夢の侵食
寮の自室。
夜は深く、外界の音がほとんど消えている。
窓の外では、風に揺れる木々の影が壁に滲み、
灯りを落とした室内は、眠るには少し静かすぎた。
目を閉じても、眠れない。
いや――
眠っているのか、起きているのか。
その境目が、もうわからない。
夢の中で、俺は知っていた。
彼女の声も、手の温度も、
涙の落ちる速度まで。
――ソフィア。
名前を呼ぶたび、胸の奥が軋む。
懐かしさでは済まされない感覚が、
脳裏に絡みついて離れない。
俺は、彼女と――
付き合っていた。
そう思った瞬間、
「思い出した」というより、
当然の前提が戻ったという感覚がした。
過去の俺と、今の俺。
二つの時間が、音もなく溶け合っていく。
――転生。
その言葉が、違和感なく胸に落ちた。
禁術。
魂を外界へと飛ばし、
死を越えて再びこの世界へ呼び戻す術。
確かに、俺はそれを使った。
焦りと、執着と、
ただ一つの願いだけを燃料にして。
「……君に逢いたい」
それだけだった。
だが、
何かがズレた。
時間か、世界か、
あるいは俺自身か。
本来なら、
この腕の中に戻るはずだった彼女は――
別の世界で、生まれ変わって生きていた。
それを、
俺が。
再び、引き寄せてしまった。
俺のいる、この場所へ。
胸が締め付けられる。
それでも、恐怖よりも先に湧いたのは、
安堵だった。
――生きている。
それだけで、世界は許される。
だが同時に、
想像してしまう。
彼女が、また離れる未来。
思考がそこに触れた瞬間、
呼吸が浅くなり、
心臓が暴れ出す。
嫌だ。
二度と、あんな時間は要らない。
今世では、必ず守る。
何があっても、離さない。
……だが。
彼女は、覚えているだろうか。
俺を。
俺たちを。
あの時間を。
不安が、黒い波のように押し寄せた。
――翌朝。
寮の前で、彼女を待っていた。
足音を聞いただけで、わかる。
振り向いた瞬間、
反射的に腕が伸びていた。
「……逢いたかった」
抱き締める。
細い身体。
確かな体温。
胸の奥が、崩れる。
涙が出たことに、
自分でも驚いた。
ソフィアが、困ったように笑う。
「悲しい夢でもみたの?」
……夢?
ああ。
そうかもしれない。
「……ああ」
声が震える。
「もう二度と、君を離さない」
そう告げると、
彼女は何も疑わず、笑った。
その無防備さが、
胸を締め付ける。
――俺たちは、これからもずっと一緒だ。
そのはずだった。
……だが。
ふとした瞬間、
彼女の視線が揺れる。
誰かを探すように。
ほんの一瞬、遠くを見る。
「……どうした?」
問いかけても、
彼女は首を振るだけだ。
治療室で世話になっている、
治癒魔術科の生徒だと――
軽く、そう説明した。
その言葉が、
胸の奥で軋んだ。
そんな奴より、
俺を見ろ。
口に出る前に、
思考が先に溢れる。
「……俺を見ろ、ソフィア」
彼女がきょとんと見上げる。
無意識なのか。
それとも――。
頭の中で、
警鐘が鳴り響いていた。
これは、
夢の続きか。
それとも、現実か。
境界線は、
もう、意味を失っている。
だが一つだけは、確かだ。
――俺は、
彼女を失う未来を、
絶対に許さない。
そのためなら、
何だってする。
たとえ、
彼女自身の意思すら、
抱き締めてしまうことになっても。




