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恋焦がれた君に堕ちるまで  作者: ChaCha


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逃げ場のない部屋

合同訓練が終わり、学園へ戻った夜。


寮の廊下は静かで、昼間の喧騒が嘘のようだった。

シャワーを浴びて、髪を乾かし、ベッドに腰掛ける。


思い出すのは、野営地のこと。

何度も息が切れて、何度も限界を越えて、

そのたびに「生きて帰れた」ことだけが確かだった。


治癒師たちは、これを何度も繰り返している。

当たり前のように、命の隣を歩いている。


……すごい。

そう思うと同時に、胸の奥がざわついた。


コンコン。


扉を叩く音。


反射的に背筋が伸びる。


「話がしたい」


低く、近い声。

アデルの声だ。


「はーい」


返事をした自分の声は、思ったより普通で、

だからこそ少し安心してしまった。


扉を開けると、廊下に立つ彼と目が合う。

疲労の残る顔。

それでも、視線だけは異様に冴えている。


「……確認したいことがある」


そう言って、彼は一歩下がった。


「ここじゃなくて、俺の部屋に来てほしい」


同じ階。

数歩先。

何度も通った道。


断る理由が、見つからない。


「……いいよ」


そう答えてしまった。


彼の部屋に入ると、背後で扉が閉まる。


カチリ。


鍵の音が、やけに大きく響いた。


「……俺たち、恋人だよね?」


唐突だった。


振り返ると、彼は立ったまま、こちらを見ている。

距離はあるのに、逃げ場がないと感じる。


「……強制的に、だけどね」


冗談めかして返したつもりだった。


「俺以外に、惹かれてないよね?」


声が、近い。


一歩、詰められる。


胸の奥が、ひくりと跳ねた。


視線を上げた瞬間、

彼の瞳孔が、はっきりと開いているのがわかった。


——あ。


知っている。


この感覚。


肌を撫でる、冷たいもの。

命を刈り取る直前の、あの静けさ。


前にも、あった。


はっきりと思い出せないのに、

身体だけが覚えている。


「急に、どうしたの?」


問いかける声が、少し震えた。


「怖い夢を見た」


そう言った彼の声音は、真剣で、縋るようで。


「君が、どこかに行ってしまう夢だ」


距離が、詰まる。


腕を掴まれ、引き寄せられる。


幼馴染のはずの腕。

慣れ親しんだ体温。


——なのに。


別の“何か”が、重なって見える。


彼の顔が近づき、唇に触れられる。


深い。

逃げる間を与えない口付け。


「……俺だけを、愛してほしい」


耳元で、囁かれる。


声は震えているのに、力は強い。


「俺を選ばないソフィアは……」


言葉が、低く沈む。


「……赦せない」


首元に、指が掛かった。


締め付けるほどではない。

でも、逃げられないと理解させるには十分な圧。


息が詰まり、視界の端が白くなる。


——違う。


違う、違う。


幼馴染のアデルじゃない。


でも、突き放せない。


必死にしがみついてくる彼を、

嫌いになれない自分がいる。


「……アデル」


名前を呼ぶと、

彼の動きが一瞬、止まった。


「……大丈夫」


自分に言い聞かせるように、そう言った。


「今は、疲れてるだけだよ」


首元の圧が、少しだけ緩む。


彼の額が、こちらの肩に落ちた。


荒い呼吸。

震える身体。


「……ごめん」


そう呟く声は、弱々しくて。


背中に手を回すことが、出来なかった。


怖い。

でも、突き放すことも出来ない。


この人を、失ってはいけない気がして。


——それが、なぜなのか。


理由は、わからない。


ただ。


ここには、逃げ場がない。


そう、はっきり理解した夜だった。


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