第8話 バタバタの子育て
子どもも2人となると新生児のうちからバタバタです。
近所に住む両親には、よく手伝ってもらいました。
子どもが大きくなるうちに、母は年金受給者になっていました。
当時は女性の年金受給年齢が早く、55歳だったからです。
そこからはあっという間に男女共に年金支給年齢が65歳になってしまいましたけれどね。
父の年金受給は60歳でしたが、定年そのものは55歳でした。
高度成長期の働き手であった父は、我が子の子育てにはあまり関われませんでした。
そのせいか孫育てには積極的で、年金受給が始まる年まで嘱託社員として働くか、バイト程度にするかで悩んでいましたね。
企業によって定年と年金受給の間には微妙な隙間の期間があったりしたのです。
それは今でも変わりませんね。
今は退職金も減っているから、昔よりもさらに大変です。
我が家もその時期は大変でした。
子育ての時期は本当に大変で、記録をとっておくのは大事なことだと振り返ってみて思います。
絶対忘れない、と思っても忘れますし、大切な思い出が指の間から零れ落ちるように消えてなくなるのは寂しいですからね。
1974年、昭和49年に今でも人気の高い漫画を原作としてのお芝居が演じられました。
それが2025年に劇場版の新作アニメが公開されることになるなんて、誰も思っていなかったことでしょう。
1975年、昭和50年には、就職情報誌が創刊されました。
就職といえば求人票を探したり、伝手を辿ったりして会社探しをするものでしたが、仕事探しが楽になりましたね。
その会社は後に社名が変わりましたが、長く生きていると社名が変わる会社もちょくちょく出てきます。
潰れてしまう会社も、もちろんありますけどね。
流行り廃りがあるのは世の常。
だから流行りモノだと思っていたモノが長く続いていたり、再ブームが来たりすると新鮮な驚きがあります。
当時流行ったエンタメが今でも人気があったりしますけど、当時はこんなに長く人気が続くなんて思いませんでした。
こんなことなら取っておけばよかったな、と思うような物もありますね。
今では一般的になった体外受精も、1978年、昭和53年に世界初の体外受精児が誕生した時には大騒ぎでした。
技術が進歩する時には、色々とあるものです。
今では一般的な携帯電話だって、昭和の時代に持って行ったら大騒ぎでしょう。
1979年、昭和54年に世界初として行われた、セルラー方式による自動車電話のサービスなんてもう……。
笑ってしまうかもしれませんが、技術の進歩って、そういうものですよね。
でも1977年、昭和52年にあった日本赤軍による日航機のハイジャック、なんて事件は、もう嫌なのですが。
人間は愚かです。
子どもたちが大人になる世界は平和であって欲しい、そう願うのは愚かなことなどではないと信じたいです。




