首席争い
昼時の食堂は、今日も戦場だった。
トレーを持つ学生たちの足音。
皿が置かれる音。
食欲と疲労と、ほんの少しの野心が入り混じった空気。
午前中の座学を終えたばかりの私は、まだ少し頭がふわふわしている。
――原因は、教官の一言だ。
「デルハイド嬢は、座学だけは凄い」
だけは。
食堂の席に着き、フォークとスプーンを握りしめた私は、無言で天を仰いだ。
「……座学だけは」
思わず口から零れた独り言に、向かいのアデルが肩を揺らす。
「ソフィアは誇っていい」
「……座学と実技がずば抜けてる人に言われたらねぇ」
嫌味ではない。
ただの事実確認である。
アデルは一瞬、言葉に詰まったように視線を逸らし――
「実技も……まぁ……少しは……凄い!」
「褒められた気がしない!」
絶対に治療室通いの多さ込みの評価だ。
それはもう、実績である。
食堂のざわめきの中で、ふと耳に入る言葉があった。
「……魔術科の首席、どっちになると思う?」
「ハミルトン君じゃない?」
「でもデルハイド嬢も座学は……」
噂だ。
最近、やけに増えた。
地獄耳ではない私でも、さすがに聞こえる。
アデル・ハミルトン。
魔力量、操作精度、展開速度。
どれを取っても抜きん出ている。
それに対して私?
「幼馴染だから分かるけど、アデルは昔から器用だっただけだよ」
――そう思っている。
それが、どうやら周囲から見ると、まったく違うらしい。
食堂の空気が、微妙に変わった。
「ハミルトン君! 隣の席、いいかな?」
声を掛けたのは、魔術科の女子。
トレーを持ったまま、当然のように隣へ腰掛けた。
……聞いてから座るとは、やるな。
私は一瞬、フォークを止めた。
対してアデル。
視線すら動かさない。
皿の中身だけを見つめ、淡々と食事を続けている。
完全無視だ。
い、居た堪れない。
この空気、どう処理すればいいのか分からない。
私は首席争いどころか、場の処理能力が低い。
――よし。
早く食べて、退散しよう。
そう決めた瞬間。
「……っ」
喉に詰まった。
やばい。
水!!
反射より早く、アデルの手が動いた。
コップが差し出される。
私はそれを掴み、一気に飲み干した。
「ぷはっ……」
「さすがアデル! 命の恩人!」
勢いでそう言った瞬間、アデルが口角を上げる。
「恩返し、楽しみにしてる」
しまった。
顔に出たのが、自分でも分かる。
完全に「余計なこと言った」顔だ。
アデルはそれを見て、楽しそうに笑った。
隣の彼女の存在が、急に気になった。
話しかけるべき?
いや、下手に動くと藪蛇だ。
ちらりと視線を向ける。
アデルは、相変わらずフル無視を貫いている。
……触らぬ神に祟りなし。
私は黙々と食事を再開した。
噂。
首席争い。
評価の差。
そんなものより。
今はただ、この場を平穏にやり過ごしたい。
それだけなのに――
どうやら、私の周りは静かにざわつき始めているらしい。
自覚のないまま、巻き込まれるのが一番怖い。
私はフォークを握り直し、深く息を吐いた。
……平和は、自分で守らねばならない。
多分。




