合同訓練と危機
合同訓練当日。
学園の外れにある広大な演習地は、朝から張り詰めた空気に包まれていた。
魔術科、治癒魔術科、騎士科——三学科が同時に集うのは、これが初めてだ。
整列した生徒たちの前を、複数の教官が歩く。
実戦形式。
安全結界は張られているが、「油断すれば死ぬ」と釘を刺される内容だった。
ソフィアは深く息を吸い、吐いた。
(……やるしかない)
名簿が読み上げられ、班分けが告げられる。
「第一班、前衛・騎士科二名、後衛・魔術科一名、治癒魔術科一名」
呼ばれた名前の中に、自分と——ルイスの名があった。
思わず顔を上げる。
少し離れた場所で、ルイスもこちらを見ていた。
視線が合い、ほんの一瞬、彼が微かに笑う。
「……よろしく」
「うん、よろしく」
それだけのやり取りなのに、胸の奥が落ち着いた。
——一方。
アデルは別班だった。
距離はある。
視界には入るが、同じ円の中にはいない。
そのことに、ソフィアは少しだけ不安を覚えたが、すぐに首を振った。
今は訓練だ。
開始の合図。
模擬魔獣が展開され、騎士科が前へ出る。
魔術科は後方支援と攻撃、治癒魔術科は即応。
最初は順調だった。
ソフィアの魔術は、まだ粗いが確実に当たる。
ルイスの治癒も、迅速で無駄がない。
「いい連携だ、そのまま続けろ!」
教官の声が飛ぶ。
——だが。
想定よりも数が多かった。
次々に現れる模擬魔獣。
魔力消費が、急激に跳ね上がる。
(……まずい)
体の奥で、魔力が軋む。
足が、少し遅れた。
次の瞬間。
視界の端で、騎士科の一人が弾かれるのが見えた。
空いた前線。
魔獣が、こちらへ向かう。
「——っ!」
咄嗟に魔術を展開するが、間に合わない。
その瞬間——
誰かが、前に出た。
「ソフィア!!」
ルイスだった。
盾になるように、彼女の前に立ち、魔獣の一撃を受ける。
鈍い音。
赤が、宙に散った。
「ル——」
喉が、勝手に動いた。
「——っ……!」
名前ではない。
今世の名ではない。
それでも、確かに“その人”を呼んだ。
「——っ、……!」
声が、震える。
倒れたルイスの身体が、赤に染まっていく。
「……っ」
ルイスの意識が、かすかに戻る。
焦点の合わない瞳が、ソフィアを捉えた。
そして、唇が動く。
——彼は、彼女を、前世の名で呼んだ。
その瞬間。
周囲の音が、消えた。
訓練場も、魔獣も、他の生徒も。
すべてが遠のき、二人だけの空間になる。
(……ああ)
胸の奥が、熱くなる。
(また……あなたに、逢えた)
理屈ではない。
説明も、不要だった。
「——お願い……!」
ソフィアは叫んでいた。
「治癒魔術科!!来て!!」
膝をつき、血に濡れた彼の身体に縋る。
「助けて……!この人を……!」
声が、裂ける。
「私の……私の大切な人なの!!」
叫びは、空気を震わせた。
周囲が一瞬、凍りつく。
——そして。
駆け寄ってくる足音。
治癒魔術科の生徒たちが、即座に展開する。
「重傷だ、急げ!」
「結界を張れ!」
光が、幾重にも重なる。
その少し後ろで。
アデルが、その光景を見ていた。
立ち尽くしたまま。
ソフィアが、泣き叫ぶ姿。
腕の中にいるのが、自分ではないという事実。
——理解してしまった。
(……そうか)
胸の奥が、冷たく沈む。
(ソフィアは……)
俺とは違う。
前世の記憶を、完全に持ったまま。
俺ではない誰かと、同じ時間を生き、同じ喪失を抱え。
そして——
二度目の転生を、した。
俺は。
ただ、混ざっただけだったのだ。
治癒が進み、血の色が薄れていく。
ソフィアは、震える手で祈るように見つめていた。
(……ダメだ)
その姿を見て、彼女自身が、気づいた。
(私は……)
ただ、助けられているだけでは、駄目だ。
魔術科に属し、前線に立つ意味。
力を持つ責任。
(守りたいなら……)
(私も、立たなきゃ)
治癒が完了し、ルイスが静かに息を整える。
安堵が、全身を抜けていく。
その場に崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えながら、ソフィアは立ち上がった。
涙を拭う。
——決意が、胸に灯る。
助けられる側で、終わらない。
二度目の人生を、
誰かの背中に隠れて、生きるつもりはない。
その想いを、誰も言葉にしなかった。
だが。
均衡は、確実に——
この瞬間、崩れた。




