第29話 地震
玲子の小学校の卒業が間近に迫った2011年、平成23年の3月11日の金曜日、14時46分。
東北地方太平洋沖地震が起きました。
「地震⁉」
緊張が走った我が家には、小学校から帰ってきた玲子がいました。
「ばーばっ! 怖いっ!」
「大丈夫。大丈夫よ」
わたしは玲子の体を抱きしめます。
震源地から離れているとはいえ、不安になるほど揺れました。
耐震補強工事を済ませておいて、心の底からよかったと思った瞬間です。
ひっきりなしに鳴る携帯電話の緊急速報メール。
テレビでは押し寄せる津波の映像が流れ、とても現実のこととは思えません。
まるで映画のような、フィクションの世界に迷い込んだような感覚です。
ですが現実ですから、揺れはしっかり感じます。
ガタガタと音はしますが、物が倒れるほどではありません。
台所の食器は無事でなかったとしても、孫の玲子には傷ひとつ負わせたくありません。
悲鳴を上げる玲子を抱きしめて、わたしは自分の悲鳴を呑み込みました。
現実とは思えないのに体は強張るし、勝手に震えるし、人間って不思議ですね。
それからほどなくして順子が慌てて帰ってきました。
順子の姿を見た玲子が「お母さぁーん」と甘えるように声を上げて駆け寄り抱きつきました。
実母のぬくもりに玲子は少し落ち着きを取り戻したようです。
ですがいくら大きな影響がない地域といっても、大きな地震のあとに慌てて移動するのは危険です。
わたしは軽く順子をたしなめました。
「心配なのはわかるけれど、あなたに何かあったら悲しむのは玲子なのよ? 安全第一でお願いね」
「わかってるって。キチンと交通ルールは守りましたよ。それにこの辺は、信号機もちゃんと動いているし、道も平気だったわ」
順子はマイカー通勤です。
だから動きやすいのですが、災害時には注意しないと危ないですよね。
まだ緊急地震速報はドンドン入ってきますし、混乱した状態です。
ですが、この辺の被害はたいしたことがなさそうではあります。
わたしは地域のハザードマップを思い浮かべながら、ちょっと考えました。
順子は状況説明をしています。
「今日は哲也さんも早く帰ってくるって言ってるし、玲子は連れて帰ったほうがいいかな」
我が家は耐震強度を上げる工事をしましたが、順子の家のほうが新しいのです。
そこを考えたら、順子にとっては自宅のほうが安全に思えるのかもれません。
ですが我が家はつい最近、耐震補強の工事を済ませたところですからね。
どちらのほうが安全かは、確認しないとわかりません。
「まずは玲子はここにおいて、自分の家を確認してきたら? 食器棚や箪笥がどうなってるか、わからないわよ」
「あっ!」
順子はハッとした表情を浮かべました。
やはり地震対策をキチンとしていなかったようです。
「この家は、このくらいの被害で済んだけど、そちらの家は分からないわよ」
「ん、そっか。ちょっと見てくるから、玲子を預かっておいて」
「わかったわ」
わたしが玲子の肩をギュッと抱くのを見てから、順子は自宅を確認するために出ていきました。
順子と入れ違いに、健太郎さんが帰ってきました。
玲子が「じーじっ」と言いながら健太郎さんへ抱きつきます。
まだまだ子どもですから、手で触らないと安心できないようです。
もちろん、玲子がいなかったら、わたしが健太郎さんに抱きついていましたけどね。
健太郎さんがわたしに聞きます。
「大丈夫か?」
「ええ。リフォームに耐震工事を入れておいてよかったわ。箪笥も片づけてしまったから、そんなに被害は出てないと思うの」
「そうだな、リフォームしておいてよかった」
健太郎さんはホッとした表情を浮かべると、玲子をギュッと抱きしめました。




