」ザリアが叫ぶ。「次は飛ぶってか!?」
「練習中!」
隕石が盾へ叩きつけられ、盾が大きくヒビ割れた。
「上、もう持たない」ザリアが歯噛みする。「ハン、ソウシンと操縦。私が上を――」
「どうぞ」ハンは淡々と返した。
ザリアが上へ向かったあと、ハンは窓の外を睨んだ。
「……馬鹿みたいな災難ばっかだ」
さらに隕石が飛ぶ。ソウシンは器用に回避する。
「わーい! たのしー!」
「楽しくない」ハンが即答する。「あいつらをコースから追い払え」
「任せて、ハン!」
ソウシンが加速しようとした、その瞬間――何かが盾へ激突し、ヒビが増える。
「うわっ! やばい!」
前へ進もうとするが、船が止まった。
ハンがため息をつく。
「……スラスター壊したな?」
「違う! 動いてるのに、進めない!」
次の瞬間、船が“下へ”引かれた。
水中へ、ずるり――。
ハクリュウが椅子に座ったまま首を振る。
「……やれやれ」
兄妹の艇が遠ざかる中、巨大な触手が窓に巻きつき、こちらの船をさらに引きずる。
そして――黄色く光る巨大な目が、窓の向こうから船内を覗き込んだ。
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