彼女とデート
邪魔者がいない。
それだけで、世界は驚くほど静かだった。
あの弟――クリスがいない。
つまり今日は、俺とソフィア、二人きりだ。
二人で出掛ける。
学園の外。
誰にも邪魔されず、並んで歩く。
……これは、どう考えてもデートだろ。
そう思っていないのは、たぶん彼女だけだ。
街は週末らしく賑やかで、甘い香りが漂っている。
焼き菓子、果実酒、砂糖を煮詰めた匂い。
人の往来に紛れて、ソフィアの足取りは少し弾んでいた。
「わっ! これ美味しそう!」
ショーウィンドウの前で立ち止まり、目を輝かせる。
昔から変わらない。
いや――正確には、変わっているのに、変わらない。
俺は自然と口を開いていた。
「木苺、使ってるな。ソフィア、好きだろ」
「うん! まずはそれ!」
即答だった。
迷いがない。
気付けば、注文された皿は彼女の好み一色だ。
木苺のタルト。
酸味の強いソース。
ナッツと蜂蜜。
……本当に、昔から変わらない。
席に着くと、彼女は少し申し訳なさそうに視線を落とした。
「……お礼に……なってない気が……」
その言い方が、可愛すぎる。
「今からなる」
そう言って、俺は口を開けた。
一瞬、ソフィアはきょとんとした顔をして――
それから、恐る恐る。
「……あーん?」
甘い匂い。
指先が近づく。
――舐めたい。
喉が鳴ったのを、必死で誤魔化す。
彼女が差し出した一口を噛みしめた瞬間、強烈な甘さが広がった。
「……舌が死ぬ」
本音だった。
甘いものは、正直、得意じゃない。
だがそれ以上に――
彼女が与えてくれるという事実が、すべてを上書きする。
ソフィアはくすくす笑いながら、別の皿を分けてくる。
少しずつ。
同じ皿を。
二人で。
……恋人みたいだ。
いや、恋人だろ。
俺は、ずっと好きだと伝えている。
拒まれた覚えはない。
なのに。
食後、寮へ戻る途中。
彼女が郵便受けから手紙を取り出した。
「クリスからだ」
胸の奥が、ひくりと鳴る。
気付けば俺は、がっつり覗き込んでいた。
内容なんて、どうでもいい。
ただ、名前を見るだけで、苛立つ。
「……」
「……もう!」
ソフィアが呆れたように俺を見る。
「クリスに手紙を書きたいなら、一緒に入れる?」
「いや。書くわけがない」
本心だ。
だが、納得するはずもない。
「素直じゃないんだから!」
その言葉に、何も返せなかった。
――違う。
素直すぎるから、言えないだけだ。
デートの後は、一緒に部屋で過ごすものじゃないのか?
そういうものだろ?
「部屋まで送る」
「シャワーしたいから、部屋の前までね!!」
念を押され、肩をすくめる。
……それはないだろ。
別れ際。
扉の前。
おやすみの口付けは?
ずっと、俺から好きだと伝えている。
それなのに。
俺たちは、もう付き合っているんじゃないのか?
扉が閉まる音を背に、俺は一人、廊下に立ち尽くした。
胸の奥が、じわじわと熱を持つ。
2人だけでお出掛け。
それが、どういう意味なのか。
彼女だけが、まだ気付いていない。




