一緒に寝ます
アデルと別れた夜だった。
玄関でのやり取りは、いつもと変わらない。
次に会う約束も、学園の話も、きちんとした。
それなのに、胸の奥が少しだけ静かで、少しだけ寂しい。
部屋に戻って、灯りを落とした直後。
「……今日から!」
扉が、勢いよく開いた。
「今日から、姉様が学園へ入学するまで毎日!
一緒に寝ます!
譲れません!!」
ふんす、と鼻息荒く。
マイ枕を抱きしめたまま、堂々と入室。
……唐突すぎない?
でも。
可愛い弟が、寂しがっている。
この事実が、すべてを上書きする。
なんて尊いの。
「もちろんよ」
即答。
ぱっと、花が咲くみたいに、クリスの表情が明るくなった。
「姉様!」
「姉様も、クリスと離れるのが寂しいもの」
本音だ。
学園へ行けば、
寮生活が始まる。
この家で過ごす夜は、
今日から数えるほどになる。
「姉様!
姉様が大好きです!」
勢いよく、マイ枕を落として、
そのまま抱き着いてきた。
……あ。
受け止めて、抱き返す。
小さかった背中は、
いつの間にか、しっかりしている。
背丈も伸びて、
肩幅も出てきて。
順調に、育っている。
「重くなったわね」
「鍛えてますから!」
胸を張るのが、可愛い。
学園へ行けば、
成長期に入るクリスを、
毎日見ることはできない。
それが、少し残念だった。
「走り込みを欠かさず、筋肉を育てて、
牛乳いっぱい飲んで、背を伸ばすのよ!」
「はい!」
返事が、元気すぎる。
布団を並べて、
一緒に潜り込む。
夜の城は、静かだ。
外の風の音と、
遠くの警備の足音だけが聞こえる。
クリスは、布団の中でも饒舌だった。
最近、家庭教師から学んでいる後継者教育の話。
領地の管理。
人を見る目。
責任の重さ。
……からの。
「それでですね、
アデルはやっぱり危ないヤツです!」
急転直下。
「姉様に近づきすぎです!
距離感がおかしいです!」
それは、いつもの主張。
誰かさんの愚痴。
もとい、力説。
「今日だって、別れ際に……」
延々と続く。
本当に、この子もブレない。
「はいはい」
相槌を打ちながら、
額に、そっと口付けを落とす。
「可愛い、私のクリス」
ぴたり、と声が止まった。
「姉様は、眠くなってきたわ。
また明日、お話の続きを聞かせて?」
「……はい」
少し名残惜しそうに、
それでも素直に。
「これから毎日……
姉様の隣で、お話します!」
宣言が重い。
でも、笑ってしまう。
「ええ。毎日ね」
瞼が、重くなっていく。
一日の出来事が、
ゆっくりと溶けていく。
温もり。
呼吸。
安心。
――そのとき。
ふわっと、柔らかい何かが、
唇に触れた。
一瞬。
夢か、現実か。
意識が、静かに沈んでいく。
私は、そのまま、眠りに落ちた。




