懐かしい君と譲らない君
遠くの回廊を歩く人影に、ふと視線を向ける。
一瞬だけ、ルイスの姿が見えた。
言葉は交わさない。
距離もある。
けれど、視線が重なった、その一拍で——胸の奥が揺れた。
懐かしい。
それだけでは足りない。
何かを思い出しかけて、掴めないまま、感情だけが残る。
その様子を、少し離れた場所からアデルが見ていた。
何も言わない。
だが、その沈黙の奥で、独占欲が静かに、重く沈殿していく。
──そして。
また、私は倒れた。
目を開けると、白い天井。
慣れ親しんでしまった治療室の匂いに、思わずため息が出る。
「……あ」
視界の端で、別のベッドが慌ただしく囲まれていた。
担ぎ込まれたのは、私だけじゃない。
ルイスがいた。
真剣な表情で、別の生徒の治癒に当たっている。
魔力の流れ、指先の動き、呼吸。
一切の無駄がなく、静かで、確実だった。
命を引き上げる、その瞬間を、私は黙って見つめる。
尊敬。
そして、どうしようもない懐かしさ。
治癒が終わり、緊張が解けた空気の中で、ルイスがこちらを見た。
視線が絡む。
「……まだまだ未熟者だけど」
静かな声。
「君を全力で助けられるように、ちゃんと頑張ってるよ」
その言葉と、熱を帯びた瞳に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
ずっと傍にいた人に、また会えたような——
そんな、言葉にできない信頼感が湧き上がった。
「変だと思われるかもしれないけど……」
少し言い淀んで、ルイスは続ける。
「君が、昔とても大切にしていた人に、雰囲気が似ていて……どうしても、気になってしまう」
私は小さく息を吸った。
「……私も、まったく同じ気持ちになる」
一瞬、言葉が重なりかけた。
「……ソフィアは、ぜん——」
その声を遮るように。
「ソフィア!大丈夫か?」
振り向くと、アデルが立っていた。
「あ、アデル。うん。ルイスに治癒してもらって、この通り」
アデルの視線が、ちらりとルイスを掠める。
「……治癒の世話にならないように、俺がもっとソフィアを鍛える」
「ひぃー!」
「そこは、ありがとうございます、だろ?」
「はい!アデル教官!」
思わずそう返すと、ルイスがぷっと吹き出した。
「じゃあ……次は来ないように、頑張って」
その言葉に、私は笑って頷いた。
⸻
寮へ戻る道。
アデルの声は、明らかに不機嫌だった。
「アイツは気に入らない。ソフィアを、俺から奪おうとしている」
「考えすぎもいいところだわ」
そう返した瞬間。
アデルが距離を詰め、頭に手を添え、唇を奪った。
深い。
逃がさないような口付けに、息が上がる。
「まてーい!なぜそうなる!?」
「俺以外、見ないで。俺以外、考えたらダメだ」
「なんという面倒臭い男が恋人になったもんですね!?」
アデルは、なぜかドヤ顔だった。
……褒めてない。
「はやくシャワーして寝たい」
歩き出した、その瞬間。
ゾクリ、と背筋を冷たいものが走った。
心臓を、ぎゅっと握り潰されたような痛み。
「……?」
思わず立ち止まり、周囲を見回す。
何もない。誰もいない。
さりげなく私室に入ろうとするアデル。
「君の部屋は反対側です! はーい!おやすみ!」
「……おかしいと思う!」
「それは、君だ!」
私はきっぱり言って、扉を閉め、鍵をかけた。
シャワーを浴び、ベッドに腰を下ろして、深く息を吐く。
やれやれ。
先が……本当に、思いやられる。




