治療室で再会
午後の実技訓練。
照り返す陽射しが、訓練場の石畳をじりじりと焼いている。
私は、拳を握った。
(今日は……倒れない……絶対……)
朝から何度もそう言い聞かせてきた。
座学で調子が良かった日は、どうしても欲が出る。
「今日はやれる気がする」なんて、希望的観測を信じてしまう。
魔力循環。
展開。
制御。
教官の号令とともに、体内へ無理やり流し込まれる感覚。
……あ、これ。
まずい。
ぐるりと視界が歪む。
足元の感覚が、すっと遠のいた。
(あ、無理だ)
そう思った瞬間――
世界が、ふっと裏返った。
「……またかー……」
次に意識を取り戻したとき、私は柔らかい寝台の上にいた。
白い天井。
薬草と清潔な布の匂い。
治療室だ。
「起きた?」
穏やかな声が、すぐ近くで聞こえた。
顔を向けると、そこにいたのは――
「……あ」
柔らかな金髪。
陽だまりのような青い瞳。
治癒魔術科の制服を着た青年が、微笑んでいた。
「また会ったね」
その一言で、胸の奥が、きゅっと鳴る。
「……ルイス?」
「そう。ルイス。
今日、ソフィアを治癒したのは俺だ」
名乗りながらも、どこか慎重な口調。
私の反応を確かめるように、少しだけ視線が揺れた。
「……ありがとう」
礼を言いながら、胸の内で小さく首を傾げる。
名前は、覚えている。
忘れてなんかいない。
けれど。
(……別の名前の方が、しっくりくるような……)
言葉にできない違和感。
それを追う前に、ルイスが小さく笑った。
「ポーションも、いる?」
「あ、えっと……」
私は一瞬だけ迷ってから、真顔で答える。
「……体力と筋肉が勝手につくポーション、ください」
「それは俺も切実に欲しい」
即答だった。
思わず、吹き出す。
「ね! 本当に!」
「な! 本当に!」
ふたりの声が重なって、治療室に軽い笑いが落ちる。
その瞬間。
ぶわっと、胸の奥に広がった。
懐かしい、という言葉では足りない。
引き寄せられるような、安心感。
理由のない親しさ。
ルイスは、少しだけ真面目な表情に戻った。
「……また君に会いたくてさ。
野外訓練の時は、絶対死ねないって思ってた」
「……死亡フラグ立ててたの!?
生きてて良かった!」
「……死亡フラグ」
「あ、えっと……」
しまった。
伝わらないやつだ。
「ううん。なんでもない」
誤魔化すと、ルイスは小さく首を傾げて、それ以上は追及しなかった。
「……よく、治療室に来るの?」
「そう。圧倒的、筋力不足によってね……」
言い切る。
言い切った瞬間、
ルイスの肩が、くすっと震えた。
「……っ、はは……」
「ちょっと、笑いすぎじゃない?」
「いや、ごめん……
でも、真面目に言ってるのが伝わってきて……」
「真剣なんだから!」
むっとすると、ルイスは慌てて手を振った。
「悪い悪い。
でも……」
一歩。
距離が、詰まる。
声が、低くなる。
「その時に居合わせたら、必ず俺が助けるよ」
冗談でも、軽口でもない。
治癒師としての誓いのような声音。
胸の奥が、また鳴った。
「……お世話になります」
そう答えると、
ルイスは満足そうに頷いた。
「もう少し、休むといい」
手渡されるポーション。
触れた指先が、ほんの一瞬だけ温かい。
「ありがとう」
ルイスは踵を返し、
治療室の奥へと消えていった。
カーテン越しに、足音が遠ざかる。
私は、再びベッドに身を委ねた。
天井を見上げる。
心臓の音が、少しだけ速い。
(……また……会いたい……)
浮かんだ思考に、
自分で自分が、少しだけ怖くなる。
どうして?
理由は、わからない。
ただ。
懐かしくて。
優しくて。
胸の奥を、そっと撫でられたような感覚だけが残っている。
治療室の静けさの中で、
私は、ゆっくりと目を閉じた。




