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昭和25年生まれ 木村悦子75歳  作者: 天田 れおぽん @初書籍発売中


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第6話 こんにちは赤ちゃん

 昭和45年。わたしは第一子である健太を産みました。


 初めての出産も、育児も、主婦としての生活も大変です。


 役場での勤めは、結婚するときに辞めました。

 結婚するなら仕事は辞める。

 そんな時代だったのです。


 短い間しか働いていませんが、寿退職を皆さん喜んでくれて、お祝いしてもらいました。

 これでは何のために勤めへ出たのか分かりませんね。

 もっとも当時は高度成長期でしたし、バリバリと働く女性は疎まれる時代でしたから今とは違います。

 わたしが退職すれば、若くて独身で花嫁候補になる女性が入ってきますから、歓迎すべきことだったのだと思います。


 ともかくわたしは家庭に入り、慣れない生活に馴染むため、必死でした。

 すぐに子どもも出来ましたから、守らなければいけない命があります。

 ヘロヘロになりながらも、わたしは頑張りました。


 わたしが頑張れたのは、健太郎さんが寄り添ってくれたからだと思っています。

 当時のお休みは、今と違って完全週休二日制ではありませんでした。

 月曜から金曜までは通常の勤務で、土曜日だけは半日という働き方だったのです。


 土曜日だけは、いわゆる「半ドン」という形で、午後はお休み。

 日曜日は一日お休みという形です。


 とはいえ今と当時、どちらが大変だったのか、一概には比較できません。

 残業への感覚が違いますからね。

 電気代を節約するために、就寝時間も早かったですし。

 とはいえ、子育ての大変さは変わりません。

 

 その日。わたしは健太の寝かしつけを終えて、短い昼寝をとりました。

 子どもの声がすればすぐに目を覚ますので、なんだか毎日が半分フワフワした感じで、生きているのか死んでいるのかよく分からないくらいの状態でしたけれどね。


 この頃のわたしは、今日が何月何日か、どころか曜日も時間の感覚も失っていました。

 新聞やテレビを見れば日付や曜日は分かりますし、カレンダーを見れば用事も書きこんであって困るようなことはありませんでしたけれど、本人はヘロヘロだったのです。


 わたしが、ふと目を覚ますと、健太郎さんの姿が部屋にありました。

 その日は土曜日で、仕事を終えた健太郎さんが、日の高いうちに帰宅していたのです。


 健太は、白いベビーベッドの上でスヤスヤと眠っています。

 天井から釣り下がっているベビーメリーが、クルクルと回っている。

 健太郎さんは、ベビーベッドに寝ている健太を見下ろしながら「こんにちは赤ちゃん」を小さな声で歌っていました。


 1963年、昭和38年に発売された曲で、大ヒットした昭和歌謡です。

 梓みちよさんが歌うにあたりママの心情に書き換えられたらしいですが、本来はパパの心情の歌詞だったと聞きました。


 そんなことは関係なく。「こんにちは赤ちゃん」を歌いながら健太を見ている健太郎さんの姿がとても幸せそうで。

 わたしは、この結婚は間違っていなかったことを確信しました。


 でも息子の名付けは失敗しました。

 父親が「健太郎」で息子が「健太」なんて似すぎですよね。

 海外では同じ名前でジュニアと呼んだりするんだ、という健太郎さんの言い分を聞き入れたのは失敗でした。

 

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