感情の行方
野営地は、思ったより静かだった。
火を囲む音。
薪が爆ぜる小さな音。
遠くで誰かが見張りに立つ足音。
合同訓練は七日間。
その半ばを過ぎた頃、私はようやく落ち着いて周囲を見られるようになっていた。
……落ち着いて、というのは正確じゃないかもしれない。
自分の内側が、ずっと落ち着かない。
(……変だな)
アデルが視界に入ると、胸がほどける。
安心する。
そこにいるだけで、呼吸が整う。
幼い頃からずっと隣にいた人。
当たり前に手を伸ばせば届く距離。
それなのに。
ルイスを見ると、違う感覚が胸を叩く。
引き寄せられる。
理由もなく。
抗えないほど自然に。
(……これは、何?)
昼の訓練が終わった後。
焚き火のそばで、ルイスと並んで腰を下ろした。
「今日は、だいぶ魔力の流れが安定してたね」
「……ほんと? 倒れなかっただけでも進歩だと思ってる」
そう言うと、ルイスは小さく笑った。
「それ、かなりの進歩だよ」
穏やかな声。
責めない。
比べない。
前世でも、そうだった。
……いや。
前世の話だなんて、口にはしない。
でも、自然と話題はそこへ流れていった。
「こっちの世界、どう?」
「……正直、最初は混乱したよ。でも……」
ルイスは炎を見つめたまま、言葉を探すように間を置いた。
「救える命が、ちゃんとある。それだけで、ここに来た意味はあったと思ってる」
胸が、きゅっと鳴った。
前世の記憶。
救えなかった後悔。
それを糧に、治癒師として生きる選択。
(……変わってない)
本当に、あの人だ。
嬉しさが、じわりと広がる。
「ねえ、ソフィア」
「なに?」
「……もし、俺が」
ルイスの声が、少しだけ低くなった。
「前の世界で、君を救えなかったことを……ずっと悔やんでるって言ったら、どう思う?」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
私は、少し考えてから答えた。
「……真面目すぎ」
ルイスが目を瞬く。
「そんな顔しないで。だって」
私は笑った。
「今、生きてる。こうして話してる。それで十分じゃない?」
「……赦してくれるの?」
「うん」
迷いはなかった。
「だって、あなたは今も、誰かを救ってる」
ルイスの肩が、ほんの少しだけ下がった。
「……ありがとう」
その声は、とても静かだった。
気づけば、指先が触れていた。
そっと。
確かめるように。
——その瞬間。
ゾクリ、と。
背中を、冷たいものが撫でた。
空気が、重くなる。
(……なに?)
心臓が、ぎゅっと掴まれたみたいに痛む。
思わず身を強張らせた。
「ソフィア?」
ルイスが、すぐに気づく。
「顔色、悪いよ」
「……だいじょうぶ」
声が、少し震えた。
理由は、わからない。
でも。
(……見られてる)
そんな感覚だけが、はっきりとあった。
遠くを見回す。
焚き火。
野営地。
仲間たち。
……アデルの姿は、見えない。
なのに。
殺気に似た、圧。
「無理しないで」
ルイスが、手を引こうとする。
私は、ゆっくり首を振った。
「平気。ほんとに」
そう言って、微笑んだ。
安心と、引力。
どちらも、大切な人で本物だ。
焚き火が揺れる。
その向こうで、夜は静かに更けていった。




