崩壊前夜
夜は静かだった。
野営地の外れ、焚き火の名残が赤く燻っている。
眠れない。
いや、眠る必要がない。
俺はずっと、目を開けたまま考えていた。
ソフィアは、俺の恋人だ。
それは揺るがない事実だ。
昔も、今も。
俺は彼女を愛しているし、彼女も俺を愛している。
そうでなければ、説明がつかない。
――なのに。
今日の訓練で見た光景が、何度も脳裏に浮かぶ。
血に染まったルイス。
泣き叫ぶソフィア。
俺ではなく、
別の男の名を呼んでいた声。
違う。
あれは混乱だ。命の危機だった。
だから、錯覚が起きただけだ。
そう、俺は冷静に分析できる。
できる、はずだった。
焚き火の熱が、指先に伝わる。
温かい。
……温かい、はずだ。
ふと、胸の奥に奇妙な違和感が走った。
昔。
ソフィアを抱いた記憶。
何度も、何度も、抱いたはずなのに。
――思い出そうとすると、
そこだけ、妙に空白だった。
肌の感触がない。
体温の重なりが、浮かばない。
覚えているのは、
「抱いた」という事実だけ。
感触が、ない。
……いや。
記憶というのは、そんなものだ。
細部が曖昧になることなど、いくらでもある。
俺は首を振る。
重要なのは結果だ。
俺たちは恋人だった。
それだけで十分だ。
十分な、はずだ。
だが、今日のソフィアは――
俺の隣にいながら、視線が違った。
ルイスを見る目。
懐かしむようで、
縋るようで、
守りたいと願うような目。
俺のものだったはずの視線。
胸の奥が、ぐちゃりと音を立てて歪む。
奪われる。
そんな未来は、存在してはならない。
俺は、知っている。
世界は簡単に壊れる。
時間も、命も、選択も。
一度壊れたものは、
もう一度やり直せばいい。
そうやって、ここまで来た。
ソフィアが俺の元にいるのは、
偶然じゃない。
俺が、望んだからだ。
――逢いたい。
その一心で、
世界を歪めた。
だから。
彼女が、俺のものでない未来など、
最初から存在しない。
ルイスが生きていること。
ソフィアが、彼に笑いかけること。
それらはすべて、
余計な誤差だ。
合同訓練は、明日で終わる。
帰還すれば、選択の時間だ。
俺を選ぶか。
それとも――
選べないなら、
選ばせればいい。
俺は立ち上がる。
焚き火の残り火が、ぱちりと弾けた。
ソフィア。
君は、俺の恋人だ。
昔も、今も。
――たとえ、君がそれを覚えていなくても。
俺が覚えている。
それで、十分だ。




